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2021年5月24日 

日本で車を運転したことはないが、30年以上ポルトガルで運転している。 しかし、自慢じゃないが車のことはあまり知らない。パンクでもしたら、工具を持っていても力がないのでタイヤ交換もできないという情けないありまさだ。

そんなわたしだが、昨日見かけたクラシックアメ車は、わたしの目にキラキラ輝いて美しく映った。

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GM社のキャデラック1959年Coupe deVilleだそうだ。(deVilleは仏語で「町の」という意味」

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若い時に半年ほどアリゾナにいたことがあるが、その時に、わたしは当時既にクラシックカーとされていたであろう、キャデラックとポルシェの助手席に座ったことがある。キャデラックの助手席は広くて小柄なわたしは横になって眠ることもできた。もちろん、当時は運転などできなかった。

車と言えば、一本の映画とトム・ウエイツの歌が思い浮かぶ。映画はクリント・イーストウッド主演の「グラン・トリノ」というのだ。

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イーストウッドは頑固な元軍人。隣のモン族の少年が同族のギャングにそそのかされて、イーストウッドの愛車グラン・トリノを盗もうとするのだが、銃を向けられ逃げる。そこから隣家と、ギャングとのかかわりが始まるのだが、ラストシーンが衝撃的だった。グラン・トリノは、フォードのクラシックカーだ。古いけどカッコいい、主人公のイーストウッドと同じだ。

興味あるかたは、グラン・トリノ - Wikipediaで あらすじが読める。

グラントリノ – YouTube :https://www.youtube.com/watch?v=p_LtBoOBLDk


1972年式グラン・トリノ・スポーツ
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もう一つは私の好きなトム・ウエイツの歌のひとつ、「Ol´55」。これはトムが持っていた伝説の1955年式キャデラックのこと。朝方、彼女の家を出て、Ol´55に乗って高速道路をまったり走って行くトムをわたしは想像している。なんか、気分がよくなる歌ではある。

https://www.youtube.com/watch?v=NdmRp6i79dc


♪“Ol’55 - Tom Waits"

My time went so quickly
I went lickety-splickly
Out to my old '55
Pulled away slowly, feeling so holy
God knows, I was feeling alive・・・

歌詞については興味がある方は、日本語訳も出ると思うので、ググってみてください。

1955年式キャデラック。トムのOL55がこんな色だったかどうかは知らんが。笑
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車についてはあまり知らないわたしが、アメリカのイメージはとなると、これらクラシックアメ車だというのだから、面白い。笑
1970年も終わりのわたしが垣間見たアメリカは、今とは全く違う国だった。だから、懐かしさがこみあげてくるのだ。

昨日日曜日は、夫はワクチン接種完了が4月、わたしは第一回目接種が2週間を過ぎたと言うので、しばらくぶりに予約を入れて昼食を取りに行ったのが、海岸側にある日本食レストラン一番。

寿司の写真を撮るのも忘れ、満腹感を味わった。その途中で出会ったアメ車であった。もうどのくらいぶりか忘れてしまったくらいの喉を潤す久しぶりの生ビールが美味しかったこと!これだけは写真を撮ったのであった。後は、ひたすら寿司に夢中。

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本日もお付き合いいただき、ありがとうございます。
では、また。
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2021年5月19日 

昨年も今年もコロナ一色のニュースに生活を翻弄され、結婚記念日も失念してしまっていました。気が付けば、今からちょうど42年前の今日、1979年5月19日にわたしはポルトの地を踏んだのでした。

同年3月14日に神戸のポルトガル領事館と京都の区役所とに婚姻届けを提出し、広島大学病院で2年間の研修を終えた夫はその月、ひとりで先にポルトガルに帰国し、わたしは夫の友人である大徳先生と一緒に2か月後に成田空港を発ちました。

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当時はパリまで20時間くらいだったろうか。乗り継ぎ点のパリでは8時間もの待ち時間があったため、大徳先生と二人でチェックアウトで受け取った荷物をオルリー空港に預けてパリ市内に出ました。

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セーヌ川にかかる橋のひとつ。左横にエッフェル塔が見える。

そうやって、ようやく着いた40数年前の古いポルト空港は侘しかったな。空港には夫と数人の夫の家族や親戚が、世界の東の端の国から来る嫁を待ち構えていましたねぇ。
同居することになっていた夫の母の家まで空港から車で当時は3、40分ほどだったろうか。小さな家に内側の階段を上って入ると、わたしたち夫婦の一部屋を除いては、中は隙間もないくらい台所もリビングも他の部屋も大勢の人でぎっしり。

ぎょえ~~~!いえ、ほんま、東洋からきた嫁をひとめ見ようと、みな待ち構えていたんだってば。笑  着いたその日に、そのままお披露目パーティーです。いやいや、もう、疲れてるんですぅなど、言う間もござんせん。

30人くらいはいたと思う。時差ぼけと言葉が通じないのとで、何がなんだか分からないまま、長い長いファミリーパーティーが続きました。当日集まっていた親戚が、近場に住んでいる本の一部だと知った時には、更なるぎょえ~~。

わたしの「Muito prazer(初めまして)」の後は、言葉が続かないわけですわ。 英語が通じたのは、かつてアメリカの病院で働いたことがあるという、夫のおじと歳が離れた従弟、それに、上の写真でわたしの横に座って肩に腕を回しているイギリス帰りの若い子だけ。

我がお姑さん、ドナ・オグスタはわたしの母同様、9人兄弟だったのだ。それからの毎日は、頻繁な人の出入り。部屋に入ったと思ったら、「オ、ユーコ(O Yuko)?」とお姑さんに呼ばれ親戚を紹介されました。

あまりの人の出入れの激しいのに、一度などいったい今日は何人の親戚がわたしを見に来るのだ?と人数を数えたことがあります。なんとその日は22人!どんだけ親戚がいるんだ!
うげ、エライとこに来てもうた、先が思いやられると、着いたばまりなのに、ポルトガルに来たことを後悔する念がふと頭をよぎったんだったわ。失笑

こうして、小さな家に、わたしと夫、お姑さん、それにお姑さんの姉、寡婦となっていたお姑さんの義理の妹とのポルトガル生活が始まった42年前でした。

因みに、当時の若かったわたしから見たら、ばあさんだったこの3人を、「3ババどの」とわたしは心ひそかに呼んでいたのではありました。笑

ポルト到着数日後、日本から同伴してきた大徳先生との3人のハネムーンもどき(笑)、車でポルトを北上し、スペインとの国境Vigoへ。
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スペイン、Vigoのポザーダ(宿泊施設)で乾杯。どこへ行っても大徳先生とわたしが夫婦だと間違えられたのでした。あはははは。
旅行の途中、二組の夫の親友夫婦たちとViana de Casteloの祭りで、合流。

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42年前を思い出し、我が子たちと孫のために綴っておこうと思いました。
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2021年5月16日 

コロナワクチンに懐疑的な人は、結構いるのではないかと思うのですが、みなさまはいかがですか?
わたしもその一人で、ワクチン接種前にインターネットを通してあれこれと情報を求めましたが、読めば読むほど心配になり、はて、自分はどうしたものか?と悩んだのです。

得体のしれないコロナウイルスであるに拘わらず、こんな短期間でワクチンが作られるものなのか、と大きな疑問があると同時に、次から次へ変異株が現れるとなると、果たして自分が受けるワクチンは効果があるのか?という疑問が出てくるのは当然だと思います。

が、イスラエルやオーストラリア、イギリスなど、国民がワクチンをどんどん接種することによって、徐々に普通の生活に戻りつつあるというニュースを目の当たりにすると、ワクチン接種の効果はやはりあると思わざるを得ません。

わたしの年代だと、もし感染した場合、重症になることが予測されます。人工呼吸器の装着は、この年齢になって絶対したくないと望みます。それで今回は接種することに決めたのでした。

検索するとワクチンに否定的な意見が目について、どうもいけません。が、こんな話もあります。

医者をはじめとして、世界中の医療関係者が最初に接種しているコロナワクチンです。このワクチンを絶対打ってはいけないのは、これに含まれている添加物「ポリエチレングリコール」、またこれと交差反応を起こすであろう「ポリソルベート」に重度のアレルギーを起こしたことがある人と、一回目の接種で重度のアレルギーを起こした人だけだそうです。
つまり上記以外の人は、全て「打ってはいけない人ではない」と言っています。

この情報は、医学系雑誌の中でも最も歴史が長く有名な雑誌「The New England Journal of Medicine(NEJM)に掲載されてあるのだそうで、ここに掲載される情報の信ぴょう性は医学界では一般的に非常に高いと言われているとのこと。

結局コロナワクチンを打つかどうかは一人一人の判断になるのですが、だからと言って自己責任ってのはなぁ・・・と、最終的にはこのウイルスをばら撒いた「武漢」に怒りの気持ちを向けるわたしです。

つい最近の情報によると、アメリカでは、1回目のワクチン接種をして2回目を避ける人が随分いるとのこと。そこで、オハイオ州などでは、ワクチン接種者の中から、抽選で毎週一人に100万ドル(1億1000万)の宝くじが、若者には大学の奨学金が当たるのだそうですよ。これが5月26日から5週間続けられるんですって。

我が子たちには意見していませんが、コロナウイルスに感染しても通常は重症状にならない若い人たちは、ワクチンを打つか否かについて、まだ様子を見てもいいと思っています。

たいして友達が多いわけではありませんが、もう1年半ほど、誰にも会っていません。2回目のワクチン接種を果たして2週間ほどしたら、同年代で話が通じるかつての補習校の同僚I氏に連絡をとってみようかな?もちろん、彼もワクチンを接種していたらの話ですが。

この1週間、ずっと雨だったポルトで思っていたことを書き留めてみました。
会わないうちにどんどん成長している孫チンの青空ちゃん。ハイハイが始まったもので、自分が行きたいところに行けるのですね。ここでは先輩になる猫のみかんが迷惑そうな顔を見せています。笑

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本日もお付き合いいただき、ありがとうございます。
では、また。
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2021年5月12日 

おっとりしていて大人しそうだが、実は長男である東京息子をしのぐ大胆さを持っている。と、これが母であるわたしのモイケル娘評だ。人の陰口をいわないところ、むやみに人を批判しない奥ゆかしさも彼女の長点だとわたしは思っている。奥ゆかしい割には、時に、ガッハッハと笑わせてくれるユーモアセンスも持ち合わせている。

5月10日は娘の誕生日だったのだが、コロナワクチン接種体験を書いているうちにそのことを書きそびれてしまった。今日は娘自慢してみたい気分なので、思い切り親バカをしている次第ゆえ、ご勘弁を。

娘に関するエピソードは、人生の節目節目でその大胆さを垣間見てきた。本日はそのひとつをここに披露したい。以下。


2013年3月2日 モイケル娘の無謀な院受験 

海のものとも山のものともつかぬことだったので、ブログに書きたい気持ちを抑えて来たこの数ヶ月間、今日は書きますぞ!(笑)

もぐりこめた!選んでもらった!入った!つまりです、モイケル娘、東京はR大学大学院に合格しました!

そりゃspacesisさん、幼稚園から数えると12年間もBritish Schoolに通ったのだもの、外国語科なら合格してあたりまえでしょ、との声が陰から聞こえて来そうですが、おっと待った。 外国語科ではないんですってば。

目指したのは日本人のわたしが、ウッ・・・とちょっと退きそうになる日本文学、その中でも近世文学です。母のわたしは外国文学ファンで、アメリカ文学を除いては著名な文学の大半を高校時代に読破した。あ、これは関係ないか。笑

「モイちゃん、これは、た、たいへんだよ」と内心思いはしたものの、本人がテーマを設定し読書に読書を重ねて力んでいたもので、その言葉を口に出せなかったとは、今こそ言える正直。

高校1年まで週に一度のポルト補習校に通いはしたものの、日本文学と言えるものは読んだことがない彼女です。せいぜい国語教科書に課題として取り上げられる二つ三つの古典文学、現代文学の抜粋が関の山でした。

今回はしかし、筆記試験はなんとか突破したものの、面接後はさすがのモイケル娘もドーンと不安に陥っていたようです。なにしろ履歴を目にした面接官から「古典読めるか」「研究したいテーマからすると選科が違うような気がする」 テーマはユーモアが最高!とかなんとか言っちゃって、江戸時代の狂歌師であった。

「モイケルさん、進路がちょこちょこ変わってますな」と申されたりしたのだそうな。進路をちょこちょこ変えられるのは若さの特権だとわたしは思うのだが、腰を据えて研究する場では、この子は大丈夫かと不安がられるのでしょうか。言われてみればそれらしきところがなきにしもあらず。

大学時代は、2年間生涯学習なるコースをとっていたせっかくの東京のW大学をあっさりと中退して3、4年生は九州の大学へ編入しました。しかも、英語科へと学部変更でした。この時もそれまでの単位を認めてもらおうと、彼女は大胆な行動に出ています。(そのエピソードは本日の記事最後①にて案内) 

そして、就職活動とやらで初めての日本社会の洗礼を受けました。(エピソードは後記にて案内)

「石の上にも3年と言う。3年くらいは続けないと働くということがどんなことなのか分からないぞ」と親に言われ、3年間東京の某企業で勤めていたのが、かっきり3年目の春、「働きながら院の受験勉強はとてもできそうもない。2年間の大学院授業料は貯めたので仕事を辞める」と来た時、わたしはさほど驚きませんでした。

そうして6年ぶりにポルト帰国を果たした後、日本へ帰ってからはひたすら図書館を利用して院受験に必要な読書を重ねる独学の数ヶ月でした。

面接の練習は、大して役に立たないわたしを面接官に例えてスカイプでこんな突込みがあるかもしれない、などを想定して受験2週間ほど前から、練習しましたが少しは役にたったのだろうか。

さて、合格発表当日のこと、今回の受験は畑がまったく違うのですから、かなり厳しかったはずです、こんな奇抜なアイディアをもってする奇抜な研究テーマをおおらかに受け入れてもらえるかしらと、不安な気持ちで朝起きてパソコンをつけました。

モイケル娘、スカイプにあがっていません。日本は既に夕方7時過ぎ、もう大学まで合否を見に行って結果が出ているはずです。いないのは変だな。あぁ、可哀相に、と慰めの言葉を頭の中で探り始めました。

前日、目一杯やったのだから合格しなくても後悔することはない。1年間の独学は今すぐ役立たなくてもきっと人生のどこかで引用できるはずだよ。ほれ、亡くなった写真家の星野道夫さんが言ってるさ。
「人生はカラクリに満ちてる」って。この1年もそのカラクリのひとつに
なるのだ、と、あたかも落ちるのを想定したかのようなことを言っていたわたしでした^^;)

さて、ちょうど息子がスカイプにいたもので、その彼に「モイケル、いないの?」と問うと、「通ったよ。」と言う。「と、通った?あんた、こういうジョーダンはきついんだぞ!」

息子はこの手のジョーダンを度々やるヤツです。日本での某大学、英語講師応募の面接が終わった後、
母「どうだったの?」
息子「ダメだった」
母「そっか。別のチャンスがあるよ、また」と言いかけようとすると、
「えへへへへ。通ったよ」

こんな調子なもので、つい半信半疑になったのですが、「ほんとだよ」と聞いたときは、思わず、やったー!えらい!と両手で膝を叩いて喜んだのでした。

娘曰く、発表には友達と一緒に見に行った。自分の番号を見たときは5回も見直して、ケータイで写真を撮ったのだそうだ。可哀相に、そのくらい諦めの気持ちが強かったのだろう。曰く、入ってしまったという感じだ。でもせっかくチャンスをくれたのだから挑戦してみようと思う。

モイケルよ、やってみるといい。もしかしたら、その研究がきっかけでまた別の展開がないとも限らない。ひとつ道をひたすら走るのも生き方だが、本当に自分がしたいことを探りながら寄り道して歩むのも生き方です。
全て自力でその生き方をするのは困難だが、学業を続けたかったができなかったおっかさんは、少しではあるけれど、応援したい。自分の幸運に感謝して進んでください。

さぁ、これからはもしかしたら、今まででこんなに勉強したことはない、というような時間になるかもしれない。けれど、それを楽しむ心の余裕も忘れないで欲しいとおっかさんは思っています。

この後8年たった今、結婚し母になり、と現在につながるわけですが、下の写真を見るにつけ、
立派に成長してくれたなぁ、との気持ちで、過去の35年間を思い出しています。

母子3人
よく出かけたポルトの公園で子供たちと。

本日は娘の誕生日にあやかって、親バカをさせていただきました。
下記、興味がありましたらお立ち寄りください。

帰国子女受験編:ガッツだぜ!」

②「ずっこけ親子の就職活動

ではみなさま、また。
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2021年5月12日
 
2日ほど前からなんだか寒くてあまり気分が優れない。

ポルトの今日の温度は14度。わたしは今、下はコーデュロイパンツ、上半身は下着シャツの上にカシミアセーターを着て、首にスカーフを巻き、その上に薄いガウンを着てこのブログを書いています。日が照っていない14度ってこんなものだったっけ?

昨日は、遅めに起きて、家猫外猫たちのエサがいるのと、果物、野菜が切れそうだったので、スーパーまで車を飛ばして行ってきました。その後はずっとベッドで寝ていました。
頭痛、アレルギーは今日現在ありません。 が倦怠感というか、なにもする気が起こらないのですね。それと、食欲減退。頑張ってオンラインの日本語レッスンや、メールでの宿題チェックはしていますが、かったるい。

全て不調をワクチンに結び付けるのはどうかと思い、なるべく気にしないで横になりたい時はそうするようにしています。
寒気は、単なる風邪の兆候ということも十分ありますしね。ちょっと神経質になっているかもしれません。ただ、後に参考になる可能性もあるので、自分のメモとして残したいと思い一応書きました。

さて、一昨日朝は、7時前に目が覚めたので、あまりいい天気ではなかったのですが、朝の散歩に出かけました。夜明けには雨が降ったようで地面が濡れていました。近頃は散歩に馬用にとニンジンを持って出ます。放し飼いの馬にエサをあげるのはどうなのかなと思いつつ。

歩きながら反対側に目を向けると、おお~~、こぉんな虹の橋が!
  
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右にうっすらとみえる雲が、あたかも不死鳥が天に上っているような錯覚を覚えたのでした。

なぁに、わたしたちはきっとコロナ禍をなんとかやり過ごし、世界は再び不死鳥のように今の状態から蘇るのだ、とそんな気持ちで虹と不死鳥を眺めたのですが、瞬く間に消えていきました。

わたしも気弱にならず、頑張らなくちゃ!
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2021年5月9日 

ワクチンを接種した左上腕は筋肉痛に似て、二日目はかなり痛み腕をあげるのに難儀したのですが、三日目はそれが大分ひき、四日目には、腕をあげてもあまり痛みを感じなくなりました。 五日目の今日は、ほぼ通常の状態で、注射をした個所を押すとちょっと痛みを感じるくらいです。

拙ブログでワクチン接種をするに際して気持ちの準備を書いたもので、それを読んだ中級日本語の生徒たちに心配をかけてしまったようでした。「気分はどうですか。大丈夫ですか」とメッセージがきました。余計な心配、かけちゃったな。汗

さて、ポルトの路地を歩いて写真を撮り始めてから、15年くらいになるでしょうか。 当時は人影もなく、治安は大丈夫だろうかと心細い思いで歩いたものでしたが、「一度は訪れてみたいヨーロッパの街」のトップにポルトガ選ばれた今、ツーリストの姿はこんな路地でもたくさん見かけられるようになりました。

今日は路地にひとつ、Rua do Sotoを再掲します。

ポルトの路地

ポルトの路地
窓辺。下は同じ場所。昔ながらの人々の生活がうかがえる。

ポルトの路地

この路地はサンベント駅からドウロ川べりリベイラに向かう長い坂道、Rua Mouzinho da Silveira(Rua=通り)から、この噴水(ポルトガル語ではChafariz=シャファリス)があり場所を入る小さい坂道です。

Rua Mouzinho da Silveiraですが、この通りは19世紀半ばまで「Rio da Vila(ヴィラ川)」だったと、わたしはポルトガル語のDias先生と読んでいる本で学びました。ですから、通りの下を今も川が流れているということになります。

ポルトの路地

この噴水を見るといつも思い出される一人のおばあさんがいます。

 1960年代の作品でジュリー・アンドュースが主演の「メリー・ポピンズ」。わたしは20代始めに見たのですが、ジュリー・アンドリュースの話す英語が美しく分かりやすいので英語の勉強を兼ねるのと、ストーリーも歌も気に入ったのとでその後も何度も見てきた映画です。

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Wikiより

物語の内容はGoogleのここに出てきます。

挿入歌の「チムチム・チェリー」は日本でもヒットしましたし、どんな苦しいこともひとさじの砂糖で楽しくなるものと歌う「Spoonful of Sugar(お砂糖ひとさじで)」も知られた歌です。また、この中で乳母のメリー・ポピンズが子供達に教えるおまじないの言葉「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリアドゥシャス」はわたしも必死に覚え今でも言うことができます。

それらの挿入歌の中でも今に至ってわたしの心に残っているのが「鳩に2ペンスを(Feed the Birds)」という歌です。手にした2ペンスを銀行マンの父親に「銀行に貯蓄せよ、そうすると利息が入る」と諭された子供たちに、魔法のガラスのボールでメリー・ポピンズがセントポール寺院で鳩の餌を売る老女の姿を映して見せるシーンに使われます。

「鳩に餌をあげてください。お腹が空いているのです。一袋2ペンスです。あなたが鳩たちを気にかけていることを示してください。寺院に立つ聖人像たちは老女が鳩の餌を売るのを見下ろしています。あなたには見えないでしょうが、誰かが一袋買うたびに彼らは微笑んでいるのです。一袋たったの2ペンス。鳩に餌をあげてください」

ざっとこんな風に歌っています。下記Youtubeでこのシーンが見られます。

https://www.youtube.com/watch?v=3vCsn90R3Ew

何故こんな話に及んでいるかと言うと、あるひのこと、ダウンタウンのリベイラへと続く広い道Rua Mouzinho daSilveiraを歩いてあれ?と気づいたことがありました。その時間帯には必ず見かけた老女の姿がないのです。

ポルトの路地
Rua do Sotoへの坂道。このすぐ左に噴水がある。

坂道の上り口に座り、売り物を広げて売っているおばあさんです。売り物といってもそれを見た人は買おうかと言う気持ちは起こらないであろう古い壊れかけた使いようのないような代物ばかりです。日曜日と雨の日を除いては冬の寒いときでもここで物を広げてはこうしていつも座っているのです↓

ポルトの路地
2006年撮影

よくこの通りを降りてリベイラへ向かっていたわたしは何年も彼女と顔見知りです。見かけるたびに昼食の時間にはいつもここに座ってスープをすすっていました。そしてまたその時間には決まって鳩がたくさん彼女の周りに寄って来、彼女が分け与えるパンをつついているのです。スープはわたしの推測ではこの辺にある食堂からいただいているのではないか、でした。

貧しい自分の食事から鳩に分け与えているその姿にわたしは昔見たミュージカルの鳩と老女のシーンを思い出し小さな感動を覚えたのでした。

顔見知りになったきっかけは、そんなおばあさんを何度か見て、「こんにちは」とわたしが声をかけたことでした。最初はひとつ買おうかと商品らしきものをざっと見回しましたが、どうも使えそうなものがありません。これでは誰も買わないな、と思いました。

そこで、失礼なことだとは思いながら「コーヒーでも飲んでください」と少しお金を差し出すと、とても喜んでくれ、なんども礼を言うのです。

当時のわたしは、今のように日本語教室を開いていなかったので、ポルトのデジカメ探検隊と自らを称して、よく街を歩き回っていたので、しょっちゅうここでおばあさんと挨拶をかわすことになっていたのです。 おばあさんの服装は冬は冬なりに一応寒くないように見えるものの、大分擦り切れて薄汚れていました。

ひょっとするとホームレスかも知れないとの思いもあり、言葉を交わす都度5ユーロ、10ユーロと何かに役立ててもらいたい思いで差し上げていました。

「本当にいつもありがとうね。神のご加護がセニョーラにありますように」と開く口は何本もの歯が抜け落ちていたのが見えていました。

ポルトの路地
2007年撮影。同じ服装だがショールと靴が違っている^^

見かけないのが気になるもので、直ぐ側にある小さな雑貨屋へ入って「あそこにいつも座っていたおばあさんはどうしたの?」と思い切って訊いてみました。すると「ぐうたらな息子がいて苦労ばかりしてきたのさ。息子は稼がず、あの母親からなけなしの金をふんだくっていくんだよ。Coitadinha(可哀相に)。とうとう病気になって老人ホームに入れられたよ」と返事が返ってきました。

そうか。ホームレスではなかったにしろ、春夏秋冬ひがな一日あそこに座ってスープをすすっていたのは、それなりの苦しい事情を抱えていたのだな。寒さはあの歳では堪えよう、今年の秋口には毛布の膝掛けを持って行こうと思った矢先だったこともあり、病気になったのは辛いだろうけれど、老人ホームに入れられたのは案外良かったのかもしれない。

少なくとも食事にはありつけ、夜露雨露をしのぐことができる、とわたしは少し気が安らいだのですが、あれほど定時間におばあさんに群がっていた鳩たちは、さて、どうしただろうか、とも思ったものでした。

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2021年5月6日 

ワクチン接種当日の前夜、スマホにメッセージが入っていた。「Yuko、明日18:14のワクチン接種、忘れないで」。
随分と細かい数字だなと思いながら、昨日は夫付き添いで、夕方その時間30分前に到着した。大きな体育館が臨時のワクチンセンターになっていた。予想していた通り体育館外はたくさんの人であふれていた。みなご老人だ。わたしも含めてだが。ははは。

列はないのだで聞くと、予定時間が大幅に遅れていて、登録されている時間で係員に大声で呼ばれ、健康状態を書き込む用紙を受け取って初めて館内に入って行くのだそうだ。16:42、16:44、45と分刻みだ。どおりでわたしの予約時間も16:14となるはずである。

18:14なんだけど、と近くで待っている人に聞くと、まだ先だ、今16:30の人が呼ばれて入って行ったと言う。ぎょえ!2時間近くの遅れではないの・・・・・もううんざりだと思ったが引き返すわけには行かない。どうやら待っている人の中には、キャンセル待ちでワクチン接種をしようと来ている人たちもいるとのこと。

途中、中で誰かが倒れた様子で、救急車が駆けつけて来、タンカーで運ばれて来た。この時ばかりは、やっぱりこういうことになる人もいるのだと実感。

日が徐々に傾いて、日当たりが日陰になった7時半頃、係員が、「キャンセル待ちの人じゃなくて、今日の予約をして待っている人、手をあげて!」という。後、何人残っているのだ、という感じだろう。一斉に周囲の手が挙がる。数える係員、まだ60人以上いると知って、もううんざり顔であった。

何がどんな手違いでこんなに遅れてしまったのか。

17:55、58、18:00と呼び出しがあり、やっとわたしの18:14の番になり、万が一、質問用紙に書かれてある内容が分からない場合のため許可を得て、少しの時間だけ中に一緒に杯ってもらって2階へ上がる。

質問には、今日するワクチンはモデルナだが同意するか、アレルギーはないか、持病は?等々。記入が終わった後、夫は出て行ったが、再び自分の18:14が呼ばれまで待機する。

ようやく呼ばれ、階下へ降りて用紙とIDカードを提出し、別の係員が質問内容を確認しに来るまで再びイスに座る。確認が終わり、列に並ぶのだが、ここで用紙は回収され2回目の接種予約時間を受け取り、いよいよ、モデルナワクチン接種のブースに呼ばれるまでイスに座って待つ。

接種後、念のため、「わたしが今打ったワクチンは、どこのですか」と聞くと、「モデルナ。いいワクチンよ。痛みがあったらベネロン(頭痛薬)を服用してね」と言う。痛み止めにわたしがよく使う薬だ。

20:17の退場する時間カードを受け取り、別のホールでイスに掛け、待つこと30分。夫に「終了なり。後30分で出る」と電話し、時間が車で持って行ったSUDOKUに目を落とす。が、集中できずであった。笑

夕食は出かける前に準備してあった親子丼とキューリと切り干し大根の酢の物、サラダ。先に外猫たちにエサを運んだが、いつもの時間よりずっと遅れたのでニャニャンガニャンと文句言われた。

とまぁ、これが、わたしの第1回目のワクチン接種だが、次は6月2日になっている。

昨夜は台所の後片付けもそそくさと済まし、メールをチェックして早いうちにベッドに入った。
今朝の起床は7時45分。夜中に珍しく目覚めずにぐっすり眠れたのだが、なんとなく疲労感があるようでかったるい。そして、注射した腕は案の定、痛い。が、頑張って散歩してきた。

副反応は、接種者の95%に「モデルナアーム」と言って、ワクチン接種から5~9日後、注射した箇所に赤い発疹が注目されているそうだ。95%というとほぼ全員だから、わたしもそうなるであろう。これは問題ないと言われている。接種直後より数日後に副反応が出るであろうから、その都度、拙ブログにあげたいと思う。

本日はわたしのワクチン接種体験談でありました。お口直しに、青空ちゃんの写真を。

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赤いリンゴが気に入った様子。10カ月になりました。
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2021年5月5日

夕方のコロナワクチン接種に備えて、体調万全を期し、昨夜は早目に床に就いた。
万万が一のためと、最低限の日本の友人たちと日本語教室生徒たちへの連絡先はモイケル娘に託した。全てpCには日本語で入ってあるので、夫では陽が足りないであろうから。
というので、後は天運に任せるのみ。

例年春先には、YY日本語塾の生徒を集め、我らが呼ぶNHKパーティーこと「Nihongowo Hanasu Kai」が催されるのだが、コロナ禍により、昨年に続き今年度も中止に追いやられた次第だ。

それを今思い出して、2019年の様子を再掲したい。以下。

2019年3月26日
 
疲れたぁ!まだ疲れてる・・・で、昨日月曜日は出張日本語を除いて他は休みました。

先週末土日は午前中の日本語3クラス(グループレッスン2クラスだったが、現在試しとして日本の高校生を一人引き受けて45分授業を加えた)の後、翌日の準備で夜中まで、そして日曜日は6時起床で料理を作り、当日は、夕方6時まで座る暇もなく動き回りました。年々堪えてきてますぞ。

と言うのは、ローマ字で書いたときの頭文字を採って、わたしたちが「NHKパーティー」と呼ぶ会合も今年はだ第8回目になり日曜日に催されたのであります。下がその案内状です。

NHK2019

今回のNHKパーティーは出席者36人(欠席者9人)となり、今までで一番人数が多いパーティーでした。メニューは以下の如し。
・白身魚のグラタン
・巻き寿司
・一口カツ
・トリのから揚げ
・ポテトサラダ
・大根とこんにゃくの煮物
・ツナマヨサンドイッチ
・カレーライス
・押し寿司
・細まき寿司
・焼きそば   エトセトラエトセトラ

NHK2019

NHK2019

それに、相棒のOちゃんは、ドラ焼き、たこやき、そうめんと、ここ数年毎回新しい日本食を一品紹介するのですが、今年は「すき焼き」なり!
NHK2019
肉の写真を撮るのを忘れた^^;

すき焼きの肉は「picanha(ピカーニャ)」、日本語では「イチボ(牛のお尻の骨周りのあたりにある肉)」のお肉なのだそうで、こちらでの普通の固い肉と違い柔らかい。Oちゃん、奮発してその肉を1キロ用意しましたが、見事、生徒たちに完食された次第であります。すき焼きを提供するレストランはあまりないようだ。生徒の中にも知らない人がほとんどだというので、取り上げて見たメニューです。肉、えのきだけの売れ行きが凄かった。
NHK2019

これまでは30人近くが集まっても、料理は残ったものですが、今回は全てなくなりました(笑) Oちゃん曰く、うちの今日の晩御飯がな~い(笑)

昨年秋に始まった我が新コースのは若い人達11人のクラスで、これが増えたわけですから、さもありなん。
デザートのケーキ類は毎回元生徒の一人に注文します。毎回残ったものですが、これも完食されました(笑)

NHK2019
右から、ピンクのケーキは中が抹茶ケーキ。真ん中はゆずケーキ。最後がチョコレートケーキ。

ゆずケーキはトッピングにゆずクリームを乗せてたべるのですが、すぐになくなりました。

今回はなるべくプラスティック食器を使わないようにしようというので、我が家からの皿、コップ、フォークなども運んだもので、夫の手助けが有難かった。

飲み物については、水、ビール、ワインはこちらで用意し、ジュース、コーラは2年生以上の生徒に持参して来てもらいました。また、今回はGG´s(ジィジィズ=個人レッスンの68歳から85歳までの我が年配者生徒たち4人)は会費なし、としました。最後はエスプレッソカフェ、もしくはお茶で閉め、いつもどおり集合写真撮影で、無事、今年のHNHパーティーも終了です。

NHK2019

来年のことは、今考えたくないっけ(笑)


と、書いていたのだが、それが思いの外、2年も中止になるとは、なんということだ。 コロナ禍明けには是非ともこのパーティーで
皆の無事と、オンライン授業で生き残ったYY日本語塾に祝杯を挙げてみたいと思っている。

では、みなさな、今夕、ワクチン接種に行って参ります。
明日、ご報告いたしますれば。

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2021年5月3日 

前方の天空には下弦の月が見える。人の気配がない日曜日の早朝、一度は降りた坂道をゆったり上っている。道沿いの塀の向こうには中高校がある。

坂道を降りると両側は野原で、ここでは馬の家族が草をはんでいるのだ。わたしが舌でツッツと音を立てると近づいてくるようになった。鳥のさえずりも聞かれるわたしの朝の散歩道だ。

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失われたものもあるが、コロナ禍で得たものもある。そのひとつがこの散歩道の発見だ。自粛で日本語授業もオンラインとなり、その準備もいれるとどうしてもパソコンの前で過ごす時間が長くなり、不健康そのものだが、こうして早朝の散歩からわたしの一日は始まる。


さて、今週水曜日には、第一回目のコロナワクチンを接種するのだが、ときどき拙ブログにコメントを残してくれるganchanが、前回のブログ記事「ワクチンまで後5日」で張り付けてくださった画像を見て、もう一度、接種について考えてみた。

実はコロナワクチン開発されたと言われた時から、わたしは色々疑問をもっていたのである。他のワクチンには長い時間がかけられて作られたというのに、コロナワクチンは何故、こんなスピードでできたのか、副作用の調査に十分な治験は行われたのか。欧米の薬などは日本人の体質に合わないものもあるし、わたしも体験しているのだが、その点は大丈夫なのか、等々、疑問はたくさんある。

自分が理解できる範囲内でしらべてみたが、陰謀論めいた怖い説も結構あり、その真偽は分からない。 このワクチンに関しては、義務付けられない限りは接種したくないと当初は思っていた。

しかし、ポルトガルもそうだが、イギリス、フランスなど3度目のロックダウンを経て、国民がワクチン接種をし始めてから感染者、特に死亡者数は減少傾向にあるし、ポルトガルにおいては、5月2日現在では死者1名となった。

コロナは風邪だ、と言う説もあるが、運悪くこのウイルスに攻撃された人は生死をさまよう体験を多くしていることを考えると、風邪の類だと侮れない。

多くの人がワクチン接種することで、感染者、死亡者数が減るという結果を目前にして、であれば、自己責任自己判断でやはりしようと決心した。このワワクチンの効き目は3カ月から半年だと言われているので、毎年接種することになるのではないか。その際にわたしたちの身体にどういう影響が出て来るかというのは、まだ分からない。科学者は全能ではないし。

昨日は、コインブラに住む古い友人(日本人)が、ちょうど二回目のワクチン接種を終えたと電話がかかってきた。本人はなんの問題もなかったようだが、知り合い(こちらも日本人)が一回目の接種で発熱し三日間寝込んだと言う。その辺は覚悟しておこうと思う。

ということで、ganchan、接種後の様子も拙ブログで書きたいと思っています。

下にganchanが張り付けてくださった動画がありますので、興味のある方はどぞ。

https://rumble.com/vgcsi1-the-most-important-interview-in-the-history-of-mankind.html?fbclid=IwAR1-V9tmgByYBehItVGrBHBKVhYWCW8ybcc-39t0Nqkcn6ttcmRPcvs6fxk

では、また。
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