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2022年12月29日 

今年も余すところ数日、先週から行くの行かないのとグダグダ決めずにいたYY塾忘年会、昨日のレストラン昼食に行ってきました。なに、YY塾忘年会ったって相棒のOちゃん夫妻と我らサントス夫妻の4人ですばい(笑)

コロナ禍で、北部日本人会がこれまで毎年主催してきた日本人会新年会ももう3年なし。わたしにとっては同じ国の人たちとの接触が全くなかったということになります。相棒のOちゃんとですらこの3年間でまともに会ったのは、オヴァ―ル市にある某日本企業に依頼されて、日本文化展示会を開催した時に助っ人として来てもらい、その打ち上げと称して夕食をちょこっとしたくらいです。

そんなわけで、昨日は、人が多くなる食事時間帯を避けようと、ポルトガル人にしてはメチャ早い12時からの昼食でした。人と会いおしゃべりしながらの食事はやはり楽しいものです。

こういう人との行き交いは人生で本当に大切なことのひとつだなぁと思います。それが無くても生きてはいけるが、人生、味気ないような気がしないでもない。

たっぷり食べてたっぷり飲んで、さて、帰宅後の晩御飯はとなると、ほろ酔い機嫌では作りたくない。で、ポルトに帰ってくる時に羽田空港内で買ってきたラーメンを食べようということになりました。

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沸騰したお湯で2、3分茹で粉末スープを入れ、火を止めて赤い「秘伝の粉」を加える、とあります。 ふむ、これだな、赤い秘伝の粉↓
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おのおの一つずつについております。袋を破り「赤い秘伝の粉」を丼に盛ったラーメンの上にドバとかけました。なるほど、赤い秘伝の粉という通り、赤いわいな、と。

「できたよ~、ラーメン」と夫に声をかけ、リビングのテーブルに運んで、口に入れる。夫が、です。「うは!くぁ、くぁらい!!」と。
え?と、わたしも口に運ぶと、「ひぇ、ひぇ~!から!!」「なに、これ?」

「秘伝の粉」とあるから、これが味の秘訣になるんであって、これなしじゃあかんやろ、と全部入れたところが、半分も食べずに二人ともおしまい!

台所に重い丼を持ってって、なんでやろ?とラーメンの箱を戸棚からもう一度引っ張り出して裏を見ると、こう書いてある↓
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全部入れたので普通の辛さの2倍だ!だいたいが日本人と違って辛いものを食べないポルトガル人、それを日本人が辛いと感じる2倍の辛さをやっちまったのだから、そりゃ「くぁらい」わい! 「秘伝の粉」なんて書かずに、一言辛味粉だと書いてくれぃ!と勝手なことを申しておるわたくし(笑)

[お前の目は節穴か~」とでも言いたげな夫の恨めし気な顔の晩御飯でありました。いやはや、やっぱ、なんですな、食べる前にきちんと読まないと(大汗)←辛いゆえの大汗にあらず。己のいい加減さに呆れるゆえの大汗なり。
ほんま、辛かったわ!

本日も読んでいただきありがとうございます。
ではまた。

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2022年12月28日 

来る日も来る日も雨、25日のクリスマスもそうでしたが、その日の昼食はアベイル市の義姉宅に集合でした。恒例のことでしたが、コロナ禍の2020年以来3年ぶりのクリスマス昼食会でした。

いつの間にか巻きずしは前菜に定着し、わたしが持って行くのが習わしになっていました(笑)
25日は早朝に起床して、卵焼き、かんぴょう、ニンジンとシイタケの甘煮、スモークトサーモン、缶詰のツナ、アボカド、それに桜でんぶを加えての巻きずし作りです。

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義姉宅での昼食はレイタォン(Leitão)が定番です。レイタォンと言うのは「子豚の丸焼き」のことで、これはポルトガルではご馳走なのです。義姉宅では丸焼きを注文して、それを食べやすい大きさに切るのには、コツが要り、毎回、義姉の長男の役割で、わたしたちがアヴェイルに到着すると、大きな体にエプロンを締め、肉切り包丁を手に子豚と奮戦している姿をいつも目にしてきたのですが、今回はその長男がまだ到着しておらず、次男が取り仕切っていました。

子豚の丸焼きは下のように切られます。焼きたては皮がパリパリして、とてもおいしいのだそうです。(メニューは毎年同じですから、画像は過去記事のを使用しています)

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が、わたしはこれが食べられないのです。こんなおいしいものが!とすすめられてもダメッす。肉類を食べることから遠ざかりつつある今では尚更いただけません。それを知っている義姉は、しないでいいと毎年言うのに、わたし用にと牛肉を用意してくれるのですが、これも食べきれず、困ったものなんですね。

義姉宅で昔もろに目にした最初のショックが↓、未だ尾を引いているのであります^^;

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そのままの画像を載せるのはキツイと思い、色具合に少し手を入れました。皿にのっかってるのが子豚ちゃんの頭でありんす。

肉好きにとっては、一度は食べてみたい子豚の丸焼きだそうですが、この子豚ちゃんの顔を見ると、とてもとても・・・つくづく、命をいただいて生きているわたしたち人間の業に思いを致すのが、イースター、クリスマス、新年の食卓にのる馳走ではあります。

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別テーブルに並んだ左上下はドライフルーツ、(上、左から)大好きなプディン、Bolos de Gema(Gema=卵の黄身)、義姉が作ったPão de ló de Ovar(Ovar式のカステラ。カステラはポルトガルではパン・デ・ロと言う。これについてはこちら、「カステラはポルトガル語か」で、どぞ)。

クリスマス、新年の食卓に必ずのるラバナーダ(揚げパンをたっぷりの甘いシロップに漬け、シナモンをふり掛ける。フレンチトーストに似ているが、味は別物)、Bolo Rei(ボーロ・レイ。王様のお菓子の意味)、最後がFilhoses(フィリョーゼス。揚げパンの種類)。

こうして昼食を含め、何時間も食べては話し、飲んでは話し、ポルトガルのクリスマスはとにかく胃が丈夫でなければ、持ちこたえられませんぞ。

どまぁ、これが恒例のクリスマス昼食なのですが、寿司を作ってる最中に夫が「姉貴、喉が痛いんだと」と言うではありませんか。
えーーー!それって大丈夫?集まるメンバーに84歳の義姉、80歳の義兄、我ら夫婦75才と高齢者が4人もおり、その中でコロナ感染体験者はわたしのみです。わたしを除いて3人は、わたしがいとう所の4回目ワクチン接種をしているので、大丈夫だと思っているようで、結局わたしの心配をよそに全員集合してきましたが・・・・いつもより早めに引き上げてポルトに帰ってきたわたしたちでした。

昼食会から3日目の今日、感染の話が聞こえてこないところを見ると、みんな無事だったのかな?

本日も読んでいただきありがとうございます。
でままた。

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2022年12月24日 

例年ならば新しい日本語コースは9月から10月にかけて募集し、10月末に開始するのですが、今年はその時期に帰国していたので、募集時期を11、12月にずらし今回の新コース開講は新年からとしました。そんなわけで、このところ申込者との連絡等で少しバタついているこのごろです。

相棒のOちゃんとのYY日本語塾は2019年以来(コロナ禍以来)、Zoomでのオンラインコースです。理想は一クラス5人ほどかと思うのですがこれは生徒定着後の話で、最初は1クラス10人を限度に受け入れます。

通常は10人以上集まるので2クラスに分けてOちゃんとわたしが担当し、授業は同時進行に持って行くようにします。それぞれの担当するクラスの生徒数が極端に減少した場合は2クラスを合流させます。

ローマ字版テキストを使用して初歩の文法を学びながら、ひらがなの学習を進めるわけです。ひらがなを習得してもらった時点で日本語版のテキストに切り替えるのですが、週に一度80分の授業ですから、家での自習も必要とされます。そのために毎回ホームワークをだします。

ひらがなが習得できていない生徒は、日本語版テキストの切り替えとカタカナ学習に入る辺りから、授業に遅れがちになります。この期間に2回休んだりすると、日本語学習を続けるにはかなり厳しい状況に陥ります。このような生徒をなんとか引っ張って行くのは日本語講師の手腕にかかると思います。

大学の講義ではないので、テストの施行後成績をつけて単位をあげておしまい、と言う風にはしたくない気持ちがあります。
教材は1度作成すればそれらを使ってしばらく行けると思われがちですが、わたしの場合、作成したものを基盤に毎年再作成することが多い。クラスによって、前年度作成したものがそのまま使えるとは限らないのです。そこがまた面白い点で、どうしたら生徒が授業に飛びついてくるだろうかと、教材作成に知恵を絞るのもわたしにとっては醍醐味があるというものです。

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後進に譲る時期だと自覚し、63歳でポルト補習校を辞して、我が東京息子の幼馴染で画家ジャスパー君のアトリエ、ダウンタウンの真ん中にある「アンデルセン・スタジオ」の一室を借りて開講した2009年を皮切りに、クリスタル公園内のポルト市立図書館、Oちゃん宅、ポルトCCDスポーツ文化センター内、そしてオンラインと我が日本語教室は場所が移り変わりました。

生徒募集は口コミとFBのYY塾サイトのみ。後は大使館サイトに連絡先が載せられているくらいです。細々とですがよくぞ続いて来ました。

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画家ジャスパー・アンデルセン君のアトリエ。この一室を貸してもらい、Oちゃんと二人で日本語教室を開きました。

友人のイラストレーター、ちゅうさんがこんな素敵なプロフィール絵を描いてくれました(笑)
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二つ目の教室、クリスタル公園内のアルメイダ・ガレッテ市立図書館の一室。

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時にこの部屋が使えず臨時教室設置も(笑) 広いギャラリーの一角を利用しての授業はわたしのお気に入りでもあった。

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Oちゃん宅での教室

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コロナ禍までのポルトCCDスポーツ文化センター内の一室。室内が意外と暗くて、明るくしてほしいと頼んだら、なんと照明器具を用意してくれたのですが(笑) なんじゃこりゃ~と。大阪アサヒビアハウスでの歌姫バイト時代を思い出しました。

そして、現在のオンライン授業です。
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この間、クラス別の生徒を全員招待して年一回のOちゃん宅を拝借してNHKー(NihongoをHanasu Kaiの頭文字略)パーティをしていました。

これはOちゃんとわたしとで日本食を用意します。デザートは生徒の中にケーキ作り専門の人がいたので毎回注文します。

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巻きずし、押しずし、空揚げ、スペアリブ、焼きそば、日本式サンドイッチ、炊き込みご飯エトセトラ。

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そうめんもメニューに取り入れ。
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外国人に大人気のタコ焼き体験も。
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デザートのケーキ類
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中でもわたしが大傑作と称するのは下のさくらの花びらをあしらったケーキです。あまりにも美し過ぎてナイフを入れるのに大いにためらった。
日本語を話す会

2019年9回目のNHKパーティー、集合写真
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生徒たちが毎年楽しみにしてきたNHKパーティーはOちゃんとご主人、それに我が夫の協力あってこそ、こうしてできたもので、感謝しきれません。コロナ禍で以来開催されていませんが、いつの日にかもう一度開催できたらと、夢見ています。その時はOBにも声掛けして、体力のある限り(笑)

今日は我が日本語教室13年間を綴ってみました。
読んでいただきありがとうございます。
ではみなさな、良いクリスマスをお迎えください。
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2022年12月21日 

ポルトを2か月近く留守していて、帰っての楽しみに飼い猫のゴローに会えるのももちろんそうではあったが、わたしが毎日欠かさずエサをあげていたノラ猫2匹との再会だ。

わたしの留守中は夫が頑張ってその2匹の面倒を見ていたようで時々猫たちの画像を送ってきていた。が、仕事のある身だ、自宅で仕事をしているわたしのように、外で猫たちが待ち構えているかいないかとしょちゅうベランダから覗いてみるわけにはいかない。おのずとエサをあげる時間もズレていったことだろうと想像している。

ポルトに到着したその日の夜、「ここ2、3日猫たちが来てない」と夫が言う。ポルトは既に雨期が始まっており、未だにそれが続いている。カラッと晴れる日がほとんどないのだ。猫たちが来ていないだろうかと何度もベランダから覗いてみたが、姿は見られなかった。

雨が降ってるからだろうとも思ってみたが、雨でも雪でもお腹は空くわけで、ずっと何日も来ないと言うのはどうなんだろか?
が、そのうち黒猫のほうは、晴れ間を狙って現れた。もう一匹は待てど暮らせど姿を見せず。

夫が見なくなってかれこれ一か月近くになろうとしていた。車に轢かれたか、動物愛護協会のスタッフが捕獲して不妊手術を施したか。しかし、それならば数日を協会のケージで過ごし、再びその猫のコロニーに返されるはずだ。たかが野良猫ではあるが、気になって気が重かった。

それが、一昨日の夕方、既に日は落ちて暗い中、何気なくベランダへ出て下を覗いてみると、なんとまぁ、ンニャ~と車の下から顔を出したではないか!「フジオくん!(猫につけられた名前)」と思わず声に出して呼びすぐさまエサを用意して階下へ急いだ。

「ど~こに行ってたのよ!ど~してたのよ!」と、相手が理解するかどうか分からないが体を撫でまわしながらそんな言葉が口をついて出た。ネコは痩せておらず毛もきれいな状態だ。どれどれ?とお尻を除いてみると、手術が施された痕はない(笑)

夫が常々、飼い主がいるんじゃないかと言っているのだが、やはりそうなの?それなら、なんで多い時は日に3度も食べにくる?夏などわたしの散歩を待ち構えてでもいるかのように、朝6時くらいには、フラットの玄関ドアにきちんと座っているのだ。

ネコの名前は黒猫がCasaco Rico(カザコ・リコ)Casacoは「着るもの」、Ricoは「金持ち、立派な」の意味。ノラにしてはいつも毛がとてもきれい。我が家の掃除のおばさんによると、どうやら近所に飼い主がいるらしい。が、その飼い主が、あっちの家だ、いやこっちだと定まらない(笑)
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もう一匹は住所不定のフジオ君。
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名前の由来はない。いつごろからか、勝手にフジオと名付けられた(笑)

とにかく、クリスマス前に心配事がひとつクリアされて胸をなでおろしている。はい、昨日も小雨の中、2匹は別々の時間にやってきました。

本日はまことにとりとめのない話ではございました。
ではみなさま、また。


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2022年12月18日 

帰国するなりのコロナ感染で酷い症状ではなかったもののずっと体調すぐれず咳も多かった。もしフライト当日に調子が悪くなり飛行機に乗れないことにでもなったら大変だと、ポルトに帰って来る10日ほど前からは用心してできるだけ体を休めていた。11月のその期間に75回目の誕生日を迎えた。

息子と娘からは、その日にどこかで食事しないかと誘いがあったのだが、気持ちと「誕生日おめでとう」の言葉をもらって十分と断っていた。

すると夕食後、妹家族がケーキを用意してくれていたのだった。わたしは、大勢が集まって「ハッピーバースデー」と言うのはどうも照れくさくて、昔からその手のお祝いは避けてきたほうだ。もちろん、子どもたちにはしてあげてきたが。

その日に妹からわたしがもらったのは2冊の本だ。一冊は大岡信「折々の歌」から長谷川櫂氏が取り上げた俳句(二)。お、長谷川櫂ではないの。何度か拙ブログで述べているが、外国にいて無性に美しい日本語が恋しくなる時にわたしが手にする本の一冊が長谷川櫂氏の著書なのだ。

もう一冊が清川妙氏の「枕草子」。少々アマノジャクなところがあるわたしは、「あなたを変える」ってのが要らないかもぉ、などと可愛くないことを言って(笑) 人間てそうそう変わらない。ましてはこの歳になっては尚更だと思っているからだ。

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ついこの間、時代物の本を一冊読み終えたので、これを読んでみようと手に取り冒頭を読み出して、ふと拙ブログの過去記事を思い出した。同じく清女の「枕草子」について書いてある。
以下。

某月某日

「人間が発明した、破壊力を持ったありとあらゆる武器のなかで、もっとも恐ろしいのは、そしてもっとも卑怯なのは、言葉である。刃や火器は傷跡を残す。爆薬は建物や道路を破壊する。毒薬は後に検出される。言葉は、いっさいの痕跡を残さずに破壊することができる。」

ブラジルの作家、パウロ・コエーリュがその著書「Maktub(アラブ語で書かれてある、手紙の意味)」で書いているのですが、近頃、紙面やネットを賑わしている、知ってはいても自分は決して口にしないであろう日本語に実はうんざりしていたところに目にした言葉で、なるほどと頷かされたのでした。

「保育園落ちた、日本○ね」、「ダサい、ウザイ、ムカつく」など嫌悪を表す言葉を始め、国会で飛び交う言葉もとても教養ある議員が口にする言葉ではないんじゃないの?と思われる場面が増えて、暗澹とした気持ちになることがしばしばです。

明確に自分の意見を述べる分には賛成ですが、反対意見を述べたり、詰問するにあたっては、やはりその人の人格、教養が出てくるように思うのです。

イギリスの国会でのやりとりを見ていて思うのは、近頃の日本のようにグサグサと人の気持ちをえぐるような言葉はあまり使われていないということです。相手を攻めるに至っては、時にユーモアが入り、議会場にドッと笑いが渦巻く場面が度々見られます。笑いは緊張した場の重苦しい雰囲気を一気に変える潤滑油的役割をしてくれます。

醜い言葉で相手をののしり、低俗な言葉でいかにして相手をやりこめようかとする人間を目の前にするのは、気持ちのいいものではありません。見ていて却って嫌悪感を抱いたりするものです。もうホンマ、大の大人がこの状態かと、国会でのやりとりにはうんざりしていたのです。

「他人の振り見て我が振り直せ」、言葉遣いには重々気をつけなきゃ、と思っていたところでした、が、夕べ日本語授業の予習にと読んでいた「ねずさんの日本の心で読み解く百人一首」、第62番歌、清少納言の章で思わず、あっはっはと笑って、ハタと思ったことがあります。

夜をこめて 鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関は許さじ
―夜明け前にニワトリの鳴き声にかこつえてわたしを騙そうとしても、あなたとは決して逢いませんわよ―

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Wikiより

これは、著者のねずさんの解釈によると、「浮気は許しませんよ」という歌とのことで、ほほぉ、と思って読み進めていくと、日本の中世社会を快活でノビノビと生きた清少納言という女性に触れ、更に彼女の作品「枕草子」にも少し触れています。

わたしも学生時代に暗記しましたが、「春はあけぼの、やうやう白くなりゆく山ぎは、少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる」と言うので始まる随筆集です。

ふむふむ、知ってるぞ、覚えてるぞ、と思っていますと、この枕草子の第28段「憎きもの」の部分を現役の女子高生に訳してもらったという下記の引用文があります。

――引用始め

お部屋にこっそり忍んで来る恋人を、犬が見つけて吠えるのって、すっごい憎ったらしくない?

あとね、ようやく密かに忍んで来てくれたのはうれしいんだけど、みんなが寝静まってお屋敷がシーンと静まり返っているのに、大いびきをかきながら寝ちゃうヤツ。 てか、絶対、まわりにバレバレじゃん><

それから、きっとバシッと決めようと思っるんだろうけど、大袈裟な長い烏帽子(えぼし)をかぶって忍んできてさ、慌ててんのか、烏帽子が何かに突き当たって大きな音を立てるヤツ。
なにそれ〜って思っちゃう(汗)。

それと、簾(すだれ)をくぐるときに、不注意で頭をぶつけて、「イテテテ!」って、大声をあげるような男って、サイテー。

あとさぁ、夜、忍んでくるとき、戸を開けるなら、少し持ち上げれば音とかしないのにさ、ヘタすれば軽い障子でさえガタガタ鳴らす男もいて、そーいうのって、なんかめっちゃムカつくよね。

――引用終わり

実に軽妙なノリで、もう脱帽的現代語訳です。上、文中の赤字部分は普段のわたしなら、「すっごい憎ったらしくない?」なんて、文法的に「すっごく憎ったらしくない?」でしょ!とか、「てか」ってなんでんねん、「てか」って。とか、最後の「めっちゃムカつく」などは、あきまへんで、と、ゼッタイ一言言ってたと思われる部分です。

いやもう、なるほどなるほどとひたすら感心する現代若者言葉訳でしたw さすれば、小見出しとも言える第28段「憎きもの」などは、現代語の「憎い」という意味合いからは離れているわけで、女子高生風に訳せば「ウザいもの」「ウザきもの」とでもなるのでしょうね。 ひゃ~、わたしとしたことが、使っちゃったよ、こんな言葉(爆笑)

いえね、自分は人との会話でこの手の若者言葉を遣うことはないでしょうが、それを使った訳が妙にピッタリ来るもので、枕草子が遥か昔の平安時代に書かれたものだとは思えないほど、いと、をかしく感じられたのでした。

若者言葉に対して少し認識を改めないといけないかしらん?

因みに、みなさま、ご存知かとは思いますが、平安時代は通い婚、つまり男女は同居せずに男性が女性を訪れる結婚の形が普通であったということを書き添えておきます。また、下記に枕草子第28段「憎きもの」の原文を掲載します。

忍びて来る人見知りてほゆる犬。あながちなる所に隠し臥せたる人の、いびきしたる。また、忍び来る所に長烏帽子して、さすがに人に見えじとまどひ入るほどに、ものにつきさはりて、そよろといはせたる。伊予簾などかけたるに、うちかづきてさらさらと鳴らしたるもいとにくし。帽額の簾は、ましてこはじのうち置かるる音いとしるし。それも、やをら引き上げて入るはさらに鳴かず。遣戸をあらくたて開くるもいとあやし。少しもたぐるやうにして開くるは、鳴りやはする。あしう開くれば、障子などもごほめかしうほとめくこそしるけれ。


さて、読み始めた清川妙氏の枕草子だが、感想は読み終えて後に。

本日も読んでいただきありがとうございます。
ではまた。
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2022年12月15日 

ネコの話が続きます。
5匹も猫を飼っていると色々なことがあるものです。4匹を見送り今でこそとうとうゴロー君一匹だけになってしまいましたが、そのゴローの話。

一番若いゴロー君が右上の牙が抜けそうでなかなか抜けません。牙はかなり下にさがっていて、下の牙と噛み合わず口を閉じることができないらしく、えさを食べようとすると触れるのが痛いのだろう、食べなくなっていました。

それで気が付いたのだが、口を閉じることができないと飲み込みもできないらしいのだ。結局ミルクも水も飲めなくなったので、先週の日曜日には、動物総合病院の救急へ夫が連れていってみた。人間並みである。

診断の結果が病院へ行った夫から電話で入った。
「抜歯して穴を開けたままはよくない。手術して義歯を構築しそれを入れますか?って言ってるけど」
@@ さ、差し歯じゃん?人間並みジャン!加えて手術費用は当時で500ユーロ(=60000円)だという。ガビ~~ン!ということは、薬代だのその後の通院だので7、8万はかかりそうだと。
「どうする?」と電話で夫。

どうするったって、今、昼食作り中のわたしに即断せよと言われてもなぁ。飯が焦げるよ~
ということでいったんうちへ引き返してもらった。7、8万はちょっとかけすぎじゃない? だってペトやクルルもしばらく前に抜けたけど、そのままです。

結局、猫たちのホームドクターである近くのクリニックで予約を取り、翌日麻酔をかけて抜歯のみしたのだが、これとて、食事抜きで朝連れて行き丸一日クリニック・ステイである。そのことを猫好きのモイケル娘とスカイプで話した。

spacesis: 家猫だし獲物をとるわけじゃないからいいんだけど、外へ出たら
外猫たちに笑われるのだ、きっと。なんだ、おまえ、牙がないのかってw

モイケル:  失格なネコになってしまうねw
       (註:これは兄貴の間違い日本語をそのまま使ってみたようだ。「妹失格だ、お前は」と言うべきところを、兄貴、「お前は失格な妹だぁ」(爆)まぁ、文法的には、日本語の形容詞としての使い方が間違ってないのだがw 我が息子は時々こういう面白い日本語の間違 いをよくしでかしていた)

spacesis:   あははは、失格な猫って(笑)

モイケル:  あ、でも意外と貫禄がついていいかもよw

spacesis: 牙がない貫禄なんてあるかいな。
モイケル:  片目に斜め傷が入ってるようなカッコよさにはならんかw

spacesis: おお!旗本退屈男のことやね。いやぁ、そんな突っ込みができるなんて、モイちゃんもすっかり日本人じゃん

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Wikiより。懐かしい面々、豪華メンバーです

そうは言うものの娘のギャグがこの母の年代ものであるのをご理解くだされ。何しろ、この母の昔話が日本の情報でありましたし、それを聞いて日本に憧れて行った彼女ではありますもので。

とまぁ、こんなくだらない親子話をばらしているのですが、かかった費用はいくらか? はい、麻酔をかけて抜歯し、薬をいただいて当時で60ユーロ(8000円弱)ほどでした。これでよかったかどうかは知りませんが、仮に差し歯をしたとして、それとても人間と同じで合う合わないがあると思われ・・・すると、差し歯で一件落着とはいきません。抜いてしまったら後くされがなくなり、とりあえず落着ですものね^^;

そんなわけで、抜歯後の答辞のゴロー君の顔、みてやってくださいな(笑)
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牙がなくなってボクは嬉しくないのだ・・・と、申しております。

本日も読んでいただきありがとうございます。
ではまた。

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2022年12月14日 

5匹の猫を飼っていたころの話。

夫もわたしもシャワーは朝党です。お湯は我がフラットに備わっている電気が沸かす小さなタンクから給湯されるもので、使える量に限度があります。

温度が高い夏はともかく、寒い冬は二人の人間が続けてシャワーを浴びるのは、お湯が途中かぬるくになってしまう可能性大で考え物なのです。

なるべく2人のシャワーがかち合わないようにと気を配るものの、ままぶつかることもあり、両方とも朝に仕事がある時は早い者勝ち。どうしても先にシャワーを浴びたいときは「明日、先に入るよ」と前もって宣言することになります。

さて、早い者勝ちのわたしの後に、仕方ないと夫がぬるいシャワーを浴びていた朝のこと。わたしはその日の日本語授業で「着物の歴史」話を頼まれておりパソコンで準備をしていたら、突然、ブチッと切れました。え!と周囲を見回すと、どうやら家中の電気が無くなった感じなり。

フラットのドアを開けて階段の電灯を点けてみると、あら、こっちは点くではないの。ということは、うちの中での問題です。夫が色々調べてみたものの、結局分からず午前中に電気屋さんが来てくれることになりました。

パソコンはできないし、じゃぁ、コーヒーでも淹れて洗った髪でも乾かそうか、と思いきや、げ!湯沸しポットもドライヤーも電気じゃん・・・我が家の台所ははIHクッキングヒーターなのでそっちもダメ。気付けば、テレビ、電話(pcから引いている)も、こうなると全く使い物になりません。なぁに、スマホがあるから、と思ったら、電話はできるもののモデムも消えているのでスマホネットもできない!!

いやいや、これは大変なことぞ。髪はどないすんねん~~@@ で、あった!ストーブがありゃんした!もそもそとその前でとりあえず乾かし、出来あがった髪を見た夫の一言が、「サントアントニオだ」

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実はわたしは長年自己散髪をしているのだが、最近したそれが失敗。ドンドン短くなり、サント・アントニオ風になったのである^^;

やがて電気屋さんがきて、一箇所一箇所コンセントをチェック。が、一箇所だけ電気が点かない。なんと、パソコンのところであります。どれどれとイスをどかしてみてみると、あちゃ~~!猫のマーキングで濡れているではないか!猫たちはみな去勢手術をしているはずなのに、黒猫ぺト一匹がひたすらマーキングに励んでいたので苦労していた毎日だった。

道理で今朝から匂いがして、実は我が鋭い鼻を働かしてその場所を捜していたのだが・・・まったくもうエラい災難でした。一瞬、こやつらが寝ているカゴごと、ひっくり返してやりたい衝動にかられましたが、う~~ん、こうして見たら可愛いもんね。

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こら!の一言で終わり。勿論、コンセントに猫スプレーをやられては危険だし、たまりませんので、ネコが入り込めないようにしました。もう一匹、ゴンタはこの通りで。あはは。

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改めて思ったことは、いかに現代人が電気に頼り切っているかです。電気がなかったら、ほとんど何もできない。夫といざというときのことを何か考えておかないといけないと話していたのでした。キャンプ用のバーナーとか、大したものは用意できないが、少なくともコーヒーのお湯くらいは沸かせます。

本日も読んでいただき、ありがとうございます。
ではまた。
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2022年12月13日 

毎年のことだが、この時期の悩み事にクリスマスのプレゼントの買出しがある。

家族を始め、クリスマス祝いに集まる親戚の大人子ども、名付け親であればその子どもたち、それに常日頃お世話になっているお医者さん、お手伝いさんもいる。日本宛てに、テーブルワインを送るなどすると、中身より送料の方が高いということがざらにある。サービスは悪いが送料は高いポルトガルだ。

プレゼントはもらったら喜ばれるものをと、あの人にはこれ、この人にはこれと、一人ひとりの顔を思い描きながら買おうとするのだが、いよいよNatal(ナタル=クリスマスのこと)が切羽詰まってくると、それどころではない。とにかく人数分の数を揃えなきゃ、と相なりごった返しのショッピングセンター、書店を回ったりするので、体力たるやなかなかに消耗するのである。

息子と娘の学校教育が終わるまでは教育費にお金がかかっていたので、限られた予算でたくさんのプレゼントを用意するのは決して楽なことではなかったのだが、近年は「エイヤ!」という気分で少し奮発してみたりする。

するとまぁ、あららと言う間に、買い物はほぼ終了。あっはっは。買い物に時間がかかったのは、予算とにらめっこしながらだからなのだと、今更知ったというわたしである。

ポルトガルのボーナスは昔から給料の一カ月分となっているので、夫がまだ若かった頃は、ボーナスは全てクリスマスプレゼントに費やされていた。当時は行き来する親戚が多く、特に夫の母は9人兄弟だったので、その数たるは半端ではなかった。
夏は夏で、出たボーナスは家族旅行に費やしていたのだから、端から見ていたわたしは、いったいこれでどうやって貯金できるのだろうかと焦ったりしたものだ。

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プレゼントはもらうより上げるほうが楽しいし嬉しい、と思うようになったのは近年のことである。わたしは夫からのプレゼント以外は(毎年、日本への航空券なのだわさ^^)、クリスマス、誕生日と言えどもなくても構わない。取り立てて、欲しいものはもうないといってもいい。いただいてどこぞに仕舞いこんでいるものがどれだけあるだろうかと思うともったいなくて、大人同士は気持ちだけでいいではないかの感がある。

そこで、随分前から夫にはプレゼントの対象は子どもだけにしないかと提案してあるのだが、夫の考えは違うようだ。また、子どもには日本のお年玉のようにお金であげるのはどうかと、再三夫に言ってきたのだが、これも受け入れられずに来た。

子供が小さいうちは物であげるのがいいが、たくさんのプレゼントの中にひとつ「お金」があってもいいのでは?物の場合、ダブルこともありうる。それに、わたしは長年チャイナフリー(チャイナ製品ボイコット)主義なので、ほとんどの子どもおもちゃがチャイナで作られるゆえ、そうでないおもちゃを探すのに苦労するのである。お金なら、子供が積み立てて将来何かに役立てることができようし、それで好きな物を買うこともできよう。

そう提案してきたのだが、その習慣がないポルトガルのことゆえ、夫はわたしの提案を受け入れてこなかった。が、若い子たちには、ついに日本からわたしが持ってきた「お年玉」袋に入れて渡すことになった。なにしろ、もうおもちゃを上げる年齢ではないし、かといって、身に着けるものも色々好みがあって、あげた物を喜んでもらえるとは限らない。図書券と言う手もあるが、それも本好きならではの話だ。そのうち、サントス家のクリスマス祝日には、大人へのプレゼントなしということもあり得るかしら?

なにしろ近頃は終活と称して断捨離を始めているわたしである。なのに毎年毎年、物が増えるのは困るのであります。欲しい人があればあげるのだが、それも気をつけねばならない。下手すると回りまわってそのプレゼントが贈った当人に渡らないとも限らない。クリスマスは色々気を使うシーズンでもあるのだ。

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2022年12月12日 

ポルト、リスボンはこのところずっと雨です。リスボン近郊は洪水に見舞われているところもあり、12月の書き入れ時だというのに苦労している商店街もあるとのニュースが流れています。

してみればポルトもドウロ川数か所にダムが建設される以前は、雨期の12月には毎年のように川の水があふれ出てリベイラ河岸は大変だったものです。

雨降る中の人混み、クリスマスの買い物客で埋まっていたサンタ・カタリナ通りの風物詩も今では昔の話になりました。今では多くが雨天でも濡れることなく買い物ができる郊外のショッピングセンターに足を運びます。

そのショッピングセンターもコロナ禍でここ数年閑散としていた12月でしたが、マスクをする人もほとんど見かけなくなった今、客足は伸びるでしょうか。わたしは昨日の日曜日、初めてマスクを外してデパートに入ってみました。ま、わたしの場合、10月に感染したし、とのこともあるのですが、気持ちのどこかで「油断すべからず」の声があります。

さて、話題を変えまして、孫の話です。
我がモイケル娘宅に2、3度3日ほど滞在して、彼女の子育てを目の当たりにしてきた今回の帰国。この娘はほんま、夫の性格を受け継いで孫娘の空ちゃんに辛抱強く接しているなぁと感心したのでありました。

彼女の子育てを見ていいなと思ったのは、子どもを急かせないことと子どもと会話する際に幼児言葉を使わないことです。そして、これでは自分の時間が寸時も持てないはずだと思うほど、実によく空ちゃんの相手をしているのでした。

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秋の中にたたずむ空

わたしの子育てはと振り返れば、「育児は育自」を地で行くような、子育てをしながら忍耐力をう養った日々だったと思います。
孫の空は、モイケル娘の言うように2歳と言えどなかなかに手強い(笑)。起きている間中はよく動き回り、そのお喋りは、これこそまさにポルトガル人の血!と思わせるほどの勢いがあります。それを見越しての娘の対応は「忍耐強い」の一言でしょう。

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そのモイケル娘がさすがに「もうこれ以上はあかんで」と、空ちゃんに警告することがあります。それは就寝時間前で、空ちゃんがなかなか寝る準備に入らないときです。特にわたしの滞在中は、彼女はどうしても興奮気味になり私相手に際限なく遊ぼうとするわけで(笑)。

モイケルママが穏やかな声で「歯をみがいてください。」が何度か繰り返され、全くその様子がうかがえないとなると、いよいよもって「むりやりタイムだよ」 「むりやりタイム、いやだー!」と相成ります。ここまで来るとモイケルママは子怪獣をひっ捕まえて、泣こうが喚こうが有無をいわさず(笑)

うふふ。「むりやりタイム」とはよく作ったものだ、と感心しているのであります。側で見ているばぁばことわたくしは口出ししません。

2歳だった頃のモイケル娘と孫の空を比較してみるとお喋り度合、動き度合いが比べ物になりません。おとなしいウサギちゃんと子怪獣のごとし(笑) 孫娘はモイケル娘の兄貴(東京息子)の子どもの頃に近い。

息子も元気いっぱいな子でよくフラカォン(Fracão=台風の意味)と呼ばれましたが、されば空ちゃんは「フラカォンNo.2」です。子怪獣で十分にそれを表していますがね(笑)果たしてどんな子になるのか、楽しみではあります。

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2022年12月9日

築300年と言われる黒茶屋での食事は10月末日。四季によってメニューが変わるそうだ。わたしがお願いしたのは「あじさいコース」で品書きは下の通り。

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食べるのと話すのに夢中で品書き通りに運ばれた献立の全ての写真を撮りそこなったのが残念でもある。先付として最初に出された、カシューナッツがのった「勾玉豆腐」
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これは美味しくて、お土産に持って帰った。

次の前菜かごの上には季節がら黄色い楓が添えられて来た。
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ふたをとると、9種類の前菜が小さな器に乗せられていた。うわぁっと思わず感嘆の声を発してしまった(笑)
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次から次と運ばれてくる料理をほぉばり、妹夫婦との楽しい会話は弘前での子供時代や津軽弁の話に及び、義弟も弘前出身なので大いに盛り上がったのであった。わたしと妹は竹器にそそがれて日本酒を、義弟は車の運転があるので、ノンアルコールビールである。

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黒茶屋のすぐ側を流れる秋川でとれたと言うヤマメと国産牛肉の炭焼きの美味しかったこと!
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ここで既にわたしたちのお腹はかなり膨らんでいたが、まだコースの半分を少しこえたところ。その後、揚げ物、止肴(とめざかな=酢の物、和え物)、そして食事と続く。写真撮り忘れ。ははは。この辺に来ると、もう食べられん~となるのだが、さすが黒茶屋、客の満腹を見通して(笑)の栗さつま芋ご飯は、大きな器にホンの少しだけ!よかった!

最後のデザートは、サッパリしたイチゴ、梨、栗甘露煮、レモン煮、小豆餡の「秋の実れもんゼリー寄せ」
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このメニューをまとめるとだいたい下のような写真になる。画像は黒茶屋のサイトより拝借。
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10月末日のひと時を大好きな懐石料理を楽しんで、この後、秋川渓谷の黒茶屋の敷地内自然歩道を散歩したのであった。それは後日にまた。

実は今回の帰国は最後になろうかと、してみたいことを思いきりしようと計画していたのである。子どもたちにも内心ホクホクするような思いっきりの小遣いをあげてみたいと、それも計画していた。

日本滞在期間中に75才を迎えたしコロナ感染でも体力的にきつかったし、もう長旅の帰国はしんどいかもだ、と悲観的に考えていたのだが、今回、黒茶屋に足を運んでみた結果、「米寿の祝いに、ここに我が家族、妹家族、娘家族、婿殿のご両親の一族で、ここに来たいねぇ」「車を運転する人は飲めないので、それぞれタクシーでここに乗り付け帰宅するってことにしようよ」などの話に妹たちと及んだのであった。

その時はもちろん、長年日本へ足を運んでいない夫も同伴でなければならない。米寿と言わずに、よし!喜寿はどないな?と、既に再び帰国モードになりつつあるわたしなのである。そのためにも、さ、仕事に熱を入れてがんばりましょか!

妹夫婦との楽しい食事。コロナ感染で今回はいつもに増して世話になったのでした。
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2022年12月7日

今回の帰国で2か月近くも滞在したが、故郷の弘前や親友みちこのいる関西、都内の見知らぬ場所など行こうと思っていた所には殆ど行けかった。これもそれもコロナに感染したせいである。

が、一か所、ここは何とかして行ってみたいとポルトにいた時から目星をつけていたのが、東京都あきる野市にある山里懐石料理の「黒茶屋」である。平日の人が多くないであろう日を選んで、妹夫婦を招待して行って来た。と言っても足は義弟の運転する車であった。てへへ。

帰国するたびに投宿させてもらい、一室を占領しては食費を入れるものの食事もお任せで世話になってきた。コロナ禍でこの3年間外食も避けてきたという二人だ。都会から離れたあきる野市ならば行ってくれるであろうというのと、何しろ帰国するなりコロナ感染して彼らにも迷惑をかけてしまったが、すぐ再感染てことはまさかあるまいとの安心感もあった(笑) 変な安心なの(笑)
写真を中心に、黒茶屋とその界隈を紹介したい。今日は庄屋屋敷までの道を。

初めての場所ゆえ所沢から車で40分ほどかかりました。12時からの昼食メニューの予約を入れて。
あまり広くない駐車場に車を止め黒茶屋への入り口へ↓

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小さな橋の手前では大きな水車が回っている。

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食事処の庄屋屋敷までの道。まるで昔の山里に迷い込んだような。
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庄屋屋敷の一部を横に、
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更に進むと目の前に現れた庄屋屋敷の黒茶屋。石段を上る。
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黒茶屋玄関。靴を脱いであがる。
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通された畳の部屋。
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この敷地に一歩足を踏み入れるや、まるで時代を遡った、そしてどこか懐かしい気持ちにさせられる。

次は山里の懐石料理の案内です。

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2022年12月6日 

授業の準備をしながら横目で見ていたワールドカップの日本対クロアチア戦は、同点で延長戦死闘の末PK戦持ち込んで敗れた日本チームでした。

120分の延長戦で日本チームの疲労が見られましたが、PK戦ではその疲労が影響を及ぼしたのではないかと見ています。しかし、クロアチアを相手によくまぁPK戦にまで持ち込んだこと!

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上は試合後、日本のサポーターがいる客席に向かい深々とお辞儀する森保監督。こういう所も日本チームが海外から称賛されるゆえんですね。8強入りは果たせませんでしたが、今回の日本チーム、森保監督を始め素晴らしかったと思います。

さて、昨日はクリスマスツリーを車庫から運び出してデコレーションをしました。
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この時期には決まって壁に飾られる木彫りのツリーは、娘と孫娘に残したいと今回の帰国で日本に持ち込みあげて参りました。

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今頃は娘の家を飾っていることでしょう。

老猫ゴロー君はヒーターのすぐそばのソファで居眠り。
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今朝の散歩の空は真っ青。赤い木の葉がかろうじて枝先についており、なにやら一生懸命な生命の過程を目にするようで、清々しさと哀れさと。
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時差ボケもほぼ解消したところで、いよいよクリスマス準備と1月開講の日本語新コース準備に追われそうです。

では、本日はこれにて。みなさな、よい一日を!

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2022年12月5日

やっと時差ボケから解放されそうです。
が、週末、帰国後最初の日本語教室4クラスの授業と、クリスマスツリーの飾りつけで多少疲労気味、今朝5時ころには飼い猫ゴロー君がニャゴニャゴいいながらベッドにもぐりこんできて、これまでならすぐにベッドから出て行くのに、珍しくわたしが起きだす6時くらいまで、ご滞在でございました。

ゴローは御年16歳、人間でいえば80歳ほどだといいますから、お前も飼い主の私同様、歳をとったなぁと(笑)

ふと、10年前の今日はどんなことを書いていたのかと日記を探ってみましたら、なんという偶然、同じく猫の事から始まる日記でしたっけ。

本日はその再掲でご勘弁あれ。以下。

ー引用
このところ、寒い日が続いているポルト、今日はまだヒーターなしでがんばっていますが、昨日一昨日はついに朝からヒーターをつけてしまいました。

なにね、自分は重ね着をすればなんとかしのげるのですが、5匹ネコがつけろつけろぉとパソコンの周りでうるさくまとわりつくので、仕事がはかどらんのです。

gato

なんだぃお前ら、毛皮もってるのに!カーッツ!ですw
(追記:10年前の今頃は5匹ネコがいました。トイレの砂片づけやエサやりが大変でしたが、猫と共の日々がそれを上回る楽しさ、愉快さがありました。一番最初の白猫タンポポちゃんも入れると5匹の猫を見送ってきました。)

さて、先週金曜日は真っ青な空に誘われてわたしとしては珍しく3時過ぎに街を2時間ほど歩いてきました。行った先は5年前に撮影をした旧市街の一画なのですが、当時のデジカメよりいくらか質がよい現デジカメで再度撮影したいと思っていたポルトの穴場「Miragaia」地区です。

この日はドウロ川側から上りましたが今回はクレリゴス塔界隈から入ってみました。

Miragaia

クレリゴス塔の横を通るツーリスト用Citytrain.
Miragaia

インフォ

古くからあるミラガイア地区は14世紀には目前のドウロ川で漁をする漁師の村だったといわれ、ユダヤ人やアルメニア人の移民が住み始め、現在でもその名残でユダヤ通り、アルメニア通りと名前が残っています。

Miragaia
アルメニア通り                

Miragaia
Escada(階段) de Caminho Novo。上方に見えるのはドウロ川。
 
Miragaia
古い家並の外壁に美しいアズレージュが使われている。

Miragaia
おっと失礼、洗濯物がありました^^;

Miragaia
真っ青な空に黄色とレンガ色の壁が夕日に映えて、コントラストが美しい。
ー引用終わり

この頃は日本語教室の仕事も今ほど忙しくなく、訪れる観光客もまぁまぁでコロナ禍もなし。ポルトの歴史を独学してはそれを巡るためにメトロを使ってよく街へ出たものです。 ポルト、ポルトガルはその後観光ブームとなり、新しいスポットがたくさんできましたが、わたしはそちらにはあまり興味がないのです。しかし、歴史が変わるわけもなし。時間を見て今再びデジカメ一人探検を再開してみようかと考えています。 

乞う、ご期待!とはまだ言わんとこう


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2022年12月2日 

夫はベンフィキスタ(リスボンのフットボールチームBenficaファンのこと)ゆえ、TVで試合をよく見ます。だいたいが晩御飯の時間にかかるので、興味のあるなしに関わらずおのずとわたしも一緒に見ることになります。

スポーツ音痴のわたしがにわかファンと自ら称して見るのが国対抗のサッカー世界選手権大会、ワールドカップです。自分の国って応援したくなりますよね。特に国外にいてはわたしの国「日本」という文字が頭の中で大きく大きく膨らみます。

夕べは晩御飯を作りながらテレビを置いてあるリビングと台所を何度も行き来して、日本対スペインの試合をのぞき見しました。夫はソファに座りじっくり観戦です。

なんてったって相手は強豪スペイン、こちらもまた強豪のはずだったドイツ、体格だって比較にならないのを相手取って、あらま、勝っちゃったじゃないの、てなもんで番狂わせでしたから、ひょっとするとひょっとするかも?と思ってましたら、日本チーム、勝利したではありませんか!

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今回の監督森保一氏は、選手をコロコロ替える、戦術がないなどと言われていたようですが(日本滞在中に妹夫婦との会話の聞きかじり。笑)、これでは相手チームも解析不可ではないか、案外それが既に戦術だったりして、などと笑い話をしていたのですが、いやぁ、森安監督、そして日本チーム、凄い! これで益々目が離せないワールドカップになりましたね。

この記事を書いている間に、友人のI氏から日本チームの昨日の勝利で大喜びのメールまで入ってますわ

ところで、わたしの第2の国ポルトガルもガーナ、ウルグアイと勝ち進んで、37才のクリスチアーノ・ロナウドをトップに今日は午後3時から韓国との試合に臨みます。

ロナウドは今季所属していたマンチェスター・ユナイテッドのテグ・ハン監督による「イジメ?」か、出番が激減しベンチを温めることが多くなり、英国テレビ局のインタビューに応じ猛烈な監督、クラブ批判を展開し、ついに移籍市場が開いていない異例の契約解除をしたばかり。言わば所属クラブのない失業状態でのワールドカップです。

数々の世界初のメダルを獲得しているロナウド、失業状態でワールドカップに出場する選手も彼が世界初だとのジョークも飛んでいます。ロナウドよ、ポルトガルよ、がんばれ!
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2022年12月1日 

ポルトに帰って1週間になるが、未だ時差ボケだ。
冬時間のポルトガルと日本の時差は9時間ある。夏時間の8時間差に比べるとたった1時間の違いなのだが、これは時差ボケ解消に結構影響するのだろうなと思っている。

夜は早くから睡魔に襲われ、晩御飯を作っても自分は食べなかったり後片付けをいい加減に済ましたりして8、9時にそそくさとベッドにもぐりこむ。何しろ眠いと言ったらない。そんなんだから、どうしても4、5時には目が覚めてしまうのである。これを繰り返して徐々に日本の生活時間からポルトの生活時間へと体の習慣が移行して時差ボケは解消される。今週いっぱいかな?

時差ボケで頭が疲れている間はあまり物事を考えないようにしている。せいぜい日本語授業をこう持って行こうとか、この教案を使ってみようかくらいだ。思うことは諸々あるがすべては頭が元の生活状態に戻ってからである。

12月初日の今日、ポルトガルは独立回復記念日(1640年Restauração da Independência)で休日だ。「独立回復記念日」と言ってもなんだろか?でしょう。

このところ、ポルトガル歴史から遠ざかっていたspacesis、久しぶりにわたしなりの解説を挙げてしてみます。
ポルトガルはスペインのレオン国領土だった、ポルトカーレと呼ばれていました。すったもんだでスペインから独立して、ドン・アフォンソ・エンリケスがポルトガル建国を成し遂げ初代国王になったのは12世紀のこと。既に独立した一国であったのが、それから400年ほど後にポルトガルは再度「スペイン王国」からの確固たる独立のために戦わなければならなかったのです。「独立回復記念日」とはそれを意味します。

大航海時代を経て16世紀も終わる頃、迂闊にも(!)王位継承者がなかったポルトガルをスペインのフィリッぺ2世と3世がポルトガル国王をも兼ねることと相成り、60年に及ぶスペイン統治が始まります。

フィリッペ3世の時代に入ると、ポルトガル人は重税に苦しみ多くの農民も兵として戦場へ送りだしたりしたため国内で不満が高まります。ついにエヴォラでスペインへの反乱が勃発したのを機に、3年後の1640年12月1日、ポルトガル貴族たちがリスボンにいた国王代理を追放し、アヴィス王朝の血をひくブラガンサ公爵ドン・ジュアンを王位につけ、ポルトガル再独立宣言をします。ドン・ジュアンはここにジュアン・4世となりブラガンサ王朝が始まります。

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ブラガンサ王朝ジュアン4世国王戴冠式

確固たる独立状態に持ち込むため、この後、ポルトガルはイギリスとの関係を強固にし、スペインの脅威から開放されるのはほぼ30年後の1668年です。

さて、どこの国の歴史にも今、エラい女性はいるものです。
1640年年12月1日の朝、寡婦ドナ・フィリッパ・デ・ヴィリェーナは二人の息子を呼び、ポルトガル国王のために戦うことを激励します。

「息子たちよ。神の名と祖先の名において、神と国と人々の自由のためにこの剣を今こそとれよ。行って国の自由のために戦えよ。勝利しようと討ち死にしようと、躊躇はするな。」と、息子たちに武器を持たせ馬にまたがせて送りだしました。ドナ・フィリッパ・デ・ヴィリェーナは愛国の母として後の世に語り継がれています。

いったん独立権を失うと、再びそれを取り戻すのに多くの血を流し歴史の時を費やすことになります。昨今の日本も、取り返しのつかない状態に追い込まれないよう、議員さんもわたしたち国民も、歴史から学ぶことを忘れないようにしたいです。

国あってこその日本人。自由が謳歌できるのは人間として最高の幸福だとわたしは考えるのですが、謳歌することに浮かれて、その自由と権利が保持できるのは何かあるからかを考えずにいては危ういことです。後世、日本が隣国の自治区になってしまったなんていう悪夢だけはあってはならない。

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