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2021年12月5日 

今年もクリスマスツリーを飾ってみました。この季節になると思い浮かぶのがビージーズの歌「First of May」です。

xmastree.jpg

邦題は「若葉のころ」だそうで、子供の頃の切ない思い出をクリスマスと5月の若葉の頃に寄せて、美しいメロディーで歌いあげています。

♪When I was small, and Christmas trees were tall,
 we used to love while others used to play,
 Don't ask me why, but time has passed us by,
 someone else moved in from far away.

時節柄、クリスマスツリーが我が息子より大きかった頃のクリスマスにまつわる思い出話をひとつ。

息子が生まれて6歳までの6年間を、わたしたち夫婦は夫の母親、そして彼の母親の姉(夫の叔母)と共に小さな家に住んでいました。

その頃は、クリスマスともなると、毎年、生木の杉を買って来て、木が傾かないようにと色々苦心してきな鉢に立てては飾りつけ、リビングルームに置いたものです。

12月も半ばになると、クリスマスツリーの下は溢れるような大小様々の贈りものでいっぱいになります。贈りものはきれいにラッピングされ、それぞれ誰から誰に、と名前が書かれてあります。       

その頃はまだまだ元気だった夫の母親でしたが、彼女は9人兄弟で、田舎に住む者もいれば、ポルト市内に住むもの、同じ通りに住むものもおり、人の出入りがまことに多い家でした。

人が良く、何か頼まれるとイヤとは言えない性分の夫の母ということと、夫の病院勤めを頼ってやってくる親戚たちとで、私達が同居していた小さな家には、常に客がいると言うような状態でした。

こういう人たちが、このクリスマスの時期ともなると、東洋系の顔を持ったちょっと不思議な魅力の我が息子に、とプレゼントを携えてくるのです。プレゼントの中には、日本のわたしの母や妹、アメリカに定住してしまった我が友の物も毎年欠かさずありました。

もちろん、わたしたち家族もお互い思い思いのプレゼントを買い集め、少しずつそれをツリーの下に置いていくのです。

それらの贈りものを開けるのは、24日のクリスマスイブの質素な晩御飯が済んだ後でなければならないのです。 待ち切れそうになく、今にも包装紙を破って開けてしまいそうな息子を
諭すのは、容易なことではありませんでしたが、毎日ツリーの下に増えていく贈り物の数を数えてはじっと我慢して24日の夜まで待つのでした。
     
さて、クリスマスツリーの枝には、しばらく前からおぼつかない字で「To Father Christmas」と白い封筒に宛名書きのある一通の手紙が乗せられています。
それは息子が覚えたての言葉と文字で、Father Christmas(つまりサンタ・クロース。英国式ではこうなる)にあてて、自分が欲しいものを願う手紙なのです。

Dear Father Christmas,
ボクは、今からママやパパの言うことをよく聞いて
良い子になります。
だから、ぼくに次のプレゼントを置いて行ってください。
(以下欲しい物のリストがずら~っと続くw)
                         ジュアンより            
         
と、ザッと内容は毎年こんな具合です。本当に自分が欲しい贈りものは、こうしてFather Christmasに頼むのです。Fatehr Christmasはこのリストにあるもの全てを置いて行くわけではありません。このリストの中から、ふさわしいと思われるものが選ばれて、24日の真夜中、子供が寝静まっている間に、ツリーの下に置いていくというわけで。

24日の晩食後、かなり遅い時間に、家族のそれぞれがプレゼントを開けるわけですが、なんとかがんばって、Father Cristmasがやって来るのを待とうとする幼い子は、せいぜい11時までが限度で、やがてコックリコックリ船を漕ぐ。結局、一番欲しい贈りものは25日の朝にならないともらえないのです。

さて、息子が6歳の時のクリスマス。25日の朝一番に目覚めるのは彼です。起きてまっすぐクリスマスツリーがあるリビングルームへ直行し、目を見張って口をOの字型に開け、驚きと喜びいっぱいの表情で、そこに置かれてある大きなプレゼントに飛びつき、包装紙を引きちぎります。ひとつひとつ開けるごとに興奮また興奮での連続です。
       
その年は、ことの外嬉しかったのであろう。この贈りものがたまらなかったようです。

翌日26日の朝のことです。ガバと起きて部屋を出、再びまっすぐクリスマスツリーのある部屋へ突進したのには驚きました(笑)もはや何も置かれていないツリーの下をはっきりみては、ひどくガッカリした面持ちでスゴスゴと自室に引っ込んだのでした。その姿を見てわたしたち家族は大笑いしたものです。

息子よ。毎日がクリスマスだったら、いったいどうなるだろう。Father Cristmas, いくら働いても間に合わないよ。年に一度だけ、じっと我慢して待つことこそが、大きな喜びを育むことになるのです。

その息子も今では40歳。母親のわたしを見下ろす身長です。あの頃夫の母の家に出入りしていた親戚や知り合いの顔ぶれも、随分いなくなってしまいました。
「オ・ジュアンズィーニュ!」(ジュアンちゃんの意)と絶え間なく息子を呼んでは可愛がっていた義母も寝たきりで10年、94歳で亡くなりました。

エヴァーグリーンのクリスマスツリーの下で、月日は移り変わり、人も変わりました。
Time has passed us by.よかったら下のビージーズ、Fisrt of Mayをどうぞ。



それではみなさま、また。

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コメント
子供のころ、父が毎年知り合いに頼んで2m近いもみの木をもらってきて、兄弟そろってクリスマスツリー飾るのが、とても楽しかったです。でもクリスマス当日は、年に一度しかプレゼントがもらえない私は、悲しみのどん底に落ちました。あまりいい思い出はありません。
2021/12/07(Tue) 18:24 | URL | ganchan | 【編集
ganchan
弘前での子供のころの思い出は、ツリーはありませんでしたが、毎年、26日の朝、目覚めると付録でパンパンに膨らんだ「少女」と「リボン」の少女雑誌お正月号が枕物に置かれていました。妹とわたしに一冊ずつ。普段は買えないので本当に楽しみでしたね。当時は誕生日のプレゼントなんてのもなく、ganchanさんと似たようなものでした。今思えば、あんなことこそ本当の楽しみだったんだろうなぁと懐かしく思い出します。
2021/12/08(Wed) 07:40 | URL | spacesis | 【編集
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