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2021年10月25日 

日曜日は毎週外で昼食をとることにしている。
夕方6時から中級クラスの日本語授業があり、終わるのが7時半だ。それからあたふたと晩御飯を作るのだが、昼食まで作っていたら疲れるだろうとの夫の配慮だ。

コロナ禍以前は、近くのレストランによく足を運んだのだが、最近はどうも味が落ちたような気がするので、車で7、8分のところにあるドラゴンサッカー場近辺のカフェレストランに行く。

昨日はそのレストランの隣へ入ってみようとなった。奥のほうに案内されて席につこうとすると、あれ?隣席に知ったような顔の家族3人が座っている。えぇっとえっと、と考えていると、すかさず夫が、「ご無沙汰してますね」と挨拶。思い出した!サンチェス夫妻だ。

ご主人は内科医、奥方は心臓科の医者で、お二人とも現在は退職している。いやぁ、お久しぶりと言うので話が始まった。夫妻は子どもが4人で、その中に我が東京息子と同級生だった息子さんがいた。わたしたちのつながりはそれだけではない。実は10年以上に及ぶ、学校の送迎グループの一員だったのである。

我が家から海岸近くにあるBritish Schoolまでは、自動車道路が整った今なら車で2、30分くらいの距離ですが、今から35年ほど前の当時は、自動車道路がなく、市内を通るのでラッシュアワーにまともにぶつかり、それはもう大変だった。あちこちの、「知る人ぞ知る抜け道」を通れども、通学時間はゆうに1時間はかかり、親達は悲鳴をあげていたものだ。

9時から始まる学校、早く出ても遅刻ということはよくあり、子が学校に遅れると学校から引き返して職場に向かう親も必然遅刻^^;この朝のストレスたるや、男親たちはよくやったものだと今にして思います。

日本で運転免許証など持っていなかったわたしが、British Schoolに子どもを入れるなら「君、免許とりなさい!」と恐ろしいことを夫に宣告され、一時帰国を利用して仕方なしに日本で自動車学校に行ったのは30も半ば過ぎていた。元来が運動神経の鈍い方、結局、若い人たちの2倍近くの費用がかかってなんとか合格したのであったっけ(笑

話を戻して、朝の通学は、比較的近距離内に住む4家族の男親たちが(学年もそれぞれ違う)グループを作り、夫たちが1週間の当番制を組んだ。幸いにして、親たちが皆、病院勤めだったので、集まりやすい場所「サン・ジュアン病院」集合となった。全員が到着したところで、その週の当番の車に子供たちを詰め込み、学校まで運ぶ。

最初は4人の子どもだったのが、その兄弟たちも通学するようになり、1台の乗用車に子どもだけで6人7人となり車の中は子どもの顔だらけ!小さい子は大きい子の膝にのる。乗用車に乗れる数が定められている今は、できないことだ。

だが、あの頃はまだそんな規則がなかったのである。今思うとちょっとぞっとするが、幸い一度も事故が起こらずに来た。座席では数人の子どもたちがワイワイガヤガヤ、イタズラし合うのもいて、そういうのを運ぶ当番の父親はさぞかしストレスが溜まったことだろう。

迎えは、学年が違うと下校時間も違うので、我が家は結局、中古車を一台購入して、わたしが行くことになった。当時は車を運転するのが怖くて仕方なかったものだ。こうしてあの頃を振り返ってみると、お金がいくらあっても足りない時代だった(笑)

サンチェス夫妻とは、食事が運ばれてくるまで子供たちの現在の様子をお互いに話し、スマホに保存する写真を見せ合ったりした。あちらの長男が44、5歳、孫も6人だが、もうみな10代だ。我が家はやっと去年孫が生まれたばかり。

わたしたちも歳をとるわけだ。懐かしい思い出話に花咲かせた食事前のひと時であった。

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制服を着た小学生の頃のジョンボーイとモイケル娘
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