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2023年3月31日 

しばらく前の晩御飯時、夫が「おい、小説の中のfat(太っている)という言葉を書き換えるんだってよ」と言う。「じゃ、なんと表現するわけ?」とわたし。「enormous(とても大きい)」と夫は答える。

enormousだとわたしなどは「巨大な、大力な」を想像するのだが、まぁ、背が高くて太っている場合はそれでもいいだろう。では、fatがみな大きい人ばかりではないからして、「小太りの人」は「太る」を使わずしてどんな風に表現できるだろうか。「背が低くて肉付きのいい」?

「横にいた小太りの女がちらりをわたしに視線を流した」などは「横にいた背が低くて肉付きのいい女が・・・」となるわけだ。いや、ひょっとして「背が低い、背が高い」とか「小柄な、大柄な」しまいには、「女」なんてのもルッキズムにひっかかり禁止用語にあたるかも知れない。当人に面と向かって放つ言葉の良し悪しは普通の人間なら常識で自己判断できるであろうと思うのだが、どうもそれだけでは収まらないないらしい。

以前、北欧に住む邦人女性(この「女性」という言葉もポリティカル・コレクトネスでは書き換えられるべき語彙になる?)が書いていたのに、日本語教本「GENKI」にある形容詞の「太っている」「やせている」という単語をルッキズム撤廃推進中につき生徒に教えないことにしたというタイトルを目にして、いったいどういうことかと内容を読んでいくと、その人の在住する国では「人の見た目に言及するのはタブー」なのだそうだ。よって「可愛い」などと褒めるのもダメだと言う。さすれば、日本など根強いルッキズムの国だと言えるだろう。

ここでわたしは混乱してしまう。世界は表現の自由と声高に言っている一方で、この言葉をあの言葉を使っちゃいかんと制限をかけているようだ。

ご存知の方もおられるだろうが、アメリカでは映画「風とともに去りぬ」が人種差別的であるというので一時配給停止になっている。ピューリツア賞受賞作品でわたしの愛読書でもある「To Kill a Mockinbird (邦題「アラバマ物語」)もこれまで古典名作として米国内の学校で読まれてきたのだが、人種差別的色合いが強いというのと、nワード(主に英語圏において、一般に黒人を指す蔑称として用いられるnで始まるスラング)があちこちに見られるというのとで、教材から除外されている。

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わたしのこの本の読後感は人種差別的だということではなく、こういう辛い時代を経てこの人たちは今に及んだのだと彼らの歴史に敬意を抱く気持ちと、あのような時代にあって当時の一般的な社会通念に対抗して弁護士という仕事を貫こうとした主人公の父親の姿に感銘を受けたことである。この名作がこのような、それこそ差別を受けることは誠に残念だと言わざるを得ない。

最近に至っては、ポアロ、アガサ・クリスティ、ボンドシリーズの著者イアン・フレミングの作品にまでポリコレ考が及び、出版社が一部の文を編集したり完全削除したりしたとのことだ。

アガサ・クリスティーのポアロシリーズ「ナイルに死す」(ポアロシリーズでも大好きな一作だ)では、「ヌビア人」への言及が全編で削除されているとのこと。エジプト南部ナイル川流域にあるアブ・シンベル神殿はヌビア遺跡だと言われる。ヌビア人についてはこの本がなければわたしは知ることもなかったであろう。

その時代に書かれた本から、読者は歴史の小片を知ることができたりする。過去の社会に生きていた著者が推敲して書き上げた文を現代人にとって不快だからという理由で書き換えることには賛同できない。現代人の価値観を過去に書かれた本に持ち込むことは違うんじゃないかとわたしは思う。

著者が生存中であれば編集者は書き換えを頼むことができるが、故人は文句が言えないのである。例え出版社が本の所有権を所持していても、自分が書いていない言葉に変更されるとなれば、亡くなった著者はどう思うだろうか。著者への敬意というものがあると思うのだが。

某出版社に依頼されてポルトガル案内の拙文を長年わたしは提供してきたが、つい先ごろ、係の人から、こんな連絡が入った。

「夫や息子」の表現に校正者から待ったがかかってしまいました。「漁師=男性」と認識することが問題になる場合があるということです。どうかご容赦ください。

ナザレについての記事で、女性が重ねてはく7枚のスカートの一説を取り上げ、「漁に出た夫や息子の帰りを浜辺で長時間待つ際、冷たい海風から身を護るため云々」の赤字の箇所である。

言われてみて、そう言え以前日本のどこかで女性だけの漁師チームがいるのを紹介する番組を目にしたことがあった。へぇ、女性の漁師ねぇ、と色々な職業分野に女性の進出が見られる現代、能力があるならそれはそれでいいではないかと感じ入ったのだが。

因みにわたしの記事の「夫や息子」の箇所は「家族」になったが、気持ちのどこかに、「うまい逃げ言葉に置き換えられたけど、でもねぇ、この先はわからないが、ナザレの漁師はやはり夫であり息子である男性なんだよね。浜辺で待つのは女だったし、だからこそスカートが7枚なんだべ。それが伝統であり歴史なんだもん」とどうももやもや感が残るのだ。

うっかり問題になる可能性がある言葉に留意していなかった自分だが、改めて「ポリコレ」について考えれば考えるほど段々分からなくなってきた。大した書き手でもないわたしでも一旦書いた文章の訂正にこう感じるのだから、故人の大作家たるや、昨今のポリコレで自作品が今更編集されることにどんな文句を言ってくるのか聞いてみたいものだと思う。

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2023年3月28日 

我が子たちがまだポルトガルにいた時、何度か訪れたアレンテージュ地方が懐かしくて、「酷暑の夏は行きたくないけど春なんかいいんじゃないかな?んで、今回はGruta(グルゥタ=鍾乳洞)に行ってみたい」と、珍しく夫に注文しました。通常は、あそこへここへとこちらが言い出すと夫とわたしの間で面倒になることが多いので、もう何年も前から夫が行きたいところについて行っては文句ばかり垂れてきた妻であります(笑)

アレンテージュ地方の鍾乳洞はここだと言われて夫の案内サイトを見てみると、違うではないか。これは鍾乳洞でなくて太古の人たちが描いたと言う岩絵があるいわゆる洞窟だよ。人の手の入っていない鍾乳洞であるよ、行きたいのは。とダメだしなど出したわたしでありました。

夫は自分が行きたいところ、Setúbalの近くのCabo Espichelがちゃんとあり、そこをメインの今回の3人旅行でしたので、見つけたもらった鍾乳洞Grutas de Sant Antonioは旅行三日目、帰路の途中、山中にずいずい入った場所でした。

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リスボンのテージュ川に架かるバスコ・ダ・ガマ橋を渡って。

ポルト,リスボン間にあるレイリア(Leiria)から山間部に向かうセーラス・デ・アイーレ・イ・カンディエイロス自然公園(Parque Natural das Serras de Aire e Candeeiros)内に入ります。

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この区域には他にも鍾乳洞があるようですが、今回わたしたちが入ったのはサント・アントニオ鍾乳洞です。私たち3人のほかに一組のカップルをガイドが予約時間の1時半から約40分ほど案内してくれました。下図がコースです。

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この辺りはかつて採石場であったとのこと。1955年のある日、石工の息子が鳥を追いかけていたところ、鳥が姿を消した小さな岩穴を見つけ、後日石工たちがロープとマッチ箱を使ってその穴を下りたことで、サント・アントニオ鍾乳洞は発見されたと言われます。

サント・アントニオ鍾乳洞の広さは約6000㎡、洞窟内は通気があり年中16℃から18℃の気温を保っているのだそうです。

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入口。洞内は撮影OKです。


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上方に石工がロープとマッチ箱を手にして降りた地上の穴が見える

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青く照らされたの鍾乳石にぶらさがっているのは鍾乳洞に住む小さなコウモリ。

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自然が年月をかけて創造したもの。ただ感嘆のみ

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↑1センチ伸びるのに100年かかると言われる石筍(せきじゅん)上から伸びる石筍(せきじゅん)が下のとつながるには気が遠くなるような年月がかかる。

これも素晴らしい創造品です。
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まるで人の手のような。
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5万年前の大自然による鍾乳洞創造に圧倒されて帰ってきた次第です。

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2023年3月24日 

旅に読み物は欠かせない。今週はポルトガルを南下し息子も同伴で親子3人、2泊三日の小旅行をしてきた。旅行記は後に書くとして、旅で嬉しいのは家事から解放され晩御飯の後はずっと読書ができることだ。

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画像は昨年11月半ばに日本から持って来た寝しなに読んで来た本9冊なのだが、こんな調子で読書していると、あっという間に読む本がなくなってしまうと心配している(笑)

「アメリカの終わり」は2021年に書かれたもので、書店で偶然目につき、2020年のアメリカ大統領選挙に釈然としないままのわたしは、「在住40年の著者が実体験をもとに送る現地リポート」という一文に惹かれ手に取った一冊だ。

若い頃わたしは「自由の国アメリカ」を夢見た一人であった。渡米を目指して昼夜とにかく働いた。留学資金を貯め1978年1月についに夢を実現させ、アリゾナのツーソンの大学でELSコースを取ったのだが、今にして思えばわたしが憧れたアメリカはあの頃が終わりの始めだったのかもしれないと、近年のアメリカを見てそう思っているのだ。

著者を見て、おっ!と思った。著者山中泉(やまなかせん)氏は青森県出身。同郷に近いではないか。(わたしは青森県弘前出身だ)青森高校卒業後にイリノイ大学のジャーナリズム科を卒業、米政治・社会への論評に多くの読者を持っているとある。

2020年の大統領選挙にまつわる諸事、アメリカの医療、オバマケア、生活歩と、移民、そしてアメリカの大学の著しい左傾化についても述ベラれている。また、べでぃあの偏向報道もとりあげており、読み終えた時にはアメリカのみならず日本の行方に暗澹たる思いを抱いた次第だ。

「長いお別れ」は、拙ブログを訪問してくれたブロガーの「ロンググッドバイ」さんに、「レイモンド・チャンドラー」ファンだったわたし、「The Long Goodbye」が大好きな本であるというようなお礼のコメントを残したところが、チャンドラーではなく中島京子氏の「長いお別れ」の本からハンドルネームを取ったとの説明をいただき、今回の帰国で手に入れてきた一冊だ。

アルツハイマー認知症を患い徐々に病が進行していく元学校長を中心に、妻と3人の娘の生活をからめて物語が進められる。認知症にかかる側になるにしろ、それを世話する側になるにしろ、身につまされる思いになった。身近にあるストーリーではある。

さて、こうしてみるとわたしが手にする本なのだが、随分時代物がふえたなと思われる近年だ。読む本の著者こそ違え、亡き母も時代物専門を寝しなに読んでいたものだ。こういうところが似て来るとは思いもしなかった。我が書棚にはいつの頃からか「みをつくし料理帖」「はやぶさ新八御用帖」「藤沢周平」シリーズが並ぶようになった。藤沢周平は「蝉しぐれ」を始め色々読んできたが、今回の「風の果て」などは望むべくして生まれた訳ではない武家の次男三男の人生を目の当たりにする。

それで、あ~あ、時代物、全部読み終えちゃったよ 我が東京息子の次の機会まで、時代物はお預けだ。

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2023年3月19日 

大河ドラマの「どうする家康」ではないが、我が家のゴロー猫、ほんまに「どうした、ゴロー猫」なのであります。我が東京息子の帰省にあわせてのベッドメーキング後、ゴロー君が息子の部屋に入りびたりになりました。

それまでは、ほぼ一日中わたしたちの部屋にいたのです。ベランダに続く部屋なので大きなガラスドアがあり日中はとても日当たりが良い。こんな感じで↓日向ぼっこしてぬくぬくだったんですね。

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それが東京息子が帰るなり、もう完全に彼の部屋に引きこもりです。出てくるのはお腹が空いたときとトイレへ行くときだけ。後はず~っと息子のベッドの枕元にいるんです。彼の部屋のドアを閉めるとこんな具合にドアの前で「開けろ開けろ」とこちらが根負けして参るまで泣き続けます。

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息子は一緒に寝っ転がったりからかったりするんだが、誰がエサをあげてるんや~、誰がトイレの砂片づけをしてるんや~と夫と二人言ってみても届きまへんわ(笑)

こんなに入りびたりになるのは初めてです。ほんと、どうした、ゴロー猫?こんな具合で3週間過ごし東京息子が日本へ帰ってしまったら、ゴローは大丈夫だろうかと実は心配になっているのです。

ふっくらしていたのが最近は体重が落ちてきました。高齢猫の特徴だと言われます。我が家の他のねこちゃんたちもみんな高齢期に入るとやせ細っていきました。猫の16歳は人間の80歳と言います。その年齢に東京息子がいなくなった後の寂しい気持ちに大きな影響を及ぼさなければといいのだけれど。

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某月某日

冬から春への季節の変わり目は時にグンと気温が下がったりするが、その寒い空気がかすかに春の気配を伝えてくれる。春到来を待ち焦がれる身には、寒さにブルブルッとくる感覚もいいなぁと思う。

真っ青な空に木蓮の鮮やかなピンクや白が映える中、車を走らせながら春の訪れに胸をふくらませるのだが、咲けや咲けやの花の勢いはまだ感じられない。東京はちらほら桜が咲き始めたろうか。

桜と言えばわたしはつい西行法師を思い浮かべてしまう。吉野山の桜を生涯愛してやまなかった西行は、

ねかはくは はなのもとにて 春しなん そのきさらきの 望月のころ

と歌ったが、詠んだ歌のように桜咲く頃に入寂したといわれる。

北面の武士、佐藤義清(のりきよ)は23歳で出家し西行と名乗ったのだが、裕福な家に生まれ妻と子との家庭生活がありながら、何もかもかなぐり捨てて出家するに至ったその動機は今も謎だと言う。義清と同じ時期の北面の武士に後の平清盛もいる。何が彼を歌三昧の流浪のたびに駆り立てたのか。

異国に住んで44年目になるが、春が来るたびに故郷弘前を恋い、桜に寄せて思い浮かべる言葉に、花吹雪、落花、花いかだ、花衣、花冷、こぼれ桜などの言葉がある。日本人でありながらこれらの言葉を使えずにもてあましている才の無さよ。せめてはと、花にまつわる短歌を探っては読んでいるポルトガルの春である。

清水へ 祇園をよぎる桜月夜 今宵逢う人みな美しき   与謝野晶子

散ればこそ いとど桜はめでたけれ 浮世になにか 久しかるべき  
         詠み人知らず

もろともに あはれと思え山桜 花よりほかに知る人もなし  大僧正行尊

さくら花 幾春かけて老いゆかん 身に水流の音ひびくなり   馬場あき子

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2023年3月15日 

イスタンブール経由の便で今朝息子がポルトに到着しました。あれを持って来いこれも欲しいと強欲なおっかさんの注文を「了解!」(モイケル娘は「へ~い」笑)と言って頼んだよりも多めの量を持ってきてくれたのは、まっこと嬉しい。スーツケースの中身のほとんどはわたしのものでしたっけ(笑)すまんのぉ、息子。

空港から我が家までは車で20分ほどです。息子が旅の荷をほどいた後、近くのレストランで少し早い昼食を親子3人で。昨日はわたしも夫も仕事が休みでした。昨日は結婚記念日で丸44年になったことを息子に伝えると、夫、わざわざ左手の結婚指輪を取り外して、「ほら、みてごらん。ここに1979・3.14と彫ってあるだろ?」と指輪の裏側を示します。

わたしの指輪はというと、抜かずにいるうちに歳を重ねて体重が増え指も太くなり、とうとう抜くに抜けない状態になってしまいました。

3人で乾杯して息子の話すバカ話に大いに笑わされ、週日の昼食には早い時間の客が少ない店内で、わっはっはと笑い転げる我らのテーブルはひときわ目立っていたようです。

夫と東京息子が並んだ写真をスマホにおさめ、すぐモイケル娘に送ると、「パパ、うれしそうだねぇ」と返事が来ました。

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東京息子のベッドを整えて以来まるで主を待っているかのように、ずっとその部屋に居座り始めたゴロー猫、お前にも誰かさんがやってくるのが分かっていたのかね?

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いつの日にか我が家にモイケル娘一族も加わる楽しい日を想像していたのでした。

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2023年3月12日 

「もう準備できた?」と今朝ほどのわたしの問いに「まだぁ~」と息子から返事が来た。 おいおい、出発は明日だよ^^; こやつはいつもそうなんです。ポルトから東京へ帰る時もギリギリにならないとスーツケースに荷物を詰め込まない。結局最後には何とかなって帰っていくんですけどね。

2月下旬から大学の講義がないので、「お~い、毎日何してるの?」と聞くと、「運動、散歩、講座、音楽。退屈ではないよ」と言います。その間を縫ってマリオカートに乗ったりサッカー試合に参加したり、ついこの間はバッティングセンターで練習してみたりと、長い休暇中は日程をきちんと組んで生活しているのには、ちょっと感心します。

ギリギリ云々というのは、ひょっとしてわたしの血かな?と、とぼけてみるおっかさん(笑)計画を立てるのは夫の性格ですね。父親と母親の目立つ点を受け継いでいる息子、ちょっとちぐはぐなところがあるのはおもしろいと思っています。その東京息子も気がつけば日本在住丸14年を過ぎました。

ポルトを発った当時の日記を再掲してみます。

2009年3月4日

衣服は二の次で、分解したpc接続音楽機器のパーツ箱二つを大事にバックパックに詰め込んで背負い、ノートパソコンを持って。

大きなスーツケースは、関空に着くや新しい住まいとなる千葉の新住所に宅急便で送ることになる。息子は関空から新幹線で下関に向かいモイケル娘と合流して一泊するので、パジャマくらいは手荷物に入れろというのに、音楽機器で重量目一杯、パジャマなしでも寝られると言って聞かない。

出発前日まで、画家の友人ジェスパー君の引越し先となるアパートのペンキ塗りを手伝いに行き、夜な夜な午前様。出発の前夜、翌朝は4時起きと言うに、まだ出かけようとするので、
さすがにのんきなおっかさんも、「バカ息子!いい加減にせぇ~!」と爆弾落とし(爆)リスボンから引き上げて来たこの二週間、ひと時もじっとしていることのない息子ではありました。

出発前のこと、
「お前、千葉に宅急便で送るはいいけど、漢字は大丈夫?」と聞くと、「うげ!ローマ字じゃダメかな。 いいや、漢字書かなきゃダメだったら、宅急便の人に書いてもらうからプリントしてよ。」
っとっとっとっと、マジかい、息子^^; こりゃ先が思いやられること、目に見えし。

9年間、毎週土曜日の日本語補習校に通い、通信教育も同じく9年間しっかり修めたとは言え、中3を卒業して以来今日まで13年間、話す以外は日本語からずっと遠ざかって来た彼、無理からぬことではあります。

さて、3月3日、昨日の朝6時の便でフランクフルト→関西空港→福岡→下関へと26時間の長旅です。やっと日本時間で今日の夕方、下関にあるモイケル娘のアパートに到着でした。

着くなりモイケル娘、「兄貴、関空でたこ焼きと納豆巻きを食べて、今、コンビニで肉まんとカルピス買ってきて食べてる・・・」カルピスは、1年に1度、クリスマスお正月用にマドリッドから取り寄せる貴重な飲み物で、息子の好物なのであります。肉まんも然り、この手の日本食はこちらではとても高いもので、そうそう買えるわけではないのでした。だから、息子よ、分かる分かる^^

で、更にモイケル娘が続けるには、「アパートに靴履いたまま、あがったんだよ~」これにはわたし、あっはっはっはと大笑い。だって、これ、昔、わたしたちが帰国して所沢の妹宅に滞在する度に、「ジュアン君!また靴履いたまま家にあがってる~~」と彼女をしょっちゅう泣かせていたのであり、あぁ、成長のないヤツめ、あの頃、そのまんまではないか@@

昨日まで息子の気配があった彼の部屋は、もぬけのカラ。使い古された数本のエレキギターが、おっかさんとおとっつぁんの気持ちを反映するように、生気を失い寄り集まって立てかかっています。

今晩一眠りして、明日の朝はいよいよ、二人は、いえ、「二人+3匹の猫+それぞれのパソコン+それぞれのバックパック」らは、一路新幹線で関東へ移動です。

その格好を想像するにつけ、噴出さずにはおられないおっかさんであります。


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2023年3月11日 

5カ年計画がある。ただいま75歳のわたしの、今から5年先までの計画だ。

2023年(今年76歳・孫の空3歳) しっかり働いて貯蓄する。帰国はなし。
2024年(77歳・空4歳) 喜寿の祝いとして自分に帰国のプレゼント。
                 春に帰る。故郷弘前に行きたい。
                 同窓生たちにも会えたらな^^
2025年(78歳・空5歳) 普通に日本語教室で働く。帰国はなし。
2026年(79歳・空6歳) モイケル娘と孫の空をポルトに招待する。
2027年(80歳・空7歳) 孫娘空の小学校入学式に出る。
                 故郷弘前へ行きたいものだ。
                
こうして自分のこれからの年齢を文字にしてみると、何と言うか、他人の歳みたいだぞ(笑)この計画を我がモイケル娘に打ち明けると、曰く、「空の卒業式にも出て~」ですと。空の卒業式ってあぁた、86になりますがな!

ふむ、さすれば5カ年計画の更に先となると、わたしの年齢からすれば未来計画になろう。86、90、90なんぼ、と自分はいつまでも生きて行くような気がしてくるので面白い。ついでに活力も湧いてくる。もちろん、髪も白くなりシワも増え手指の力もなくなるだろうが、背中だけはまっすぐ伸びているようにしたい。テレビを前にひながソファに座っていることはしたくない。

現在でもわたしがソファに座ってテレビを見る時間は、晩御飯の後片付けが終わる9時半前後、「Chicago Med」を見る。この時間帯はこのドラマくらいだ。他のドラマはつまらない。10時半にはベッドに入り半時間ほど読書をして寝入る。

早い時は就寝が9時半だったりする(笑) 夜更かしタイプだったのが、気がつけばいつの間にかその悪習慣がなくなっている。わたしの周りには、85歳90歳でも向学心と好奇心を持って日本語学習に取り組んでいる人生の先輩もいるのだ。

未来計画は無謀なので立てないが、5カ年計画はうまく運ぶような気がするのだがどうだろうか?

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2023年3月6日 

大阪京橋からバスでしばらく行った所に住んでいた二十歳の頃、わたしは今で言う究極のミニマリストでした。と言えば聞こえがいいが、なんのことはない、お金がなかったのである(笑) 家電家具類は布団を除いては一切なかったが、小さなプレーヤーとレコードだけは持っていました。わたしの生活から音楽を切り離すことは考えられない頃でした。

玄関土間に続く3畳、6畳の部屋、それに当時ではめずらしい4畳半のフローリング台所がある文化住宅と呼ばれた住居です。一人暮らしのミニマリストにはとても広く感じられました。住宅の階下はスーパーマーケットだったと思います。夫と出会う10年も前のことです。

少しの間、福島区の小さな印刷会社の事務員をしていましたが、大胆にも京橋界隈で遊び、時々会社をズル休みもしたものです。すると、人情のある部長さんが都会で一人暮らしをしている若い娘のわたしを心配して、翌朝は車で出勤に迎えに来てくれるのです。事務所では営業の人たちにもよく可愛がってもらいました。

どんな夜遊びをしていたかと言うと、もっぱらサマセット・モームの作品ばかり上演する素人劇団のメンバーのシナリオライターや作家、役者希望の若者たちとつるんでいたのであります。劇団長は一度は劇団四季に席を置いたと言う人で、当時は京橋の繁華街に「エリーゼ」(と思う)と言うスナックバーを持っていました。みんなのたまり場はそこでした。

会社が退けてから彼らとつるんでは明け方まで営業しているカフェスやナックなどで幼稚な人生論や芸術論を彼らと語り明かしては遊んでいたのです。そういう夜は翌朝出勤できるはずもありません。彼らの劇では「雨」「エドワード・バーナードの堕落」を観劇しました。

モームは作家でしたがイギリスのM16の諜報員としても活動しています。わたしが最初に出会った彼の作品は、高校の英語教科書の「The luncheon(昼食)」という短編でした。

ファンだという女性とパリの格式あるレストランで昼食をすることになるのですが、彼女は「ひとつの料理しか昼食には食べないことにしてるの。~は特別だけど。」と言いながら貧乏作家の目の前で、次々と高級料理をたいらげていき、作家は支払うのに冷や汗をかくことになる「ランチ」を描いた作品です。

そんなわけで、モームには身近な思いを抱いていたのですが、モームが縁で面白い出会いが展開しようとは二十歳の頃は想像だにしなかったのであります。

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上の写真は手元にあるモームの短編集で実は知り合った頃の夫が大阪の旭屋書店で買い求め、わたしがプレゼントにもらった分厚い英語のペーパーバックです。本の扉、右上には「Para Yuko do Carlos(カルロスからユーコへ)。1977年8月10日」と日付も書いてあり、その下には彼のサインがあります。

それで、思い出したのですが、この日付、大阪の梅新の交差点で夏のクソ暑い中、わたしが彼を2時間待たした日でしたっけ^^;もう絶対待っていないだろう。でも、一応行って見ようと、実はこの日が初デートだったのでした。 40年前になりますわな(笑) あのとき彼がしびれを切らして2時間後に待ち合わせ場所にいなかったら、今日のわたしはポルトガルにいなかったわけです。すると、息子も我がモイケル娘もこの世に存在しなかったわけで、よくぞ、夫、炎天下をじっと待ってくれたものだとひたすら感謝するのみです。

知り合って一ヶ月後、夫は広島大学病院へ研究で移動し、会うのは大阪か広島で一月に一度か二度の遠距離。やがて年が変わって1978年の1月に、今度はわたしが長年の夢であったアメリカ留学へ出発し、大遠距離に離れ離れになったのが、今こうして日本とポルトガルの文化の衝突をなんとか誤魔化して長年来たのでした。乗り越えて、と言う表現は合いません。

乗り越えるためには、ぶつかり合って納得するところまで行かなければならない気がしますが、「フン!なんでぃ!いいわぃ」と流すことが多かったですから、やはり誤魔化してってことになりましょう。

来週には結婚歴44年です。気恥ずかしくて直接本人に向かって言えませんが、粗忽者で直行型のわたしと共に忍耐強くこの人生を共に歩いて来てくれて、ありがとう。

46年前に夫からプレゼントされたモームの短編集はわたしと共にアメリカへ渡り日本へ帰国し、更にポルトガル行の船便で送られ、今わたしの本棚に納まっています。

モームよ、お前もページがすっかり黄ばんでしまったけれど、わたしたちもお前同様、40数年の歳月を重ねたよ。

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2023年3月5日 

マグノリアの花があちこちで開花しつつある。

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一斉にこの花が咲くのを見て春がきたのだと感じる。野原には人間同様散策する猫も見る。そして、3月2日の夕闇迫る頃、台所のベランダから大きな光を放ち並んで輝いている二つの星を空に見た。

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金星と木星の大接近だ。上が金星、下が木星。二つの星の距離は月がすっぽり入るくらいだそうだ。しばしその輝きに見とれる。天壌無窮。

今日の本題。
85才になる我が友、および日本語の生徒さんであるマリアさんが、しばらく前にわたしを訪ねて来たことは拙ブログであげた。時々電話で話はしていたが実際に会うのは3年ぶりだった。

この3年間、日本語で小説を読んで来たという。わたしも彼女もコロナには既に感染していることだし、街を歩いてもマスク姿の人は見かけないし、日本語を再開したいのであれば我が家に来るのに大きな問題はない。が、彼女はバスに乗って来るのでそこが少し気になるところではあった。

思い切って試しにオンラインしてみる?と水を向けてみると、Zoomはドイツに留学してピアノを勉強しているお孫さんと時々話すのに使うのでアプリは孫にダウンロードしてもらってあるという。そこで、曜日と時間を決めてわたしがZoomルームに招待して一度試してみることにした。

が、マリアさん、しばらくZoomを使用していなかった、やり方どうだったっけ~、と試しの日本語はすったもんだ(笑) わたしはスマホを手に彼女にこうせぇああせぇと指示するのだが、んもう、ちゃんとわたしの話をおしまいまで聞かんのよ(笑)メールでのZoom招待でも、メールをちゃんと下まで読まず、変なことやってるしぃ(笑)もう、大笑いと大困りで、やっとどうにか入室できた!という時には1時間超えていた。

でもね、考えたら85歳でオンラインに挑戦してみるというその意気込みがいいよね。というので、実はマリアさん、オンライン日本語学習を始めたのであ~る。マリアさんとの日本語は授業は大きな声でのおもしろい質問も多く、笑いが絶えず愉快なのである。

72才でオンライン授業に手を出したわたしもちょっとエヘンではあるが、84歳でオンライン授業を受けるなんてすごいじゃないのとわたしは思う。やはり対面授業でないとねぇと言っていた彼女、これは結構いけるかもと思っているようだ。不確実なポルトガルのバスをまだかまだかとイライラしながら待って我が家に通うことに比べると、精神的にも健康だし時間的にもロスがなくて済むというわけだ。

ということで、YY日本語塾のGG`s(ジィジィズ=70才以上の生徒が4人いたが彼らをわたしはそう呼ぶ)の一人は、3年ぶりに日本語教室に帰還したのである。

そのマリアさんが、アルフレッドさんはどうしてるの?と聞いて来た。アルフレッドさんと言うのはGG`sの一人で最高齢者である。普段は山中の家に住んでおり晴耕雨読の人だ。我が教室では読むレベルはトップでもあり、百人一首の解釈本をわたしと読み切った人だ。日本語がある日には車で山を下りてくる。今年は90才になろうか。

そうしてみたらお正月以来電話していなかったなと気づきすぐ電話を入れてみた。が、応答なし。天気のいい日は主に庭の手入れをしているのを知っているので、それなら少し暗くなってからもう一度でんわしようといったん電話を切り、夕方もう一度してみた。が、出ない。

あれ?これまでこんなことはなかったぞ、何かあったのではないかと、にわかに心配になってきた。山中ではパソコンを持たない生活なのだ。彼と連絡をとる手立ては電話のみである。
他の手立てはあったっけ?と考えあぐねていると、スマホの呼び出し音だ。

お、アルフレッドさんからだ!「Yukoさん、今ドイツにいます。」
ドイツ系ポルトガル人のアルフレッドさんの娘さん一家は長年ドイツに住んでいる。10日ほどそちらに滞在するとのこと。ポルトに帰ってから連絡をもらうことになった。

山中から車で来てもらうことに心配はあるのだが、日本語で本を読むのは彼のライフワークになっている。果たしてどう言ってくるだろうか。市内ならわたしが彼のお宅まで行くことができるのだが、ポルトから40分ほどの山の中だと言うから、それはわたしにとって難しいだろうな。

というので、アルフレッドさんは無事である由、マリアさんにも伝えたのである。さて、ポルトガルは医療機関でも間もなくマスクを外すそうだが、残るあと二人のGG`sもまだ日本語学習継続の意思はありやなしや?

アルフレッドさんについては下記にて書いています。

・It´s been a long time・ほんとにお久しぶり! https://spacesis.blog.fc2.com/blog-entry-1282.html
日本語生徒と読む平家物語・平敦盛 https://spacesis.blog.fc2.com/blog-entry-1491.html
生徒と読む百人一首が面白い https://spacesis.blog.fc2.com/blog-entry-1766.html


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2023年3月2日 

幼子を持つ母親が仕事をするのは大変なことだろうなぁと思う。わたしはポルトガルでフルタイム勤務をしたことがない。まずは哀しいかな、ポルトに来た当時はまったくポルトガル語が理解できなかったので、職を得るなど無理。40数年も前のことだ。

ポルトガル社会も今の様に活発ではなかった。何しろ4月25日の無血クーデター、俗に言われるカーネーション革命の5年後にわたしは初めてポルトガルの土を踏んだのだし。40年以上も続いたサラザールの独裁体制だ、革命が起こったからとて瞬時に世の中が変わるわけもない。わたしの実感ではポルトガル社会が大きく変わり始めたのは革命から20年後のEU加盟からであろう。

ポルトガル社会が変わってきたということを実感したもう一つの体験に、毎土曜日のポルト補習校の借り校舎である現地公立校の教室がある。教室で子供たちの席の横に座って学習指導していたある朝、何気なしに黒板の上に目がいった。すると、それまで見られていた十字架が取り払われていたのである。ローマカトリック教の国と呼ばれていたポルトガルだ。1970年代の憲法改正によりカトリック教会と国家は分離されたのだが、徐々にそれが教育界、社会に浸透して行ったと言える。 そんな状態だったので、わたし自身は子育てをしながら毎日外での仕事をした経験ががない。

我がモイケル娘は今それを始めたところだ。子育てと仕事の生活をにわかに始めたわけではない。手始めに、この1年間娘のソラ坊を保育園に預けながら在宅ワークをしてきた。そしてこの2月から本格的に働き始めたわけだが、正社員と比べて時間の融通がきくパートタイマーを選択した。

なにしろ、いつ園から「空ちゃんが熱です、下痢です」と連絡が来るかわからないのであるからして。現に働き始めたと思ったら翌日すぐ連絡が来て早退、続けて休むという状態で始まり、わたしも気が気でならなかった。今のところ、会社が理解を示してくれているらしい。

問題は、その会社では月に2回ほど海外の関係者とオンライン会議があることだ。通常は4時半で職場を後にするのだが、その日はヨーロッパとの時差の関係上、会議は5時から約1時間半だと言う。これでは、会議終了後大急ぎで保育園にソラ坊を迎えに行ったとしても、閉園時間には間に合わない。

ゆえに、モイケル娘、会議の日だけ在宅ワークにしてもらえないか、それができない場合は仕事を受けることはできないと条件を出したようだ。

ソラ坊をいつもの時間に迎えに行くとなると、オンライン会議中、娘をどうする?静かに座っている孫ではないので、会議は不可能。その日だけ閉園時間まで預かってもらう話をつけた。在宅ワークだったら、保育園は歩いて10分足らずのところにあるので、会議が少し延長になったとしても閉園時間に間に合う。

結局会社からはOKが出て、目下モイケル娘は月2の会議の日を除いて毎朝慌ただしい出勤の毎日なのである。

さて、その初会議が昨日であった。長時間保育園にいることになるソラ坊は大丈夫だったか、会議は英語なので、何年も英語から離れていたモイケル娘、無事お役目が果たせただろうかとわたしが気が気でならず、朝起きるなりパソコンを開けると、おお!彼女から「おわった~~」とメッセが入ってる!

おっかさん:ごくろうであった!ソラちゃんはもう迎えに行った?
モイケル:うん。ご機嫌で他の子たちと遊んでた。
おっかさん:会議はどうだった?どじ、踏まなかったかや?
モイケル:な、ないわい。
おっかさん:なんだ、おもろない。

モイケル:でも、カメラのアングルに苦労した。右向けると部屋に置いてる
      服が見えるし、左向けるとボロボロのふすまが映る(はははは)
(註:部屋を仕切るふすまなのだが、ネコどもが悪さをし始め、以来つぎはぎを諦めてそのままだ。笑 帰国の折にわたしも目にして、なんだこりゃ~、であった。笑)

んで、どうしたかというと、そのふすまの前に押し入れのトビラを置いたのだ、だって。

おっかさん:ジュアン(兄貴)が前に言ってたけど、オンラインの際背景設定ができる
       みたいだよ。
モイケル:うん、背景設定を「ぼかす」にできた。

おっかさん:んで、会議での役割は結局なんだったの?
もいける:完全に通訳だった。
おっかさん:やっぱりなぁ。通訳だったら時給に上乗せしてもらわんといかんでぇ。
       (欲深い母であ~る。笑)
もいける:業務の一環だから請求できん。そんな複雑な通訳でないしいい勉強になる。
      なかなか面白かったよ。 (やっぱ、欲がない・・・)
おっかさん:久しぶりに外国人の英語、耳にしたっしょ?
もいける:うん。日本語に訳す方はすらすら行ったんだけど、逆が難しく感じたかな。
おっかさん:だろうね。脳が何年も日本人だったのだもの。即、英語日本語を訳して
        伝えるってのは大変な役割だ。
もいける:相手の人の英語はパパのみたいにきれいな英語だったよ。
おっかさん:(ここで黙ってりゃいいのにwおっかさん)あ、そ。パパの英語、近頃あかんわ。
       自分の英語を棚に上げてだけど。ぶはははは。
もいける:・・・・

とまぁ、結局、こんなチャットをモイケル娘としたのであった。勤め始めてやっとひと月経ち、そのうちの半分はソラ坊の熱やら風邪やらで欠勤せざるを得なかったようだが、いよいよ社会復帰。順風満帆とは行くまいが、婿殿の協力も得て親子三人四脚、がんばれ、モイケル!応援してるよ。

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モイケルママに人差し指で「シ~!」とジェスチャーするソラ坊

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