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2022年2月25日

ロシアのウクライナ侵攻ニュースが絶え間なくテレビで報道されています。
この21世紀に、コロナ禍もまだ収束していないというこの時期に、どうしてこのような侵略戦争が始まってしまったのかと、暗澹たる気持ちで報道に見入っています。

今回の侵略戦争はとても滅入る近年にない大事件であり、帰国に関する嬉しい情報もかき消されてしまいそうです。(これについては後日に)

暗い思いでこの数日を過ごしていましたが、これでは帰国の計画前に自分が参ってしまいそうです。そう思い、不謹慎ではあるものの、今日は笑い記事を載せてみました。以下。


3年ほど前に我が日本語教室の中級クラスにしばらく在籍していたブラジルからの留学生O君がいます。

今でも、時々Jポップや日本についての記事などを読んでは、「日本語でこのメールを書くのに40分かかりました」などと付け加えて、質問と感想のメールを送ってきます。日本人に遭遇する機会はほどんどないポルトです、きっと、独学してはわたしにメールで話したいのでしょうね。

先だっても、メール受信欄に彼の名前を見、「おや、今度はどんなことを書いて来たかな?」と。メールを開くなり、文頭にあった「我が 愛しい先生よ!また先生の偉大な知識と相談に参りました。」との一文が目に入り、あーっはは!と大声出して笑ってしまいました。とんでもないまったくの買いかぶりです、O君。

この言い回し、きっとどこかで読んで学んだ日本語なんだなと思うと、なんだか可愛くなりますね^^

さて、とある晩御飯の後片付けも終わった日のこと、メールボックスをチェックすると、O君からのメールが入っていました。

以前、「日本語は中国語が元だ」という記事を読んだ、と書いてきたので、「違うぞ。漢字は中国がもとだけど、日本語の起源ははっきり分からないのだよ。」と返信、ついでに、日本民族と隣国と二カ国とは顔が似ているので同民族と思われがちだが、日本民族のDNAはかれらとは違うのである」と付け加えたわたしであった。

どれどれ、O君、今日はなにを言って来たかな?と少し期待しながらメールの内容を読む。と、側でテレビを見ていた夫を横に、「わーっはっはっは!」とお腹がよじれるくらい笑わされた。

曰く、
先生、今日電車の中で若い女性が腕に「天便」と漢字の刺青をしていたので、へぇ、と思いました。それで、どんな意味かと聞きました。「Tenshi、エンジェル」だと言いました。ぼくは漢字が「使」と間違っていると気がつきましたが、その人に言えませんでした。それで、一応カッコいいね、と言いました。可哀相に、あの人は、一生あの「天便」の刺青なのです。

と。

わたしは漢字学者ではないので、もしかしたら「天便」という言葉があるかもしれないと、辞書とネットで確認してみました。日本語では見当たらず。中国語にはあるのかしら?

ついでに昔のモイケル娘のお笑いブログを思い出していました。

"fabulous" "marvelous" by モイケル」 

美容院の窓にかかげられていた横文字だ。(日本でのこと)
何も考えずに見ると綺麗なデザインだけど

ちょっと日本語に置き換えてみた。(母、つっこむ。今と違って暇だったんやね、モイケル)
「素晴らしい」「優秀」という日本語が海外の美容院の窓を飾ってたらどないやねん。

あるアメリカの夫婦の話、
「この漢字、気に入ってるから額に入れてるの」
と「歯医者」という字を飾ったり。

見慣れない字は魅力的だけど、ちょっと考えたほうがいいと思う(笑

「歯医者はまだいいぞ。産婦人科なんてこったら、はずかしいかも^^;」


こんな訳で、本日は就寝前の双笑い、ということで、おそまつさまでございます。

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2022年2月23日
 
ポルト旧市街の中で最も歴史が古いと言われるミラガイア地区へ、先週の日曜日は気晴らに出かけてランチをしてきた。

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昔からの小さな家並みが川べりに向かって軒を並べているが、それらの何軒かは少し手が入って改築され宿泊施設になっている。パンデミック規制も緩和されてきたがポルトガルを始めEU内の移動はかなり自由になってきたようで、ツーリスト姿をたくさん見かけた。

ポルトが「訪れたい国」のトップに挙げられて以来、しばらく足を運ばないでいると周囲が変わっていることが多いので、もしやと思い、この家並みの下にあるアーケードをのぞいてみた。

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案の定、横木の丸太で支えられてきたアーケードの天井は大分以前から修繕のため、徐々にセメントか何かで埋められ、壁天上になりつつある。古いので危険ではあるのだが、わたしはここが好きで、丸太の横木が渡されている部分を何度も足を運んでは写真を撮っている。

下の写真、手前の白くなっている部分が修繕中の箇所。やがてここの天井は全てこうなるのだろう。
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かつてはこのアーケード通りにはたくさんのネコを見かけたのだが、この日は一匹も見なかった。人影もしかり。こうしてカメラに収められる最後がそう遠くない日に来ると思い、写真に収めた次第だ。

ランチは何度か行っている「Armqazen」で。

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ここのメニューは限られており、サンドイッチ中心だが、ショリースがおいしい。
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店内の展示には、以前通りヴィンテージのクラシックカーもあり、
armazem_ car

グランドピアノもあるのだが・・・・

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パンデミックのせいで以前取材に来た頃に比べて精彩を放っていない。
そして、気が付いたことは、以前は店内に住んでいた数匹の猫がいたが、「ここにもネコがもういない」であった。

パンデミックが落とした影は我ら人間にだけではなく、ネコや犬たちにも、なのである。

下記、ミラガイア関連記事です。よろしかったらどぞ。

https://spacesis.blog.fc2.com/blog-entry-1306.html 
(ミラガイア、アーケード記事)
https://spacesis.blog.fc2.com/blog-entry-2097.html 
(Armazemバール紹介記事)
https://spacesis.blog.fc2.com/blog-entry-2096.html 
(Armazem店内紹介記事)

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2022年2月21日
 
今年の春こそ帰国できると踏んで、この2年間余計なことは考えずひたすら日本語のオンライン授業に精出してきた。17日に岸田首相の水際措置緩和表明があると知り、楽しみにしてきたのに、その内容を知って気落ちしてしまった。

入国後の自宅や指定施設などでの待機期間については、原則として現行の7日間は維持しつつ、3日目の検査で陰性であれば解除する。さらに政府が感染流行国に指定していない国からの入国で、ワクチンを3回接種済みであれば、待機自体を免除する

とあり、おお!ワクチン3回してるもん(本意ではなかったが)!あと、三日間の指定施設待期なら、本さえあればパソコンなしでなんとかなるぞ、と思ったのがぬか喜びに帰した。

ポルトガルが「感染流行国に指定していない国」リストに入っていないのである。がび~~ん。ポルトガルは未だ6日間の待機期間を強要される。しどい、しどいよ、ポルトガル(泣) 6日間かぁ・・・これはちょっとなぁ・・と嘆いていたら、昨日日曜日、それに追い打ちをかけるような、とある記者の入国体験記事を目にして、ダメだこりゃ。わたしの年齢じゃ寿命が縮んでしまうと落胆してしまった。

「厳しい水際実感。おにぎり1個で空港に8時間缶詰」とあるその記事には、

オーストラリアへの出張を終え、成田空港に到着してから検疫所の宿泊施設に出発するまで8時間を要した。政府は3月から措置を緩和し、1日当たりの入国者数の上限を引き上げるが、空港の検疫体制が大勢の人をスムーズに入国させることができるのか懸念が残る。

とある。
現在日本は一日上限3000人を入国させているが、それが3月から5000人に引き上げられる。今ですら、空港を出るのに8時間も要するのに、上限を上げるわけだから、いったいどうなるのだろうかと、記者ならずとも心配になるのは当然だろう。 先進国7か国で日本はコロナウイルスに対する水際対策が一番厳しいのだと言う。分かるんだけど、ほんとうに、うわ~~ん、である。

大学が受験態勢に入って、現在講義を持たない我が東京息子は2月上旬から4月上旬まで休みだと言う。この間に、3年ぶりにポルトガルに逆帰国したいと望んでいるのだが、日本入国がこんな状態でどうなるか分からないので、目途がたたない。

わたしの方は気落ちして力が抜けてしまいそうだ。そんな具合だったから、昨夕の日本語授業が終わった後の晩食のオーブンに入れたラザニアを、取り出した時に台所の床に見事ひっくり返してしまった・・・・

ああーー!とのわたしの悲鳴を聞いた夫が台所に飛んできた。慰めの言葉もございませんでしょうな(笑) もう、ホンマにショックやわ・・・孫、会わん間に2歳、3歳になってまうで。かんにんしてよ。 3月中にヨーロッパのコロナ禍状況がよくなることをひたすら願うしか、今はない。哀しい・・・

せめては、とこんな写真を何度も眺めて心を癒してる。

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ジュアンジーおじさん宅を訪ねて。ドラムをたたく巨人と小人ちゃん。

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ソラ坊、初のドラム。

くだんのラザニア、床に触れた部分を多少削って食べましたぞ(笑)

本日はこれで。
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2022年2月18日 

珍しく「プレゼント送ったよ」と我が東京息子から聞いたのが、昨年の11月、わたしの誕生日の日だった。

ポルトガルは、近年、日本からの小包をとにかく税関でストップして通関税を取ろうとしているように思えるので、わたしは子どもたちにもう物を送るなと言い伝えてある。

友人のI 氏などは、友達からお礼として送られてきた小包を、当局から「中身は何か」と問われ、贈り物なので分かるはずもなく、送り主に問い合わせてやっとこさ中身が分かったところで、通関税の額を聞いて、「要りまヘン。返送してくだはれ」と相成ったとのこと。

いやはや、今の世の中、サプライズも送ることができなくなったのである。

年に一度は帰国するのだし、好きな本や日本食はその時に持ってくれば済むことだから、なくなっても少しの辛抱だったのだが、コロナ禍が足かけかけ3年も続くとなると、帰国できず。冷凍庫に保存している食品が切れて実は困っている。ロンドンやパリなどの大都市と違い日本人人口が少ないポルトガルでは、日本食は中国店でまがい物を我慢して買うしかないので、極力それは避けている。

さて、その息子からの贈り物、コロナ禍下とは言え航空便だ、3週間もすれば届くはずなのだが、待てど暮らせど来ない。それが、やっとのこと、送付されて2カ月ほどして郵便局から葉書で案内が来た。

「税関サイトにアクセスし、パソコンで記入の上、いついつまでに確認の返事をせよ」だと・・・
え~!こんなの、パソコンがない年よりなどどうするのよ?と半分呆れた気持ちで夫にアクセスしてもらった。すると、「おい、この葉書には〇日までとあるが、サイトではもう期日が過ぎて返送とあるぞ」

な、なんとな?どうなってんだ、このサービス!40年も住むとこの国のいい加減なことにはたいがい慣れて、ま、いっか、と過ぎ越してきたところが多いが、これはあまりにもいい加減ではないか。

夫とモイケル娘は贈り物の内容を知っているようだが、わたしは届いてのお楽しみだと思い、聞いていない。返送ってひどい。ま、いずれ、入国規制が緩和されたら帰国するつもりだから、その時、返送されたのをもらってくればいいか、とも思ったのだが、待てよ? 届くのがこんな状態だ、返送に1年くらいかかることだってありうる国だと思い直して、夫に当局へ問い合わせの電話をしてもらった。

それが2度ほど。待てと暮らせどこちらからも回答なしだ。夫もさすがこれには愛想が尽きたようで、最後の手段だとして、Web サイトのクレームどころへかくかくしかじかとメールを送った。

さすが、これは効いたようで、1週間もすると税関からメールが入った。「この小包には6ユーロの通関税がかかりますが、どうしますか」だとさ(笑)

ポルトガルは現在、荷物内容の金額に拘わらず、IVAといって、付加価値税23%が請求されるようになっている。持ってけドロボー!てなわけで、その日のうちに6ユーロを送金。当局からは即、では、配達になりますとの連絡が来て、本日、やっとこさ、息子からの誕生日プレゼントが手元に届いたのである。郵便局と税関の手違いで、送付されてから3カ月と2日経っていた(怒)

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国際スピード郵便て書いてあるけどどこがやねん!開けて見ましたら、なんと、息子が作った家族写真の2022年のカレンダーでした!

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嬉しいではないですか^^、一部を紹介させてください。
夫の甥の結婚披露宴のキンタ(農園)で。家族そろってドレスアップ。
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挙式しなかったわたしたちは、めかして写真やで記念写真を撮りました。短髪はこの時期が唯一かも(笑)
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下は、わたしたちが20年以上住んだ通りにある夫の母の家の前で。夫の母、姉兄、その家族が集まった機会の懐かしい写真。写真の中の二人は既に他界。
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私同様、ネコ好きだが今は飼うのを我慢している東京息子の気持ちが表れ、我が家の4匹ネコ。統領ネコのゴンタはこの頃既に他界。
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さて、ポルトガルの郵便事情ですが、送られてきたのを受け取るのにこんな具合で手間暇かかるのです。が、去年からこちらから送るのにも手間かかるんですばい。

郵便局に持って行く前に、まずパソコンを開けて郵送サイトにアクセス、指定されたフォーマットにラッピングした荷物の中身と値段、重さ、宛先、送り主等を記入して、プリントアウト。

それを持っていくのである。(プリントアウトはしなくていいのかもしれないが、うちはそうやって持って行く) 毎月、わたしは孫にポルトガルの本や服を送るのだが、こういうのって、ポルトガルの年寄りはどうするんだろ?との疑問が湧いてくる。

ポルトガルの郵便局はOutSystemsやらを使用し、Webサイトで通関手続きの所要時間を75%短縮と言ってるが、わたしからすれば、どこがやねん?だ。

サービス向上と言いたいんだろが、ラッピングだけじゃなくて、なにもかも送り主がWebサイトにアクセスしてやることになるって、それができない年よりはどうなるん?

近頃は、年寄りはどうなるん?と色々な面でその言葉が増えたわたしである。
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2022年2月14日
 
「自粛中 まだ見ぬ孫が もう歩く」
所沢に住む妹が「これ、ユーのことだねぇ」と上の川柳を送ってきた。ホンマや。でも、わたしの場合は「もう歩く」が「走り出し、もう話す」だわいな(笑)

近頃盛んにモイケルママの口真似をして、言葉を発してきたようです。しばらく前までは単語だったのが、文になってきました。
「海をみにいこう、てくてく」(テレビからでも覚えたのだろう)
「ママ、寝たいなぁ」これはママの口真似でしょ(笑)

ままごとでも、モイケルママが「食べてもいいですか?」と聞くと、「はい!」と元気な返事。
耳に心地よいこの「はい!」を忘れないでほしいな^^

三語文も出てきて、「パパが水のんでる」「ちび(モイケル家のもう一匹のネコ)がごはん食べてる」などの実況ぶりがすごいのだそうだ。

ただいま18カ月のそのソラ坊が、今日は初めてチーズケーキ作りに挑戦したのだと言う。。送られてきた写真とビデオを見て、即、「うわ!、こりゃぁなんかやりそうだ!」と期待(笑)したら、案の定、「この後、事件はおきたのであ~る」とモイケル娘。

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ソラ坊は「立ってまぜまぜ~、座ってまぜまぜ~」と後ろにあるイスに座ったり、イスから立ったりしてタネをまぜている^^;危ない危ない、もう片手でボールを押さえないと、と冷や冷やしながら見ていると、横からモイケルママが手を添える。

いかにも楽しそうに混ぜている。子供ってこういうのが好きなんだよなぁ、どこか泥遊びに似てるところがあって、と、昔、補習校の子どもたちを自宅に集めて、パイナップルケーキのつくり方を教えたのを思い出した。もっとも、あの子たちは、孫よりずっと大きかったが(笑)

さて、何が起こったかと言うと、後ろに倒れて全部ひっくり返ったのだそうな。ぎょえ~、ですがな。
で、また材料を買いに行ってやり直ししたと(笑)

それよりも、後片付けが大変だったろうなと想像する。わたしなら、自分が子どもにさせたこととは言え、この結果にきっと頭から湯気を立てて、起こった出来事への感情をむき出しにしないようにと自分を抑え、ひたすらみじめな気持ちで、ケーキタネのヌルヌルの後片付けをしたであろう。

我がモイケル娘、えらいなぁと、思ったら、やはりつい大声出しちゃったんだそうな(笑)後でソラ坊に謝ったけど、あかんなぁ、と申しておりました。
そうして出来上がったケーキがこれであります。やり直ししたのは今日がバレンタインデーだからとのこと。

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うむ、我が家はバレンタインデー、どうすべか・・・

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2022年2月9日 
 
記憶の中から取り出せる母の思い出が凝固したような一枚の写真がある。

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かつて帰国した折、投宿先にしていた妹宅の机の上に飾られていたものだ。こんな写真があったとは思いもよらなかったものだから、それを目にした時はちょっとした驚いてしばらくこの写真に見入ったのであった。母がよりかかっている橋の欄干からすると、写真は弘前公園であろうか。

手前で目を伏せてしまっているのが妹だ。わたしは母の横で愛想もなく突っ立っている。これが、近所のガキ大将になってチャンバラするがごとく棒っきれを振り回し、ターザンのまね事をして木から落ち、右腕を骨折したりの子供時代、ビアハウスの歌姫、アメリカ行きの青春時代を経て、ポルトガルに定着した自分であろうかと、いったい誰が想像したであろうか。だから、人生は面白いと言える。

この写真を目にすると、決まって幼い頃の思い出をよみがえらせる歌がある。


随分前のことになるが、知人が好意で送ってくれた本に斉藤孝氏の「声に出して読みたい日本語」というのがある。その本の一ページ目を開くと、
     
    「知らざあ言って聞かせやしょう。浜の真砂と五右衛門が、
     歌に残せし盗人の、種は尽きねえ七里ガ浜」

と、眼に飛び込んできた。おお、知ってる!ご存知、白波五人男の一人、弁天小僧菊之助」が歌舞伎「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)、浜松屋の場」での語りの部分である。興奮で高鳴る胸おさえながら、ザーッと急いでページを繰ってみると、あるわあるわ、七五調の語呂良い歌舞伎がらみ浪曲がらみのセリフが。

 「赤城の山も今宵を限り 生まれ故郷の国定の村や、縄張りを捨て
  国を捨て、可愛いこぶんのてめえたちとも別れ別れになる門出だ~」
                   (国定忠治 赤城山)

 「旅ゆけば、駿河の国に茶の香り、名代なる東海道、名所古跡の多い
  ところ、中に知られる羽衣の、松と並んでその名を残す、海道一の
  親分は清水港の次郎長の~」
                   (森の石松 金毘羅代参)
                   

わたしはこれらのセリフの面白さと懐かしさに引き込まれ、「ねね、ちょっとおいでよ」と娘を傍らに呼び、これも覚えてる、これも!と大声出して一気に読んだものである。

これら18番のセリフを子供のころからわたしは母を通して耳にし、自然に覚えたのだ。

母は大正生まれであったが、当時の人にしてはモダンでわたしたち姉妹を連れては、よく外国映画を見に行ったものである。しかしその母は任侠物も好きだったようで、機会あるごとにわたしたちを前にしては朗朗とセリフを詠んだものだ。幼かったわたしはそれを耳にして覚えたに違いない。

尋常小学校4年を出ただけにしては書物が好きな人であった。晩年まで枕元に文庫本を目にしない日はなかった。読んでいた本は、池波正太郎、柴田錬三郎、平岩弓枝、藤沢周平と時代物がほとんどで、母は言ってみれば、好みが和洋折衷の人だったのだ。

サウジアラビアのジェッダに赴任することになった妹夫婦の家族と長年同居してきた母を厳しい気候条件の砂漠の国に連れて行くことはできないと、当初は妹たちが帰国するまでポルトガルのわたしたちと住む予定になっていた母だったが、渡航前になり「異国で死ぬのはイヤだ。」と言い出して結局学生二人の甥たちと所沢の家に残ることになった。

しかし、それが軽痴呆症の引き金になったようである。それまで妹夫婦の4人家族とワイワイ一緒に生活してきたのが、家にいるかいないか分からないような甥たちとの同居である。突然ひとりぽっちのようになってしまったのだ。80才になっていた母にこの孤独感はさぞかし堪(こた)えたに違いない。

当時大学院に通っていた甥からある日ジェッダの妹に、「おばあちゃんがおかしい。」と連絡が入った。公務員の規定で、またサウジアラビアという国柄故、すぐには出国できなというので、急遽わたしが一時帰国することになった。

それまでわたしが子供や夫を伴って帰国する毎に長い滞在をさせてくれ、ワイワイガヤガヤの思い出深い所沢の妹宅は、初夏だというのに冷え冷えとしていた。妹夫婦がサウディアラビアのジェッダに赴任してたった4ヶ月後のことだった。

母は夏だというのに、まだ冬の服を着たままでちょこんとリビングのソファに座って見るともなしにテレビを見ていた。その時初めてわたしは母に何が起こったか知った。

もはやポルトガルに連れて来るわけにもいかず、妹夫婦も赴任したばかりで帰国もならず、それでも急いでわたしの後に1週間の休暇をとり帰国してきた妹夫婦と3人で話し合った結果、母には「下宿」と称して軽痴呆の人だけ(自分の周りのことができるという条件がある施設)を受け入れる施設に入ってもらうことになった。

急なことだと言うのに施設が見つかったこと事態が幸運であったと思う。施設は幸い妹宅からそう遠く離れていないところにあり、入居する前に母も連れて行き、入居者20名くらいの施設の中を案内してもらい、「ひとりぽっちだど寂しくなるし、わたしたちも心配だからね」と母を説得して入居してもらうしかなかった。

妹夫婦が先にジェッダに帰り、母の引越しはわたしと甥とですましたのだが、いよいよわたしがポルトガルに帰る段になり、それまで毎日訪問してきた施設に母を最後に訪問した日のこと。

「大丈夫。わたしもしょっちゅうおばあちゃんの顔を見に行きますから。」と親切にも車で施設まで一緒に行ってくれたお隣の奥さんの車に乗り込んだのだが、玄関前まで出てきて、小さな姿でわたしに手を振る母を見て、お隣の奥さんが運転する側でわたしは溢れ出る涙を何度も何度もぬぐった。

母は施設に2年ほどもいただろうか、妹夫婦がジェッダから帰国した翌年の2003年2月9日にみまかった。今日は母の命日である。母の葬儀は、読経のない花と音楽の葬だった。費用の高い戒名はいらぬと同居していた妹の話では、自分の葬儀はそのようにできたら嬉しいと洩らしていたようだ。

わたし達は市の斎場の一室を、そして、棺の周りをたくさんの花で飾り、母の好きだったタンゴの音楽を流し続けた。蒼空、黒い瞳、ブルータンゴ、奥様お手をどうぞ、真珠採りのタンゴ・・・それを聴いていると、パートナーなしでも、まるでそれがいるかのようにわたしたちの前で一人踊っていた母の姿が思い起こされる。

近所や行きつけの店の人達の間では、ちょっとおしゃれで元気のいいおばあちゃんとして知られていたようで、わたしたち家族の他にそういう方たちが集まって母をしのんでくれた。

間もなく今年も、所沢の妹宅のすぐ側にある母が愛した桜並木の花が咲き始めるだろう。自然はこうして一年をぐるりと経て、再び芽吹く。人間の生は、と思い巡らすとき、わたしは遥かな宇宙の神秘に心を馳せずにはいられない。肉体が滅びた時にわたしたちの生命のは終わるのだろうか。それとも巡り巡って再び植物のように芽吹くのだろうか。

「日が上り月が沈み、鳥は飛び雪がふり、テントウムシの羽の模様も・・・・誰がこんな凄いことをする?」(ドラマ、「母。わが子へ」より)

Maktub、「全ては書かれてある」というアラブの言葉にあるように、宇宙の全ては、大いなるものの手による法則で始めから書かれているのだろうか。

母がみまかって今年で19年になる。待てよかし。母よ、やがて我もまた逝かん。
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2022年2月6日 

5年ほど前まで、土曜日はクリスタル公園内にある市立図書館で初級と中級の日本語クラスを教えていました。10時から始まる授業は3時間ほぼぶっ通しです。

本来は一クラス終わった後に10分のコーヒーブレイクを入れていたのですが、最初の中級クラスが終わると、すぐに初級クラスの生徒たちが待ち構えていたかのように入室してきます。それで結局家で用意していくコーヒーを飲む暇がないというわけです。

その日の土曜日もそんな具合で2時限目の初級クラスの生徒たちが入って来、生徒が席に着いたところで、「みなさん、おはようございます。」の挨拶で始まったクラスですが、すぐ、質問が出ました。

「先生、オイランってなんですか」
「んん?オイランとな?」

どこでそんな語彙を仕入れてきたのだ?最少年齢15才の生徒もいるので、一瞬、どないしようかと心中思わなかったわけでもないが、まったく知らないこともないので、手っ取り早く説明することにしました。こういう時、大衆時代劇の知識は却ってジャマをするんだなぁ、なんてエラそうに。てへへ(笑)

花魁とは江戸時代の吉原と呼ばれた区域にあった遊郭の位の高い遊女、high ranking courtesan、高級娼婦でしょうか。と、何年か前に、子どもたちと訪れた日光にある「江戸村」でオイラン劇を見た経験もあり、自分の知るポルトガル語をあれやこれやと使って、なんとか説明したのでした。

花魁
2009年に子供たちと行った日光江戸村にて。

で、件の質問した生徒に、「これでいいですか?」と確認すると、「せ、せんせい。意味がなんかちがいます。オイラン、オイラン、オイラ?」

えーーーー!オイランじゃなくて、オイラなのん? それならそうと、ちゃんと言ってよぉ、ティアゴ君^^;と、無理なことを言ってる講師(笑)

日本語を教えていると、生徒から思いもよらぬ質問が出たりするので、こちらからすれば、う~ん、説明にいかがなものかなと多少思うような言葉についても知っている範囲で極力説明するように努めるのですが、オイランとオイラ、参ったなぁ(笑)

と、自らの早とちりを棚に上げて、生徒たちを目の前に思わず吹いたその日の日本語教室でした。

では、みなさん、本日はこれにて。

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2022年2月4日 

子どもの頃は毎晩のように夢をみていた。
同じ夢が何度か繰り返されることもあった。身近な人が出て来るよりもわたしの夢は時代劇そのものの夢が多かった。

今のようにテレビがあったわけではない。布団に入ってわたしは色々な空想物語を描いて寝入るのであう。下町の子供時代は、「東映(まだあるんだろうか、この映画会社)」時代劇の最盛期で、片岡千恵蔵、市川右太衛門、大河内伝次郎、月形龍之介、東千代之助、中村錦之助(後の萬屋錦之助)、大川橋蔵、大友柳太郎、などの花形スターの黄金時代だった。

机龍之介の必殺技音無しの構えや眠狂四郎の円月殺法の剣法を見よう見まねでカッコつけしてみたのもこの子供の頃で、チャンバラには本当にハマッタものだ。

そういうチャンバラがらみだったので、空想物語はおのずと時代劇になり、主人公はわたくしでござる(笑)お転婆な姫君だったり、悲運によよと泣き崩れる女人だったりと。

ところが夢ではそうは行かなかった。子供の頃に見た夢で今でも覚えているのは、川に木の橋を架ける女人足(にんそく)であった。水に浸かり、今にもなにやら大名行列がやってこようというのである。冴えない役柄ではあったが、水に浸かっているのが怖かったのを覚えている。何しろわたしはカナヅチであるからして(笑)

大人になっても若い頃はよく夢を見た。想像力が勢いつき過ぎてか、若い頃は不思議な夢ばかり見ていたような気がする。

その最たるものを今でもはっきり覚えている。周囲がオレンジ色の草原で、宇宙船を目の前にして、外国人を含む数人の人たちが集っている。その中にわたしもまじっているのだが、腕にセルロイドの赤ん坊を抱いているのである。後、2、3カ月もすればポルトガルに渡ろうかという時期に見た夢だ。

上に述べた二つは、たかが夢なのに未だに忘れられないものになっている。

ポルトガルに来てからも、見た夢は色々あるはずだが、よく覚えていないものが多い。人生が安定期に入ったからであろうかと思うのだが、果たしてどうなのだろうか。

それが、一昨日のこと、「絶体絶命や、もうアカン!」という夢を見て、目が覚めたのは明け方だ。どういうわけか、両腕に一匹のクマの赤ちゃんを抱いていて、森の中を走っているのだ。追いかけられているのである。狩られているのである。森を抜けてついに木が一本もない平野に出、もう逃げ場がない。

小ぐまを胸に抱いたまま振り返ると、目の前に猟銃がつきつけられた・・・・あぁ、アカン、どないしようもない・・・というところで、目が覚めたのである。夢の中とは言えどうも寝覚めが悪い。朝起きてきた夫にこの話をしたら、「Fox Crimeの見過ぎだ」と鼻で笑われた。

Fox Crimeとは犯罪やサスペンスなどをテーマとした専門チャンネルで、刑事物語が好きなわたしはこのチャンネルのファンだ。英国ミステリーを始め、古くなるがアメリカのC.S.Iシリーズ、Law and Order、Cold Case等、多良質のサスペンスが多く見られ気に入っている。この頃はニュース番組とFox Crimeしか見ていないわたしだ。

そうしてみると、一昨日見ていたのが、なにやら森での鳥、キツネ狩りのシーンだった。生き物を追いかけ狩ることの何が面白いんだい、との気持ちになって見るのを止めたのだった。
暗示にかかりやすいと言おうか、単純人間だと言おうか、物語につい引き込まれがちな自分の性質が夢に現れたのかもしれない。それにしても、夢に続かなくてよかったわん(笑)

本日は他愛もない話でありました。
では、また。
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2022年2月3日 

孫娘のソラ坊、昨日で19カ月になりました。しばらく前の健診によると、身長80cm、体重は10.4キロだとの報告がモイケル娘よりありました。うわ、身長などはわたしの半分をもう越してるやん、とチビのわたし(笑)

言葉もさかんに出てきたようで、モイケルママ曰く、「今朝はソラの爆弾トークで起こされた。寝てるわたしの横でず~っとなんかしゃべってる」お喋りを聞いているだけでも飽きないと言う。

どんなこおしゃべりかと聞くと、「ママのくつしたどこかなぁ(なんでやねん。笑)「あっちいこう」「みかんちゃんいるねー(みかんちゃんはモイケル家のネコ)」

「いとまき」の歌を丸ごと全部歌えるそうで、面白いのが最近覚えた「おなかペコペコ」「おなかいっぱい」。ごちそうさましてから「おなかペコペコ」って・・・・おい、それ、違うぞ(爆)と、色々楽しませてもらっています。

いったん起きだすと昼寝以外は、のべつ幕なく動き回りおしゃべりしているソラ坊、我が子ながらモイケル娘はしっかり相手をしているなぁと、実は感心しているおっかさんなのであります。

わたしが子どもたちを育てた頃は、補習校の仕事があった土曜日を除いては専業主婦だったので、子育てはある程度頑張ったつもりだが、あの相手ぶりを見てモイケル娘には叶わないなと脱帽です。

してみれば、大きくなったモイケルにボソと言われた言葉を思い出しました・・・
女の子だしとバービー人形シリーズは買ってあげもし、人様からいただきもして娘は持っていたのですが、ほとんどバービーと遊ぶことなく、それらは新品同様の状態で大きくなったところで、人さまにさしあげたのです。

だいたいが、British Schoolの体育の時間には、エアロビクスをしたくないと頑なに拒み、先生に、「じゃ、男子の方のフットボールにするの?」と聞かれ、いやはや、「はい」その通りに男子に交じってフットボールをしたと言うモイケルでありましたので、兄貴の影響もあり、お人形なんかの女の子の遊びには興味をしめさないんだねぇ、と思っていたら、なんと、「おっかさんとバービー遊びしたかったのだ。」ですと^^;

だって、わたしゃ子供の時からチャンバラごっことか、ターザンごっこ、探偵団ごっこ、お化け屋敷ごっこばかりしとって、ホンナコツ、ままごとやら着せ替え人形やら、人形遊びなどとは縁がなかったんですってば^^;

ままごとも絵本読みもしっかり相手をしてるモイケルママを見ては、「あ~ぁ、ホンナコツ、わたしとしたかったんだなぁと、しきりに遅すぎる反省をしている母であります。

写真はケーキ屋さんのお遊びコーナーで、お客さんのトラぬいぐるみを相手にソラ坊、「らっしゃいらっしゃい」と言っているんだそうな(笑) さかな屋やあれへんで(笑)

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今日は孫自慢でありました。
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2022年2月1日 

♪この道はいつか来た道  ああ、そうだよ アカシヤの花が咲いてる 

35年ほども前に日本から持ち込んだ、日本の歌のカセットテープ(後にCDに買い替えた)がこの歌で始まるのです。
          
イントロの「この道」の出だしの後は、幼い頃や日本に思いを馳せるような、情感たっぷりな美しい間奏が入り、「赤とんぼ、七つの子、叱られて、花、雪の降る町を」と続き20曲ほど日本の愛唱歌が入っています。これらの歌は岩崎宏美さんがその歌唱力で美しく歌いあげていました。

子供達が幼い頃から、わたしは何度となくかけて家中に響かせ聴いてきました。リビングの椅子に腰掛けて、アイロンをあてながら、または台所で食事を作りながら、時には編み物をしながらという風に。
          
少しキザに聞こえるかもしれませんが、音楽はわたしにとって人生を導いてくれたり励ましてくれたり、安らぎをくれたり思い出のあの頃に連れていってくれたりする、心の拠り所のようなものです。
           
ポルトガルに住み着くまで気づかなかったのですが、世界広しと言えども、日本ほどこんなに多くの子供から大人まで歌え親しまれる古くから歌い継がれてきた素晴らしい歌を持つ国はないのではないかと。

息子が小学校1年生になる頃に、モイケル娘が生まれましたから、息子はもちろんのこと、彼女はゆりかごの中にいた時からこれらの歌を通して日本の歌を聴くともなしに聴いてきたことになります。

わたしがこのようにしてしょっちゅうかける音楽は、いつの間にかポルトガル人の夫も覚えているというわけです。この当時の愛唱歌に限らず、例えば、今ではYoutubeを通じでわたしがよく聴いている好きなの日本の曲、CHAGE&ASUKAやユーミンなども、夫は知らず知らずのうちに覚えて口づさんでいます。音に小うるさいわたしは、「そこ、ちょっとメロディーがちがうねん・・・」と多少イラつきながらも我慢して口出ししませんです、はい(笑)

大人の夫ですらこうですから、幼子に全く影響を及ぼさないはずはないとわたしは思うのです。音楽は、歌詞として使われる言葉にも感動を覚えることがあります。母国に思いを寄せる時、2月の春まだ浅き時は「早春賦」、秋には「公園の魔術師」、冬には「ペチカ」、初夏には「夏の思い出」、春には「朧月夜」とこれらのメロディーが思わず口からこぼれ出てきます。全て学校の音楽の時間に習ったものです。

長年住んでいるポルトガルにも、ファドなどこの国独特の音楽はありますが、日本の愛唱歌にはわたしの日本人としての幼い頃の思い出が重なり、自分がこの身で昔確かに触れたことがあるという感触を思い起こします。

音楽は民族の心が作り出したものであり、伝えられるべき次世代への贈り物だとわたしは思います。幼い頃にかすかに耳にした、たかだか20曲ほどの日本の歌ですが、わたしの二人の子どもたちのアイデンティティーのどこかに、心の片隅に、遠い記憶の音として、日本人のルーツとして密かに息づいていることを願いたい。

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最初聞いていた岩崎宏美さんのカセットテープは、子供達の通っていた学校行事、「日本の紹介」で提供し、貸したのですが、そのまま返却されて来ず行方不明。長い間、残念に思っていたのですが、日本に住み始めた娘がCDアルバムを見つけ送ってくれました。上の写真はそれです。一曲、「この道」が入っていないのが重ね重ねも残念。

余談ですが、幼かった子供達は、岩崎宏美さんのカセットテープカヴァーを見て、「あ、ママだ。」と言い、歌っているのもわたしだと思っていた節がありました(笑)おかっぱの髪型が同じだったからでしょうね。もちろん、そうではないと訂正はしましたが、内心ひとり密かにクククッと笑っていたのでした。

当時、わたしはよく下手なピアノを弾いては時に晩御飯の準備も忘れて、一人で1時間も歌っていたりしたこともあったので、それも関係してるかな?

音楽を通してわたしがもらった贈り物は、思い出、勇気、慰め、安らぎ、希望。常にわたしを新たな旅立ちへ導いてくれた我が人生の心の友とも呼べるものでしょうか。

2月に入った今日は「早春賦」を思い浮かべます。

♪春は名のみの風の寒さや
 谷のうぐいす 歌は思えど
 時にあらずと声もたてず 時にあらずと声もたてず

下記Youtube、倍賞千恵子さんの歌でどぞ。


ではまた。

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