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2023年6月30日
少し早めに台所に立っていた一昨日の夕方のこと、夫がフラットのドアを開けるなり、「フジオ君を捕まえた」「今、ねこケージに入れて車庫に置いてある」と続ける。えー!と、胸がドキンのわたし。

フジオ君というのは、ここ数年我らフラットのコンドミニアムの前に毎日のようにやってきてはわたしからエサをもらっている野良猫だ。日によっては3度くらいやってきて、彼がその気になるなら毎日3食付あげるわたしはいとわない。

我が家にはかつて5匹ネコがいたのだが、一人一人と人生を全うし、今は今年17歳になるオスネコのゴロー君だけが残った。一人では寂しかろうと、フジオ君を我が家に引き入れることを考える日々もあったのだが、わたしのその提案に夫がすぐ「うん」と言わなかったのである。

一度などは、夕方、いつもの如くエサをねだって来たので、階下まで毛布を持ち、エサを食べ終わったところで、その毛布でくるんで抱きすくめて階段を上がり家の中に入れた。そこまでは良かったのだが、うっかり娘の部屋のベランダへ出るドアを閉め忘れており、フジオ君、ベランダへ逃げ、さんざん躊躇したあげく遂にベランダから表道路を飛び降りたのであった。

July_fujio1.jpg

おかげで飛び降りるのを引き留めようとしたわたしの両腕はバラの花の棘にさされ、あちこちチクチクと痛かった。バカめ~~、せっかく家猫になれるチャンスだったのに逃げよって~、と相成ったのである。

これを家猫にするのは難しいかも知れないなと思ったものの、近頃のやせ具合がとても気になり、夫に話していたところの捕獲である。抱き上げても5、6秒しか許してくれない猫だ。よくもまぁ、うまいこと捕獲できたものだと実は感心している。

で、マイア市にある動物愛護協会が8時まで開いていると言うので、その日はいったん協会へ連れていった。何しろやつれており、病気も疑われる。帰ってきた夫は、本当に持ち主がいないと分かったら(チップが入ってるかどうか確認するのだろう)、健康検査、去勢手術を施し、チップを埋め、手渡しとなるとのことで、約10日から2週間ほど要するのだそうだ。

気候がいい春先、初秋はいいが、夏のカンカン照りの日はどこにいるのか、秋冬の雨の日はどうしてるのだろうかと、いつも気にかかっていたが、夫が捕獲したということは我が家の養子にOKということだろう。

ゴロー君、友だちがくるよ、とネコを相手に話している。

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道端で毛づくろいをするフジオ君。ここでよく寝そべっていたりする。

さて、フジオ君の名前の由来は明日に持ち越しです。

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2023年6月28日

独り身ならいざ知らず、家族がいての「ミニマリズム」生活は不可能ではないか、とはわたしの考えである。

生活を共にする相手も同じ考えなら可能だろうが、子どもがいるとなると難しいと思うのだ。ミニマリズム生活は、ホテル住まいに似ていると思われるのだが、わたしの場合ホテル住まいは休暇中の滞在で十分。

「あれがない、これがない」と日々の生活で利用している便利物も、せいぜい1、2週間のホテル滞在と思えばなんとか我慢できる。これは、「なくてもいい」というのとは違う。またホテルの部屋は、部屋を利用する自分が寝るか休憩かに使うのみで、殺風景で生活感覚とは全くかけ離れている。

「快適に暮らす」とは、便利さと捉えるか、空間と捉えるか、かも知れない。豪邸でもないかぎり、子どもが生まれれば家の中はあれよあれよと言う間に物は増え、子供が遊び出し始めると家のなかの乱雑さは片付けても片付けてもなかなか納まらないものだ。それが「子どもがいる家庭」でもあると思う。

思うに、日本の家が狭くなるのは和洋折衷だからではないか。昔の家には余計な家具はなく広く見えたはずだ。

我がフラットも長年生活していると物はどうしても増え、移った時には随分広いと思われた家も、いつのまにか物に囲まれてしまっていることに気づく。日々を忙しくしていると、それらを見直す時間もなく、ズルズル今日まで来てしまった。そして、やはり、食器類、飾り物の類、衣類を筆頭に文具類、台所用品、洗濯場関係の細かい物が和洋折衷の如くになっている。

このままでは、自分にもしものことがあって子供たちが整理しなければならないとしたら、日本に住んでいる彼らのを考えると、エライことになると思ったのが、きっかけで、実は暇を見ては少しずつ世に言う「断捨離」と言うものを始めて数年になる。

使わない、飾らないけど捨てられないというものはどんどん人にもらっていただいている。

衣類もお掃除のおばさんに欲しいものは持って行ってもらったり、欲しい人が持って行くことができる古着のリサイクル場に置いてくる。しかし、衣類、靴はまだまだ整理する必要がある。衣類については、三つある整理ダンスにコート類を除いて夏物冬物が全てが治まる枚数にしたいと思い、かなり整理したがまだ処分する必要がある。

写真類もかなり処分した。問題は我がダンナです。

え?spacesisさん、だんなさんも思い切って?って、ご冗談でしょ。 夫の書斎のものですってばw 夫はなんというか、念のためにと、箱まで取っておくタイプで、書斎の本棚の一番上には大きな箱が数個ドーン。万が一を考えていると断捨離は進まない。これをなんとかして欲しいのだが。

目下、わたしは自分の本棚を見直しているところだ。念のためにとファイルしてきたコピー書類や補習校で使って来た教科書類も思い切って全て捨てた。最後には本当に自分が気に入った本だけが手元に残ろうか。とは言うものの、まだまだ思い切らなければならないものが多い。

で、断捨離するにも体力がいることを実感している。これが思いの外、なんだかんだと力がいるし、手が届かない高所にはイスを使うのだが、このイスに片足をのせて上がるのが、トホホホ、できなくなったのであ~る。つまり、側になにか手で自分の体を支えるものが必要なのであって、そうでもしないとイスに上がることができない、ほんとに情けないったらありゃしません。

下手すると骨粗鬆(と、しばらく前の検査でそう宣告された)のわたし、ひっくり返りでもしたら、スカスカの骨ポキンと大変なことになるのである。それゆえ、断捨離をするならば、みなさま、70歳前に始められることをお勧めしたい。って、なんのこっちゃ(笑)

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2023年6月23日

今日はサン・ジュアン祭り前夜祭です。

ポルトガル語では「Festa de São João(フェスタ・デ・サン・ジュアン)」と言います。「サン(聖)・ジュアン」とは、ヨーロッパでも最も祝福されるといわれる洗礼者ジュアンを指します。

ジュアン、ジョーン、ジャン、ジョン、イワン、シーンと国によって呼ばれ方は色々ですが、聖書の中でキリストに洗礼を授けたヨハネです。また、オスカー・ワイルドの「サロメ」でもヘロデ王が彼女に褒美として取らす「ヨハネの首」のヨハネのことです。

ポルトガルの町は、それぞれが守護聖人を持ちます。例えば、リスボンはサント・アントニオで、その生誕日6月13日の前夜祭には目抜き通りのリベルダーデ大通りを、リオのカーニバルに匹敵するような、盛大なパレードが練り歩き、大変な人出で賑わいます。

ポルトの守護神と言うと、聖ジュアン(つまりサン・ジュアン)と言う人が多いのですが、実はさにあらず。ポルトの守護神は「Nossa Senhora de Vandoma(聖母マリアにつけられる数ある名称のひとつ)です。これはリスボンでも同様でリスボンの守護神はサン・ヴィセントです。

サン・ジュアンは祭りの守護聖人である、と、ポルトの歴史家Germano Silva は書いています。わたしも長い間、ポルトの守護神はサン・ジュアンだと聞かされてきたのですが、Germano Silva のポルトの歴史本を読んで知るに至りました。

ポルトガル語の「São」は、「聖なる、聖人」を意味し、後に来る名前によって「São=サン」もしくは「Santo=サント」となります。

6月24日が聖ジュアンの生まれた日だと言われ、祭りは23日の前夜祭です。ポルトのサンジュアン祭りは、リスボンのサント・アントニオ祭りと趣が違い、見せて見て楽しむのではなく、市民が町に繰り出して思い思いに楽しむと言うローカル色のアットホームな雰囲気があって、なかなかよろしいようです。

サンジュアン祭

サンジュアン祭りの中心は世界遺産指定されている区域、これこそポルト!と言われるドウロ川べりのRibeira(リベイラ)と、昔ながらのサン・ジュアン祭りが楽しめるフォンタイーニャス(Fontaínhas)

サンジュアン祭

前夜祭には、二重橋D.Luis Ⅰ(ドン・ルイス一世)橋を背景に、華やかな花火が打ち上げられ、祭りは明け方まで続きます。

マンジェリコ(鉢植え植物)、にんにくの花かプラスティックのピコピコ・ハンマー、そして鰯の炭焼きえをサンジュアン祭りの三種の神器とわたしは呼んでいます。

6月23日が近くなると街のあちこちで売られるピコピコハンマー
サンジュアン祭

サンジュアン祭
↑かつてはプラスティックのピコピコハンマーでなくて、このにんにくの花で行き交う人の頭をぽんぽん叩いたものです。

サンジュアン祭
↑マンジェリコは「くるま花科」と辞書にありますが、この時期、どこの家庭でも手に入れて屋内に置きます。独特の香りをもち、人々はこれに手をかざして香りを掬い取り、その香りを愛でます。ちょっと日本の香道の仕方に似ていませんか?

マンジェリコに小さな旗が挿されているのがよく見かけられますが、それにはサンジュアン祭にちなんで毎年催される短詩コンテストで入選した詩が書かれてあります。日本で言う短歌でしょうか。恋の詩がたくさんあります。

祭りの三種の神器にもうひとつ加えたいのが、サン・ジュアンの熱風船(Balão de São João)です。

サンジュアン祭

サンジュアン祭

こうして夜空に熱風船を飛ばすのですが、これが、山火事惨事故の原因になってはならぬと、禁止のお触れが出ました。破った者は個人だったら5000ユーロ(約60万円以上)、集団でした場合は最高6万ユーロ(700万円以上)もの罰金が科せられるとのこと。今年の前夜祭の夜はどうなのでしょうか。

こんな風にして古い習慣が失われていくのは残念なことではありますが、惨事の元になり得るとなれば致し方ありませんね。

下記では、2015年のサン・ジュアン祭りの様子と熱風船をあげています。
サン・ジュアン祭2011」  

そして、最後になりましたが、サン・ジュアン祭りの主役の鰯です!
サンジュアン祭

これがご近所で街中のいたるところでと、鰯を焼く匂いでとても家の中におられたものではありませんです。それから逃れるためにも、我らも街へと繰り出したものですが、今年は難しいかな?


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2023年6月22日 

84歳になる我が日本語生徒が、やっとオンライン授業に慣れてきたと思いきや、突然こんなことを言い出した。
「Yuko、わたしは生い先短い。文法は好きなんだけど、もうめんどくさい文法はいい。短編小説を読みたい」 

ええー!だって、文法知ってないと理解がむずかしいじゃないの?そうでなくても日本語には機微というものがあって、文面から深く読み取らなければならない所が多いんだよん~、と言うと、そこはYukoに説明してもらいたい、と・・・

更に、1時間の授業を1時間半にできない?と来た(汗) もっとわたしと話す時間が欲しいというのだ。いやいや、わたしより長生きする気がするマリアさん。だって、日中用事があって電話しても家にいることがないのだもの、いったい毎日毎日どこをほっつき歩いてんねん?な我が友マリアさんだ。

実は今年は頑張るぞとわたし、この1月から、いい歳して仕事を欲張ってしまったのである。今までこんなに多くの授業時間を抱えたことがない。んで、1月からずっと平日週末と休みなしできたのである。たまにキャンセルなど入ると「ハレルヤ―!」と小躍りしてる自分だ。

で、先週あたりからガス欠であろう、しんど~となっているのである。それゆえ、我ながら情けないのだが、9月から一クラス減らせないかな?と目下生徒たちにアンケートをとっている最中の、彼女からの申し込みだ。

か、考えてみるねと答えたものの、生い先短いと言われたら引き受けるんだわさ、わたし(笑)

グループ、個人授業の準備、それが済んだらメール送信、送った教材のメモを取り、授業終了後はメモをとる。宿題もメールで送られてくるので添付ファイルを開いて間違いを指摘しその説明、等々してると、あっという間に一日が終わってしまうのである。

我がモイケル娘には、

モイケル:休みなしで、ようやるわ。
わたし: ほんまや。これは失敗でした。欲張り過ぎました。
モイケル:今頃、無謀さに気づいたんかい。

と言われる始末。

撮った写真も山ほどたまっており、なんとかしなければならないと思っているのであります。

Foz_1.jpg
ポルト海岸通り

このところ、頻繁にブログ更新の間が空いているのは、こんな事情ゆえ、みなさま、ご容赦ください。できるだけ更新を試みようと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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某月某日

とある年のこと。日本滞在から帰国して、ジェットラグ(時差ぼけ)でどうしても早朝に目が覚めてしまうのだが、それを利用して家の中の整理を決心し、このところずっと物入れや引き出しをひっくり返しては処分する物、まだ取っておく物と分けている。

こうして整理をしていると懐かしいものがあれやこれやと出てくるので、それを眺めたり読んだりしているうちに思わぬ時間がかかったりする。そういうものの中には子供たちの思い出にまつわるものが多い。

そのひとつが下のゲーム元祖ファミリーコンピュータことファミコンだ。

ファミコン

いやぁ、このファミコンにはほんとに苦労させられた!

今ではゲームを卒業し、日本の語学学校で働きながらなんとか生活費を稼ぎ、片やミョウチクリンな音楽作曲にもうしばらくの間うつつを抜かしたいと、東京在住3年目に入った我が息子だが、中学生だった頃の彼とは親子して、毎日ファミコン・バトルに明け暮れたものだ。

以下、過去の我が子達のバイリンガル教育体験を綴ったものに、子供たちとのファミコン・バトルの章があるので、引する。

我が家にファミコンがやってきたのは、本国でのブームより大分遅れてからです。ポルトに日本企業が進出してきた1980年代も終わりの頃、駐在員さんのこどもの数が増えるにつれ、補習校の生徒との付き合いで息子のお呼ばれの回数も度々です。そうして行っては遊んでくるファミコン。

しかし、日本から持ち込んだ電気製品を変圧器なるものに接続してそれらを使用できる企業関係者と違い、現地に住んでいる我が家族です、変圧器など当時は10万円もするとの話を聞いており、そうそう簡単には参りません。
それ以前に、いったいファミコンゲームとはなんなのかと、親のわたしの知識は皆無でした。

我が家にファミコンゲームが入ったのは息子が小学校も終わるころでしょうか。所沢の妹一家から息子へのお土産にともらったのです。

しかし、ファミコン本体を持ち込むだけではだめなのでした。日本と海外では電圧が違い、そのままでは使えない。ファミコンゲームをするためには、まず変圧器とテレビを持ちこまないことには無理なのです。今ではテレビ、ビデオデッキもマルチシステムと言って、日本、海外のソフトへの対応ができていますが、これが出てきたのはこのずっと後のことです。

せっかくお土産にともらったファミコンも、これでは使えない。やもなく、わたしは日本から小型のテレビを持ち込み、変圧器はこちらの日本企業の方になんとか工面していただきました。しかし、これが後ではエライことになってしまうのですね。

ファミコンとテレビを飛行機でポルトに持ち込んだときは、息子の喜ぶ顔を目の前に、親のわたしもこれで息子もなんとなく普通の日本人の子供の仲間入りができるのかな?なんて単純なことを思い、後でやってくるファミコンを間に親子の長期バトルのことなど、想像だにしなかったのでした。

最初はおとなしく、せいぜい45分間との親との約束を守り、たった2本持っていた「スーパーマリオ」と「Peach Boy(なんのことはない、桃太郎です)」を楽しくやっていたのですが、中学生にもなると、補習校の子どもたちとソフトの交換をし始めました。

日本からも誕生日だクリスマスだと、プレゼントにファミコンソフトが届くようになり、さぁて、この息子のファミコン熱を親としてコントロールするのが、誠に一苦労なことになったのでありました。

子供同士のソフトの貸し借りは原則的にわたしは同意しません。貸すとなかなか返ってこないこともあり、また人のものですから何か故障にでもなるとすぐには弁償できないという余計な心配と不経済が入ってきます。

そんなわけで、息子のファミコンソフトにはどういうものがあるか、わたしはソフトボックスをチェックするように心がけました。見覚えのないソフトがあるときは、「これは一体どうしたのか」と必ず本人に問うようにし、借りたものは長期間持つことがないよう返却を促しました。

さて、スーパーマリオなどの毒性のないソフトからやがて「ドラクエ」ブームに入りました。この頃は、クリアしたいがために、表示される色々な語彙の意味や漢字の読み方を質問してくるようになり、ここまでは、日本語を学ぶ一端になると考えることができます。語彙力を養ったのは事実です。

ファミコン
★我が家に残っているソフトの一部

が、そのうち、ババッ!ババッ!と言う効果音(?)のついた暴力的なゲームも入ってきました。それまでは、ひとりで遊んでいたファミコンゲームに、6歳下の妹を誘い込むことになります。娘はこんな風に兄から男子ゲームのファミコン洗礼を、ずいぶん早い時期に受けたことになります。

ファミコン
★ソフトの中でも息子が夢中になった「ババッ!ババッ!と言う効果音のついた暴力的なゲーム。この二本にわたしは眉をひそめ、しまいにはアタマに来て何度ぶっこわそうとしたことか


当時、子どもたちは帰宅すると一休みしてからまず宿題、そして日本からの通信教育を終えるのが日課でした。リビングにある大きなテーブルにそれぞれの課題を広げ、わたしも必ず同席しました。学校の宿題を終えると、次は日本からの通信教育学習です。これはわたしと一緒に読み書きを学びます。補習校のみならず、自分の子どもの2クラスを同時にみるという複式授業を
家でも実施したいたわけです(笑)

ファミコンゲームはこれらの学習ががきちんと終わってから1時間という約束です。やがて、「1時間経ったら終わる」ところが、ゲームに夢中になると、あと少しあと少し。もうちょっとでクリアできるから、とこの約束が段々守られなくなっていきます。

しかし、母親もヤワではございません。約束は約束。しつこくファミコンにしがみついてると、容赦なく横からバチッと電源を切ります。こういうことが度々繰り返された暁には、ある日、息子が学校から帰って見ると、肝心の変圧器がどこにも見当たらない!というとにちょこちょこなりました。神隠しならず、親隠しです。

息子の中学生時代、夕方の我が家はこの「ファミコン1時間戦争」で明け暮れたのでした。軍配は、どちらかと言うと、恐らくしつこく親隠しし、約束を守らせようと時には口角泡飛ばした、母親に挙がるのではないかと思っています。

こういうことを、子どもと争うような形で、毎日するのはなかなか骨の折れることです。もういい加減しんどい、と諦めて子どもたちの好きなようにさせてしまうのはイライラしなくて済みますし、こちらとしては楽なのですが、それでは親権、しつけの放棄です(笑)

子のしつけというのは、絶え間ない目配り気配りの連続だと、わたしは思っています。時には親たりともイライラしたり、ドッと疲労感を味わったりするのですが、しつけ時代に親が楽をしてると、何時の日にか自分のいい加減なしつけのしっぺ返しを受けないとも限りません。「可愛いけれど、ここは譲らんぞ。」としつこい一貫した親の気概がいるように思います。

娘の部屋の隅で、誰の手にも触られることなく、すっかりほこりを被っている骨董品まがいの初期ファミコン本体と、場所だけとって邪魔になってしまった日本の小型テレビは、あの頃のファミコン戦争などまるでなかったかのように、今静かに横たわっています。

ところで、わたしたち夫婦はスカイプを利用して文字チャット、カメラチャットなどでコミュニケーションをとっているのですが、子供たちからの話しかけの挨拶言葉が昔から度々「Glu!」なのです。

「Glu!って何でんねん?」と訊ねるや、モイケル娘曰く、

「ファミコンのセイントセイヤのゲームの効果音だよ味方が攻撃する時にGLU!って音がするのだ(笑)GLU!GLU!って言いながら敵を倒していくのだw」

って、おいおい、わたしゃ攻撃相手の敵かい!子供たちの挨拶の中には、今でもファミコンゲームの亡霊「Glu!」が住んでいるのである。

とまぁ、こういうことで、件のファミコンは「横たわっています」からその後箱に入れられ保管されてきたのですが、テレビも邪魔だしもろ共、処分できないかなと思い、先だってモイケル娘に話してみました。

「だめーーーー!そのまま置いといて!」

今ではゲームを卒業した兄貴をしのいでゲームオタクもどきになった娘、これじゃぁ、男もつかんかもなぁ

後日談:
日本から持ち込んだテレビは、さすが処分しました。ゲームお宅で男がつかんかもなぁと心配したモイケル娘も結婚し、間もなく3歳になるソラなる娘がいます。が、このファミコンの他にもうひとつ、スーファミなるものがあるのです。

あんたら、これ、どないするねん~!と断捨離中の母は困っているのである。

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某月某日

帰国の往復時の機内で、かつてはよく映画を見て時間をつぶしたものだが、それが自分にとってかなりの疲労の元になるのではないかと思い始め、近年では往復で2本、時にはまったく見ないこともある。

数年前に機内で見た映画「日日是好日」は、ドキドキするエキサイティングな場面やクライマックス等はないが、自然の姿を汲み取るような茶道の仕草一つ一つが心に染みこんだ佳作だった。

nichinichi1.jpg
Wikiより

今は亡き樹木希林が演ずる茶道教室の武田先生のもとへ通い始め指導を受ける主人公とその周囲の人達を簡素に描いた作品だが、教える時にふっと笑いが湧く武田先生がとてもいい。

映画を見ながら、わたしは主人公と同じような体験をしたことがあるので、それを綴った過去記事に少し手を加えて上げてみたい。数年前の話である。以下。


車の音なく、周囲から聞こえてくる音と言えば一日中鳴く鳥の声だ。都会の喧騒を離れたこの環境こそ物作りに専心するにはもってこいであろう。肩の痛みに耐えながら黙々と木に語るかのように彫り込んでいる木彫家堺美地子の姿が想像できる。

もう30年以上も彫刻刀を握ってないよ、とビビるわたしに、「Sodeさん、70過ぎたらまた始めようなんて言ってないで今から一緒にホリホリ(彫り彫り)しよう」と、3日間の滞在中の一日は工房の一室で友の指導を受けた。

かつらぎ山房
手前がわたしが作業していた木彫り台。先生が我が彫りの手直しをしております。彼女が木を彫る音はサクサク、サクサクと耳によく、わたしが彫る音はガリガリ、ガリガリ。トホホホ。そうして出来上がったのが下の作品だ。

木彫り
表                       

木彫り


厚かましくいっちょまえにサインまで入れてる(笑 )。 実を言えば、花の周りのポチポチ彫りは、別の図案を描き始めたものの、幾何学模様が細かくて寸法がうまく合わず、その模様を諦めて上の花にしたのところ、板にしっかりとコンパスを立てた跡が残ってしまったのである。それで、やにわにポチポチを彫り込んで誤魔化したというわけである。
かれこれ40年前の大阪時代に、こんな風に友と二人しておしゃべりしながら「彫り彫り」したものだ。友は根来塗りを作品に施すのだが、わたしは塗り薬にアレルギーがあるのと時間が足りないのとで、そのままポルトに持って帰ってきた。

彫刻刀、塗り用の材料、切り抜いた板などを持ち込んで、ポルトガルで独り黙々と彫った時期があった。木彫りも編み物もそうだったが、この町に日本人がいなかった当時、その作業時間はわたしにとって自分の時間を彫り込み、編みこむ思考時間でもあった。

息子が生まれて歩き始めた頃に、刃物を使うというので万が一の事故を考えて一旦木彫りは止めた。90年代に再び彫り始めたが、子供達の日本語教育、補習校の仕事で忙しくなり、彫刻材料もホコリをかぶったまま現在にいたっている。

木彫りは生半可の時間ではできないのである。そのためには何とか今の自分の生活時間を改善する必要があるなと、思案したものの今日まで良い案は出てこない。

和歌山を後にするという日の朝、着物を着る時間はないので普段着のままでと断りながら、友はわたしにお茶のお点前を披露してくれた。

1978年の渡米前に、ほとんど家具類も処分された殺風景な小さなアパートの部屋で、しかも正座が苦手なわたしのために、テーブルの上ででもいいのです、と、友がはしょってお茶のいただき方を教えてくれたことがある。

友がたててくれた薄茶を「3回で飲み干し、3回目にはズズッとお茶をすする音をたてます」との言葉に、「え~、いやだわん。それって欧米では悪いマナーになるじゃない」と、映画のシーン同様、わたしも躊躇したのであった。

みちべぇは表千家の先生であり、かつらぎ山房では、木彫、根来塗りの教室と併せて、月に2度、茶道教室も開かれる。

ocha-3.jpg かつらぎ山房
炭火をおこし、抹茶をこす作業から。正座ができないわたしには正座イスを用意してくてれいた。

かつらぎ山房
水屋から↑

「なんでそうするの?どんな意味があるの?」と各動作に逐一うるさく質問するわたしに、「なんでが始まった始まった」と笑いながら丁寧に答えてくれた。

かつらぎ山房

上述の映画の中の主人公同様である。みちべぇは、理屈っぽいわたしに答えてくれたが、映画の武田先生は、「お茶はまず形なのよ。始めに形を作っておいて後から心が入るものなの」と言っている。畳の縁を踏まないこと、手にする扇子の置き方など等、映画を見ながら、友がわたしのためにしてくれたお点前の場面そのままをわたしは思い起こしていた。

始めは薄茶、そしてもう一度、今度は「袖さん、濃茶もいただこう」と言う。
薄茶濃茶があることも知らなかったわたしであった。そして、水屋へ案内してくれ、抹茶椀は季節に合わて使われ、夏は、涼しげに見える口が大きく開いた「平茶碗」を、冬はお茶が冷めないように、 口が狭くて深い「筒茶碗」を使うということも、この時知った。

わたしが、ポルトで日本文化展示用に持っている茶碗が平茶碗だと知った友は、ふたつの筒茶碗を選んでわたしに持たせてくれたのだが、これらのことは映画「日日是好日」の中でも見られた場面でもあった。1年12カ月、月々の茶碗を12個揃えてあったが、一巡りして再び同じ茶碗が使われるのは1年後。月に一度のお茶会だと60年経ても5回しか手にすることはないことになる。茶碗とのめぐり逢いも一期一会のようなものだ。

別れ際の一服のお茶は、本当に嬉しかった。

かつらぎ山房

性格も年齢もそれぞれが歩む道も大いに違うわたしたちだが、何年会わずとも、ずっと昔のままの気持ちで話せるみちべぇ、あなたは人生の真の友です。 また会う日まで。ごきげんよう。
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2023年6月4日 
  
またも、やってしまった! もう自分のアホさ加減にほとほと呆れ果てた。呆れ果てて寝込む気にもなれない。 

先週土曜日は、午前中に二つあるグループ授業の後半のをキャンセルした。仮定法の説明だったので半数が欠席となると、後で授業進行に差しさわりがある。それで今回は休講にしようと提案したのであった。

実を言うと今年の1月から週末も含めて授業のない日は一日もなかった。休日がなかったのである。それで、その土曜日は夫と共に久しぶりに45年来の行きつけのレストランBuracoで早目の昼食をし、ホコ天のサンタ・カタリナにある化粧品店で呼び化粧品を買い足し、中華食品店に寄って帰宅した。

夕方にはもう一クラスあったので、少し休憩し授業後あたふたと晩御飯を作って片づけ、10時には就寝であった。

翌朝日曜日、食糧買い出しにEl Corte Inglêsデパートへ行こうとバッグを持ち、何気なしに開けたところが、おろ?さ、財布どこ?赤い財布入ってないじゃん? バッグをひっくり返してみたが、いつも入れっぱなしにしているはずなのにない。

さぁ、大変だ。夫は出かけるの、まだかぁとドア口で待っている。
「あのね、財布がありまへんねん」
「昨日、化粧品店でバッグから出してたよね、チリチリ鈴の音させて。」
そうなのだが、結局化粧品代金は夫が支払ってくれたので財布はバッグから出すには出したが開けなかった。

チリチリ鈴は、前回同じように財布を落とした後で(幸いにも手元に戻ったのだ)懲りて鈴をつけたのだが、なんじゃい、役立たずの鈴~、と自分の落ち度を鈴のせいにしようとする魂胆^^;

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土曜日に行った二か所は、休日で閉店だ。結局、翌月曜日の朝まで待つしかない。意気消沈で買い物に行ったのであった。が、その後はなぜだか気持ちが騒がなくなった。じたばたしても仕方あるまい。現金は200ユーロ少し入っていたが、それはまぁすぐ呆れめがついた。問題は財布に入れてあったIDカード、保険証、免許証、キャッシュカードだ。

すぐさま、パソコンで自分の銀行アカウントにアクセスしてみたが、失くしたと気づいた日曜日の朝、夜ともお金が引き出された様子はなかった。念のため警察にも電話で問い合わせてみたが、失くし物については同じく月曜日の10以降出ないと調べられないと言う。警察も日曜日は休みってことか?

全てのカード類の再発行申請を考えると気が遠くなりそうだが、もうええわ、と実はこの件3度目のわたし、以前ほど落ち込まず焦らずだ。何事も経験。てへへ。

翌月曜日の朝、夫がいち早く化粧品店と中華食品店に電話してくれていたらしく、朝の散歩から帰ったわたしに「中華店にあったらしいよ」と言う。買い物袋をバッグから出した時に、買い物したものを袋に入れるため、どうやら手にした財布をレジ台の上に置いたらしい。落としたんではないから、チリチリ鈴の音がするはずがないわ。

お礼にポルトワインと日本の小物を持って行き、無事財布は手元にもどった。今回思ったのは、財布に一切合切入れて置くのがよくない。現金は財布に入れ全てのカード類は別にして、バッグの中の小袋に入れることにした。

これだってね、バッグごと置き忘れたら結局同じことになるんだが。あははは。と自嘲気味なわたしではある。
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某月某日

ラメーゴ、Santo Estêvão(サント・エスティヴァン)山にある聖地ノッサ・セニョーラ・ドス・ルメーディオから、町並みを見下ろし、その後、車で町へ降り、レストラン「A presunteca(ア・プレズンテカ」で、軽く昼食をとることにしました。

↓画像はラメーゴの町中から見上げるノッサ・セニョーラ・ドス・ルメーディオの石段。
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レストランはこの向かって左側あたりの「N2」通りにあります。

ラメーゴは生ハムとRaposeira(ラポゼイラ)というシャンパンで有名なのです。

「シャンパン」は、フランスのシャンパーニュ地方で定められた製法で作られた物のみに使用される名前です。シャンパンと言う名は使えませんので、ポルトガルでは「espumante(エシュプマンテ)」と呼びますが、日本語のスパークリングワインもしくは発泡酒ワインです。

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上階にはパテオもありますがわたしたちは人のいない階下でいただきました。

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ラメーゴに来て生ハム、Raposeiraなしはもったいないでしょう。

キンと冷えたRaposeiraはとても美味しい!夫と二人で2杯ずつ乾杯しました。
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レストランの奥にはワインの展示がなされています。
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↓もうひとつ、ラメーゴの名物に「Bola de Carne de Lamego」と言うパンがあるのです。

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画像はWikipediaからです。写真を撮る前に、美味しくて全部食べてしまいやんしたっけ^^;厚みのパンでないのが好みでした。

ポルトガル語を少し知っている方は、「ユーコさん、またミススペルですねぇ。BolaじゃなくてBoloでしょう」と仰せかもしれませんが、今回は間違いではございません。実はわたしも。え?Boloじゃないの?と調べたのであります。

Bolo(ボーロ)は、いわゆるケーキの甘い方。Bolaはハム等を使った塩気があり上の画像のように、ペッタンコの形をしています。

↓こちらはBola de Bacalhau(大ダラのパン)
boladebacalhaudelamego.jpg

そしてこちらはポルトガルではどこのカフェでも食べられるBolo de Bacalhau.
bolodebacalhau.jpg

タラコロッケとでもいいましょうか。「Bolo」はケーキの外に丸い形の意味があります。 ややこしいですねぇ(笑)

本日も読んでいただきありがとうございます。
ではまた。

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