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2024年1月9日

例年だと、ポルトガルのテレビでは必ず北半球でいち早く新年を迎える日本の年越しの様子を放映してきたのですが、今年は日本のではなく中国、それに韓国が加わって、カウントダウンと新年を迎える様子が放映されていました。

ふ~ん、中国の正月は旧正で2月のはずだが今なんでやの?して韓国とはまた?テレビのCMにも中国系ポルトガル人のモデルを結構見かけます。かつては日本人を使ったCMも見たものでした。もっともわたしはその手のCMは気に食わなかったのですが(笑)

このことからわたしが思うのは、ポルトガルに於ける上述2国の進出が日本をしのいだのだろうということです。安倍元首相暗殺後、欧米での日本の扱いは下降しつつあると思うのはわたしの思い違いでしょうか。

それにしても岸田首相は一体何をしたいのかとんと分かりません。ネットニュースやX(もとツイッター)投稿を拾い読みしても母国への不安はつのるばかりでため息をついている新年の始まりではあります。新年から不平不満はよくないゆえ、これはここでお仕舞。

近頃は瞬く間に一か月一年が過ぎて行くような気がしています。人に与えられている時間の速度は同じだと言うのに、こはいかに?と自問しては「歳であろうよ」と返答して、可笑しくて一人笑っております。嘆いていても前に進みません。頭をしっかり働かせるためにも今年も日本語教室をしっかり続けて行こうと思います。

そして、読書をもっと進めたいと思います。藤原正彦氏「自分の頭でじっくり考える習慣や考えの土台となる正しい知識、教養、豊かな情緒は全て読書を通して得られる」と言うようなことを書いています。

元から読書好きのわたしですが、このところ読書量が減っていました。年齢のせいか疲労から来るのか、ベッドに入ると必ず本を開くのですが、30分しないうちに本を顔に載せたまま寝入っていることが多くなりました。
それゆえ、2024年は現状生活、つまり日本語オンライン教室を維持しつつ読書量を増やす、歩くことに目標を置きたいと思います。

今日はかつてあげた「読書」についての拙エッセイを再掲させてください。以下。

「わたしの蛍雪時代」

父は頑固な上に理不尽なところの多い人であった。わたしは密かに父をして、「このクソオヤジ」と内心何度思ったことであろう。わたし達姉妹が幼い頃は、岩手の盛岡競馬場で騎手をしていた人である。よって年中家にいた試しはなく、母とわたしたち姉妹は弘前の祖母の家に、父は盛岡にと、家族別居生活を余儀なくされていたのだ。
   
今でこそ、競馬と言えば花形スターのような趣があるが、この時代は、言ってみれば「ヤクザな仕事」(註:ヤクザの仕事ではないので要注意)だったのではないかとわたしは今思っている。
   
父親が家を留守にしていては収入はなし。母とわたしたち姉妹は祖母の家でなんとか食いつなぐことができた。その父が、少し歳もいって来て体重が増え始めたために騎手ができなくなり、わたしたちのもとに舞い戻って来た。菊池寛の「父帰る」であります^^;
   
それまで母は経済的に苦労したであろうが、祖母の家で大家族と暮らしていたわたしたち姉妹は父親の不在をさほど感じたことはなかった。それが、思春期に入る中学生の頃、ひょっこり帰って来たわけで、父の存在にはいささかとまどいを感じずにはおられなかった。父は定職につけない人で、わたしたち家族の生活は結果的に父が帰ってきたことによって苦しい経済状態から抜け出すということにはならなかった。
   
思春期真っ只中の高校時代は父に対する反抗心を抱えながら、わたしは好きな学課の英語と国語を除いて他は皆目勉強せず、もっぱら図書館から本を借り出して、だたただ読書に熱中しては本の世界に逃げ込んでいた。

「知と愛」「狭き門」「嵐が丘」「谷間の百合」「ボバリー夫人」「チャタレイ夫人の恋人」「若きウェルテルの悩み」「凱旋門」「女の一生」「罪と罰」「人形の家」とあげ連ねてていけばきりがない。わたしはこれでもか、という程に本を借り漁っては何かにとり憑かれたかのように外国文学を読破していった。想像力をたくましくすれば、読書に浸っている間は少なくとも貧困の現実から逃れて自分の精神を自由にせることはできる。

あぁ、それなのにそれなのにぃ~~。ある日理不尽な父は言う。
「女は勉強せんでよろしい。本日より午後10時、消灯なり。」
それはないでしょ、おとっつぁん。
   
その日から夜10時になると、自分は高いびきかいて寝、消灯である。二間しかない埴生の我が家、電源はオヤジ殿の寝る部屋にあるのであって。父の寝静まった頃合を見計らって、月明かりでソ~ッとそちらの部屋へ忍び込み、これまたソ~ッと電源のレバーに手をかけ、挙げようとするとその瞬間!
「くぉら~~!」と、怒声が起きて叱責であります。
いびきかいて寝てたんじゃないのかい・・・

これでは本が読めぬ。そこでわたしは考えた。そして見つけたひとつの方法。それは、細長い木板にろうそくを1本立て、その灯りが父の寝ている隣室にもれないように、ほとんど上布団を被せんばかりにして本を読むことである。なんのことはない、原始的な方法ではありました^^;

こうして読んだあの頃の本は忘れるものではない。なかでも、木板に1本のろうそくという原始的な方法を使ってまでわたしを読書へと駆り立てた一冊の本、それは、レマルクの「西部戦線異状なし」である。

『僕の心はすっかり落ち着いた。幾月、幾年と勝手に過ぎて
 いくがいい。月も年も、この僕には何ももってきてはくれない。
 何物も持ってくることはできないのだ。僕はまったく孤独だ。』

この記を最後に1918年、志願兵パウル・ボイメルは17年の生涯を戦場で終える。

わたしは薄明かりの寝床の中で、この本の、感動して止まない文章を何箇所となく涙をぬぐい鼻をすすりながらノートしたのであった。わたしが若い頃から強度の近眼になったのは、この頃が原因だとわたしは思っている。しかし、それと引き換えに得たものは、「人は本を通してでも、大きく生き方を学び、疑似体験できる」ということだ。

頑固だった父が亡くなって、40年になろうとしている。わたしの蛍雪時代の上にも幾星霜が重なった。

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