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2021年3月7日 

いい天気だが、週末は自粛ゆえ海岸へ車でひとっ走りというわけにも行かず。近辺を少し散歩するくらいにとどめなければなりません。つまんないけど、雨降りよりよしとする。

学校、レストラン、カフェ(パンだけ買えるがコーヒーは飲めない)など、食品店を除いたあらゆる店は全て閉店です。いったいこれがいつまで続くのか。70過ぎての1年の時間の喪失は大きいです。

やっと観光国として日の目を浴び経済的に活発に動き出したと言うのに、ポルトガルはこのコロナ禍による経済的打撃から立ち直れるのだろうかと不安になりますが、わたしが心配してもしかたなかね。前を見て歩くのみです。

さて、この季節になると思い出す息子と娘の青春の旅出発。
モイケル娘の大学卒業と同時に、息子も日本で英語を教える仕事をこちらで得て合流し、兄妹二人が関東で暮らすことになったのは2009年の春、ちょうど今頃でした。


衣服は二の次で、分解したpc接続音楽機器のパーツの箱二つを大事にバックパックに詰め込んで背負い、ノートパソコンを持って。

大きな旅行カバンは、関空に着くや、新しい住まいとなる千葉の新住所に宅急便で送ることになるので、パジャマくらいは機内手荷物に入れろというのに、音楽機器で重量目一杯、パジャマなしでも寝られると言って聞かない。

出発前々日まで、友人のアーティスト、ジェスパー君の引越し先となるアパートのペンキ塗りを手伝いに行き、夜な夜な出かけては午前様。出発の前夜、翌朝は4時起きだと言うに、まだ出かけようとするので、さすがにのんきなおっかさんも、「バカ息子!いい加減にせぇ~!」と爆弾落とし。

リスボンの住まいを引き上げて来た二週間、ひと時もじっとしていることのない息子ではありました。

出発前、「お前、千葉に宅急便で送るはいいけど、漢字は大丈夫?」と聞くと、
「うげ!ローマ字じゃダメかな。いいや、漢字書かなきゃダメだったら、書いてもらうから、プリントしてよ。」 っとっとっとっと、マジかい、息子^^; こりゃ先が思いやられそうだ。

9年間、毎週土曜日の日本語補習校に通い、通信教育も同じく9年間修めたとは言え、中3を卒業して以来渡日までの13年間、わたしと話す以外は日本語からずっと遠ざかって来た彼、無理からぬことではあります。

さて、3月3日、朝6時の便でフランクフルト→関西空港→福岡→下関へと26時間の長旅です。(当時モイケル娘は下関から九州の大学に通っていた)

息子が下関の娘のアパートに着くなりモイケル娘、
「兄貴、関空でたこ焼きと納豆巻きを食べて、今、コンビニで肉まんとカルピス買ってきて食べてる・・・」

カルピスは、1年に一度、クリスマスとお正月用にと、マドリッドから取り寄せる貴重な飲み物で、息子の好物なのであります。肉まんも然り。この手の日本食はこちらではとても高いもので、そうそう買えるわけではないのでした。

息子よ、分かる分かる^^

で、更にモイケル娘が続けるには、
「アパートに靴履いたまま、あがったんだよ~」
これには苦笑い。

昔、わたしたち親子が帰国して所沢の妹宅に滞在する度に、「ジュアン君!また靴履いたまま家にあがってる~」と彼女をしょっちゅう泣かせていたのでありました。あぁ、成長のないヤツめ、あの頃そのまんまではないか。

昨日まで息子の気配があった彼の部屋は、もぬけのカラ。息子の数本のエレキギターが、おっかさんとおとっつぁんの気持ちを反映するように、生気を失い寄り集まって立てかかっています。

その日は下関で一眠りし、翌朝はいよいよ、二人は、いえ、「二人+3匹の猫+それぞれのパソコン+それぞれのバックパック」らは、一路新幹線で関東へ移動です。その格好を想像するにつけ、なにとはなしに笑いがこみあげてくるおっかさんでありました。

小さい頃
幼い頃の兄妹

141_1.jpg
東京で独立し始めたころの兄妹

当初、「お金を貯めて、3年したらポルトガルに帰ってくる」と言っていた息子でしたが、早や十数年経ってしまいました。
十数年経つということは、5匹いた我が家の猫たちも2匹になってしまうというような年月の経過、普遍的な真理でもあります。
再び子供たちに会えるのを楽しみにしているこの頃です。

本日もお付き合いいただきありがとうございました。
ではまた。
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