fc2ブログ
2021年3月31日 

眠りにつく前の30分ほどは読書するのが習慣です。活字に目を落とさずに寝入るなど、めったにないことで、下手をすると本に引き込まれて30分ほどが1、2時間に及んでしまい、翌日しんどい思いをする羽目に陥ることもままあります。

が、目下手元に、夢中になるほどの本がないもので、ちょっと趣味じゃないかもなぁ、と思いながらも友人が「読んでみる?」と貸してくれた本に手を出しているのが、斉藤茂太さんの「老いは楽しい」。

タイトルを改めて目にし、やっぱり自分の趣味じゃないぞと確信した(笑) 例え期待したような結果が出なかったとしても自分で考えて物事を決め進むわたしは、 「~なあなたに贈る」などのようなアドヴァイス的な読み物は、どうも性に合わないのであります。

が、どんな本にも学ぶことはあるもの、惰性で読んでいくうち(モタ先生、まことに失礼!)、「ぬぬ?」と思う箇所にぶつかりました。「妻のお陰で自分がどれだけ助けられいるか」の箇所なのです。

モタ先生は、「家内のきつい言葉をメモし、家内の名前を冠した美智子語録なるものを編纂している。読み返してみるともっともだと納得したり自分のために言っているのだ。助けられたと感謝することがしばしばである。」と書いておられます。

例えば、「字は楷書で書いてください。他の人が読めないわ」、「何度お願いしても切手を乱暴に貼るのね。私なら手紙を捨ててしまうわ」など、第三者が読んだら他愛ないことに思われるのですが、この美智子語録の中に、こんな一文がありました。

「冬去りにけり、は、冬が来た、という意味です」

え?え?ちょっと待って!「去る」って「よそへ行く」とか「時間が過ぎる」とか「なくなる」とかの意味でありましょう?これじゃ、まるきり反対の意味ではないの?そろそろ本を閉じて眠ろうかと思い始めていた矢先のこの一文にすっかり目が覚めてしまいやんした。

こうなると、わたしの場合、よし、明日調べてみようと言う事にはならず、気になって眠ろうと思っても眠れないのであります。やおら起き出して、辞書を引くことに相成りました。

「去りにけり」は古文ですが、現代も遣われる思うので、まず2冊の現代国語辞典で確認します。対義語は「来る」とあり、意味はわたしが思っていたのと同じです。

わたしはかつて日本語の生徒の一人と「ねずさんの日本の心で読み解く百人一首」という本を読んだのですが、教えるなどトンでもないことで、授業の準備をすることで生徒と一緒に学んだと言うほうが正しい。

歌の意味も去ることながら歴史背景が分かる解説が面白い上に、見たこともない漢字や語彙にたくさん出会い、古語辞典を引くこと度々でした。

そこで、いざ、古語辞典を!と引いてみますと、「離れる、退く」の他に、なんと「その季節や時期になる」と見つけた!がーーーん!こ、こはまた意外なり・・・

「夕さりにけり」は夕方になった、「夏去りにけり」は夏がきた、ということになるんですと。

古典を学んだ人は知っているのだろうけれど、わたしにして見れば、眠っている夫を揺さぶり起こして、こんな意味があったんよ!と伝えたい衝動にかられた大発見なのでした。

と言うので、本日は「春去りにけり」と、早速、新たな知識を遣わしていただき、保存してあるアルバムからポルトをご紹介いたします。

ドン・ルイス1世橋を渡るメトロ。
ponte.jpg

旧市街を走るCarmo(カルモ)教会行きの路電22番。後ろに見えるのはイルデフォンソ教会
eletrico.jpg

アズレージュ絵で被われたニコラウ・ナゾニ作のIldefonso(イルデフォンソ)教会
ildefonsso.jpg

本日も読んでいただきありがとうございました。
よろしかったらランキングクリックをお願いいたします。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ spacesis in ポルトガル - にほんブログ村
2021年3月28日 

今日からポルトガルは夏時間。日本との時差はこれまでの9時間から8時間になります。
2、3日前から3、40分ほどの早朝の散歩コースを変えてみました。この辺りにはまだ林や石垣に囲まれた果樹園、野原が残っています。

sampo2_1.jpg

低い石垣から枝を広げた木が白い花を咲かせて通りにはみ出ていました。これはリンゴの花か、はたまたナシか?

sampo4_1.jpg

まぁ、あとしばらくすれば実がなるので判明するっしょ^^ 散歩の楽しみができました。


来た道をUターンして上っていくと、およよ?お馬さんが放されています。

sampo1_1.jpg

母子馬が見えます。仔馬の模様からしてこれは家族でしょうね。スマホのカメラを向けると白馬がしきりとわたしを見ます。この次はニンジンでも持って来ようか。
sampo5_1.jpg

ちょっとコースを変えてみたら、こんな光景に出会い、意外でした。
さてっと、今日の夕方の中級日本語の準備も整ったところで、本日はモイケル娘と東京息子二人のかつての話を紹介して本日は失礼。


公園でブランコのコツがつかめた妹に対しての兄の言葉。
兄: 『ブランコはうまくなるとねー、ジャンプとかできるんだよ、ジャンプの技って色々あるんだ けどねー、それができるようになるには絶望の力が必要なんだよね。』

なんか、うん、哲学的だね(`_`)   モイケル娘のブログより
 

これ、君ら日本でだよね?公園で、ブ、ブランコにのってたんかぁ~!あかんのやど^^;ポルトガル、あまりブランコないものね。それにしても息子よ、こんなことを言ってたのか。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ spacesis in ポルトガル - にほんブログ村
2021年3月26日

子どもが生まれたら、できるものなら中学校へ上がるころまで、子供が帰宅する時間には「お帰り」と家で迎えたい母親でありたいと思った。

もちろん、世の中にはそうしたくとも働かざるを得ない人がたくさんいるであろうことは承知している。個々の事情は別にして、ポルトガルでも共稼ぎ夫婦は非常に多い。

子供はいずれ親元を離れていくもので、自立するまでの18年から20数年の親子同居生活だ。結婚して連れ合いと暮らす40年、50年を比べれば、子供との暮らしはその半分にもならない。

乳児期の赤ちゃんの世話は体力的精神的に大変なことだが、毎日新しい発見、つまり自分の子の日々の成長を目のあたりにできる贈り物があると言うものだ。

さて、先だってイギリスの経済紙エコノミストは、女性の働きやすさについて、主要29か国を10の指標に基づき評価していた。ランク付けした結果、日本は最下位に近い28位になったとのこと。
10の指標は下記の通りだ。

1高等教育を受ける男女比率の差。
2.男女の労働参加率の差。
3.男女の給与差。
4.管理職における女性の割合。
5.役員における女性の割合。
6.MBA=経営学修士を取得する試験を受けた女性の割合。
7.議会下院もしくは一院制の議会での女性の割合。
8.賃金に占める育児費用の割合。
9.女性が取得可能な有給の育児休業期間。
10.男性が取得可能な有給の育児休業期間。

「日本や韓国(最下位)の社会は女性に対して、いまだに家庭を持つかキャリアを追求するかのどちらかで選択を迫っている」とエコノミストは結論付けている。

間違っているかも知れないが、わたしの感覚では1についての男女比率の大差は日本にはないと思うのだが、どうだろうか。

管理職や役員、議会の女性が閉める割合は、女性の頭数だけをそろえればいいというわけには行かないだろう。性別関係なく、能力があり、その地位について責任が取れる者がつけばいいと思う。欧米は女性の割合も随分多いから、日本もとにかくもっと女性をそういう地位につけろというのは、とってつけたようでおかしい。わたしは男女関係なく能力次第にすべきだと思う・。

この10指標のみで、、「日本は未だに家庭を持つかキャリアを追求するかのどちらかの選択を女性に迫っている」との結論には異を唱えたい。この言葉の裏には、まるで家庭もキャリアも両方するのが当たり前だと言っているように感じるのだ。女性は専業主婦でいることがあたかも良くないことでもあるかのような考え方に基づいてはいないか?

この「女性の働きやすさ」については、しばらく前にテレビでも話題として取り上げられたようで、「結婚して辞めるなんて愚の骨頂で。いまだに女性は家を守るものとかっていう考えが残っているのかな」と意見を述べた某局の男性アナウンサーがいたようだが、愚の骨頂で悪うござんすね!と言い返したいわ。笑

能力がある女性が、その才を活かして生きることに異は唱えない。ただ、そういう生き方ではない、別の生き方を望む女性もいることを認めるべきではないのか?

なにも皆が皆、どの国も一つに倣って同じになる必要はない。家事も子育ても男女がすべてを分担する必要はないと思うし、得意な方、時間がある方がすればいいではないか。また、家事や子育てを女性が担当するとしたら、それのどこが問題なの?家事や特に手抜きができない子育てなど、時間がいくらあってもたりないくらいの、実は重労働だとわたしは思っている。

今回のランク付けで日本はワースト2だと嘆く必要はまったくない。よその国はよその国として、キャリアを積みたい女性、キャリアと家庭を両立させたいと思う女性の社会環境を我が国なりに整える努力をしていけばいい。

この手のニュースに、「日本はやっぱり遅れてるなぁ」などと考えて慌てて追随する必要はないとわたしは思う。結局みんなに同じことをするように仕向ける社会って、なんなの?共稼ぎ夫婦もいて、片や、専業主婦もいる社会こそ多様性があるのではないの?

実際、多様性多様性と言っている人たちが、専業主婦を選択する女性の自由に口出しし、むしろ排他的じゃないのかと思ったりするわたしであるが。

ちなみに、このランキングトップはスェーデン、そしてアイスランド、フィンランド、ノルウエーと北欧諸国が軒を並べる。ポルトガルは意外や7位で、アメリカ18位、イギリス20位、ドイツは22位だ。

ここには書かないが、興味があるかたは、スェーデン社会について調べてみてください。専業主婦は失業者なんだそうですよ^^;なかなかユニークだが、日本人はスェーデン人のようになれるかなぁ、と。

言い足りないことはまだまだあるのだが、悲しいかな、言葉足らず。リベラル思想ってこんなんだったっけ?と近頃思ったことの一つをとりあげてみた。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ spacesis in ポルトガル - にほんブログ村
2021年3月25日

桜の花咲く季節になると、わたしには台所に立ちながらふと口をついて出てくる歌がある。

♪南国土佐を後にして 都へ来てから幾年ぞ

で始まるこの歌は、昭和34年にペギー葉山が歌って大ヒットした。日中戦争で中国に渡った第236連隊には高知県出身者が多く、この部隊が歌っていた「南国節」をヒントに創られた歌だと聞く。

わたしの故郷は桜まつりで有名な弘前である。それが何ゆえ「南国土佐」なのかと言えば、その桜まつりに関連する。

わたしが子供のころ、「桜まつり」等とは呼ばず、「観桜会」と言ったものである。夏のねぶたまつりと並んで、観桜会や夏のねぶた祭りには、雪国の長い冬を忍んで越した津軽の人々の熱き血潮がほとばしるのだ。

弘前公園内は3千本もの桜の花咲き乱れ、出店が立ち並び、木下サーカスやオートバイサーカスが毎年やって来ては、大きなテントを張った。「親の因果が子にむくい~」の奇怪な呼び込みで、子供心に好奇心と恐怖心を煽った異様な見世物が不気味であった。お化け屋敷もお目見えし演芸場が組み立てられ、そこからは園内に津軽三味線のじょんがら節だのよされ節だのが流れた。

わたしが12、3のころ、その年の観桜会でNHK「素人のど自慢大会」の公開番組があり、わたしは生まれて初めて往復葉書なるものを買い、こののど自慢大会出場参加に応募したと記憶している。

どんな服装で出場したかはよく覚えていない。外出用の服など持っていなかった子ども時代だったから、想像はつく。きっとあの頃いつもそうであったように、両膝っこぞうの出た黒っぽいズボンだw。今にして思ってみれば黒っぽいものをよく着せられたのは、黒は汚れが目立たないからであろう。

そして歌ったのが「南国土佐を後にして」である。立ち席で見ていた母の話では、「出だしはとてもよかった。これはヒョットすると鐘三つかな」と期待したそうである。

ところがである。誰もいないところで歌う分にはいいのだが、生まれて始めて人前で歌ったわけですから、上がってしまい、後半がいけませんです。伴奏より先走ってしまったのでありまして^^;「土佐の高知の播磨橋で」に入る手前で、鐘がなりますキンコンカンw いえ、二つが鳴りましたです。恥ずかしさにうつむいて退場する少女でありました。

わたしの声域は男性の声に近い低音で、普通の女性歌手の歌は高音が出なくて歌えないのだが、ペギー葉山さんの音域は大丈夫。ポルトにある我がフラットの台所から外へ丸聞こえなのだそうだが、誰に遠慮がいるものか~。

台所でこの歌を歌いながら、さぁ、こい!今なら鐘三つもらうぞ!と、はた迷惑にも、つい力を込めて大きな声を張り上げてしまうのだった。夕方帰宅した夫がフラットのドアを開けるなり言う。「ドナ・ユーコ、外にまる聞こえだよ」

弘前公園の桜は18世紀の初期、津軽藩士が25本のカスミ桜の木を京都から取寄せて植えたのから始まるのだという。明治にはソメイヨシノが千本、更に千本植栽され、現在ではソメイヨシノを中心に、枝垂桜、八重桜の役50種類2500本の桜が春爛漫と公園に咲き誇る。

のど自慢の鐘二つから60年、還暦を過ぎて桜見たさに帰国ごとに機会を見ては桜の季節に帰郷してきたが、期待叶わず。もう一度、もう一度、故郷の爛漫の桜を目にしたいと願うのである。




にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ spacesis in ポルトガル - にほんブログ村
2021年3月23日 

随分前の話になりますが、こちらの高校生相手に日本についての講話のお話が数回舞い込んだ時のこと。講話だなんて、テヘ。

10年生、つまり日本でいう高校1年生の英語の授業で作家Kazuo Ishiguroの短編小説が英語の教科書に取り上げられていて、勉強してたらしい。

題は「A Family Supper(夕餉)」とありました。当時は日本文化についてほとんど知らなかったポルトガルの高校生のために、日本文化について是非話して欲しいと、日本語生徒の友人だという高校の先生の依頼で、3年ほど続けて、出かけたことがあります。

日本文化の紹介と簡単に言うけれど、準備のために、英文の教材に目を通さなきゃならないわ、フグの話が小説の中に出て来るので、その説明をまとめなきゃならないわで、ヘンチクリンな失敗をしないようにと準備に一週間ほどかけました。

生徒たちには前もって、日本文化、小説の中での理解できないことなどの質問を出してもらい、それをもとに今度はそれらへの説明を英文でタイプアウトです。

ただ、話すだけでは面白みがないし、日本文化と一言で言うけれど、口で説明しただけでは理解しがたいこともあるわけです。そこで、簡単な展示もすることにしました。下が持っていったもの一式です。

volunteer2_2021.jpg

左に丸めてある大きなポスターは我が高校の同窓生が送ってくれた弘前公園の桜まつりの写真。その他、言葉で伝えるよりも目で見た方が分かりやすいものとして大きな写真コピーも用意。

もちろん、前日までタイプアウトした授業のための英文トラの巻き5枚もしっかりと。これを見て棒読みするわけではないのですってば^^;こうしてタイピングすることで話したいことがだいたい頭に入るのであります。

我が家から車で10分ほどのところのErmesindeという区域にあるリセウです。

ここでフランス語とポルトガル語を教えている友人にポルトガル人の英語の先生を紹介され、授業をしてもらう場所ですと、彼女に案内されたところが・・・↓ここ・・・
volunteer3_2021.jpg

ぎょえ~!オ、オーディトリウムじゃないの! そんな話は聞いていなかったぞぉ。てっきり教室でと思っていたに~(汗)

それにプロジェクターはあるが、わたしの好きな黒板がないではないか!簡単な漢字も三つ四つほど生徒さんたちに覚えてもらおうと準備してきたのに@@

家を出るときに自分の黒板を持っていこうかな?と一瞬その考えが頭をかすったのだが、やっぱり我が勘は正しかった^^;と、しつこく黒板にこだわるspacesisではあります。その訳は次回にでもお話するとして。

ああだらこうだら言ったところで仕方がない。授業開始時間までの15分間、大急ぎで持ってきた日本ポルトガル両国の国旗を下げ、小物を並べて弘前公園や京都の庭園、紅葉のポスターを壁に貼る。

volunteer4.jpg

小物は雰囲気を作るためにこんな風に並べて出来上がり。ついでに母の形見の紋付、帯も吊るしました。こういう時こそ出番です。ただタンスの奥に眠らせて置かれるよりも、母はきっと喜んでくれることでしょう。

「生徒さん、入りますよ。」と声がかかり、ゾロゾロ入ってきた生徒の数は70人ほど。後で聞いた話が3クラス合同だったそうです。これも予期してませんでした。てっきり前回同様、普通の教室で20人ほどの授業だと思い込んでいたのです。

授業の説明内容は以下の通りです。

1.日本の重要な行事。
2.日本が大きな技術発展を遂げた理由は?
3.日本文化と日本社会について。
4.日本社会が閉鎖的な理由
5.日本の物価
6.伝統的スポーツ、気候
7.フグについて。
  授業の課題がイシグロ・カズオの短編「Family Supper」。この物語にフグの話が出て来る)。
8.日本社会における女性の役割
9.日本経済がエレクトロニクス面で、目覚しい発展を遂げた理由
  (今は米国韓国に追い抜かれたけど^^;)
・日本とポルトガル間の文化、そして若者文化の違い
・サムライ文化は今でも残っているのか
・日本の主な産業は?
・なぜ日本人はビデオゲームやマンガに熱中するのか
 (これは、「君達は熱中しないの?」で切り返しましたら爆笑^^)
・日章旗の意味

これは英語の授業ですから、わたしも英語でとの依頼。しかし、この時、資料作成でタイピングしてみて、誤スペルがい~っぱいでした。話すときはスペルを気にしないでいられるものの、これはいかん・・・言葉は生き物。使わない、書かないと日々こぼれ落ちて行くことを実感。

たくさんの質問で、時間オーバー。生徒たちの希望で、次の授業予定だった数学の先生を待ってもらう羽目になったのでした。

最後は、J-pop music(日本のポッミュージック)を聞かせて仕上げです。選曲はわたしの好きな「チャゲ&飛鳥」の「On Your Mark」。これは若い子には受けること請け合い!

この学校の先生、兼わたしの日本語生徒のマリアさん、スタンバイしてまして、「はい、音楽!」
したら、イ、イントロが違う・・・すぐに分かりましたです、チャゲアスじゃなくて、中島みゆきの「ヘッドライト・テールライト」だーー!しまった!

前日、念のためにと、チャゲアスを聴いた時に、ラジカセに入っていた中島みゆきのを、チャゲあすのCDケースに入れ替えて、そ、そのまま持って来てしまったのだ・・・

慌ててストップ!あぁあぁあ、せっかくJ-Popを若い子達に聞いてもらえるチャンスだったのに、残念無念!

なんかねぇ、いっつもこんなオチがつくんです。トホホホホ^^; でも思いましたよ。「柔」でなくてよかった^^わたしは大好きですが、日本独特の演歌がしょっぱなからでは、多分難しい^^;

音楽を通して日本語に触れてもらうことができなかったのは残念でしたが、生徒たちは面白がってくれたようで、是非またと頼まれました。

スピーチすること1時間半ほど、終了後は花束と生徒が描いた絵をいただいてきました。わたしも久しぶりに英語の勉強になりました。英語のスペルがポルトガル語とごっちゃまぜになり、ボロボロですわ。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ spacesis in ポルトガル - にほんブログ村
2021年3月22日
 
生まれてからまだ一度も会っていない孫ちんの青空ちゃん、もう8カ月半になりました。
幸いにもモイケル娘はポルトガルにいても孫ちんの日々の成長が分かるように、スカイプを通してしょっちゅう写真やビデオを送ってくれるので、嬉しい。

手足を盛んに動かし、寝ながら足で床をドンドン打ち、階下へ響いていないかとモイケル娘は少し心配気味。手にしたものをじっくり眺めては叩いてみたり振ってみたり、口に持っていってみたりと、好奇心旺盛です。お座りもでき、背中をきちんと伸ばして座れるようになってきたようです。

そんな中、つい先だってはこんな可愛い写真が送られてきました。
mar19_1_1_2.jpg

所沢のわたしの妹からもらったプレゼントで、座ると自分と同じくらいの大きさが気に入ったようで、触っています。そして、まぁ、何を思ったのか、くまちゃんにキス。
mac19_2_1_2.jpg

ポルトガルではキスをbeijinho(ベイジーニュ)と言いますが、恋人同士に限らず、男女の友だち同士、親戚、知人同士があいさつ代わりに頬と頬をあわせるのも、そう呼びます(ただし男性同士はしない)。幼児にも「ベイジーニュしてちょうだい」と周りの大人たちがよくせがみます。

この写真を見て、モイケル娘に聞いてみました。「青空ちゃんにベイジーニュ、教えたの?」と。
「いや、自分で自然にやってたよ」
mar19_3_1.jpg
まだまだ頭でっかちの孫ちん。

おやおや、これは^^ 生まれついてのポルトガル人の血かしらん、とポルトガルのばっちゃんは思うのでありました。笑

ベイジーニュの写真と言えば、わたしの好きな一枚にこんなのがあります。
nuikooba2-1.jpg

我が東京息子の幼い頃。今は亡き、横浜のおば宅の縁側でのスナップ写真です。この東京息子も四十路に入りますです、はい。

孫チンがあの頃の息子のようによちよち歩き始めるころには、わたしも日本に会いに行けるようになっているでしょうか。そしたら、こんな風なスナップ写真を記念に撮っておきたいなぁ。

何と言うか、ビデオを通しては会っているものの、実際に抱っこしたりして面倒をみたりしていないもので、実感が湧かないのですよね。ベビー服も店が閉まっている今、できることは、着てもらいたいと思い、こうしてせっせとセーターを編むくらいです。

se-ta-.jpg
4枚目のセーター。今回は細い毛糸で。やっと目が少し揃ってきましたぞ。

下記、ベイジーニュについて書いてあります。興味あらばどぞ。

ポルトガルの愛情表現と挨拶の仕方
https://spacesis.blog.fc2.com/blog-entry-1971.html


本日もお付き合いいただきありがとうございます。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ spacesis in ポルトガル - にほんブログ村
2021年3月19日

lello6-1_2021.jpg

かつて、ガーディアン紙で「世界で最も素敵な書店」の一つとして取り上げられて以来、すっかり有名になり、今では地元のファンがなかなか入れないくらいツーリストがひっきりなしに訪れるようになったポルトのレロ書店。

コロナ禍で、このところ、すっかりダウンタウンから遠ざかっていましたが、その間に、今年115周年を迎えたレロ書店が、なんと、天国への階段と呼ばれる真っ赤だった階段が、ぎょえ~、こうなっちゃったんですと!

lello_2_1.jpg
赤い階段を見慣れてきた人には違和感いっぱいの配色です。Wikipediaより

濃い灰色と黄色は、パントンの2021年のカラーなのだそうです。灰色は病気や困難、苦境などからの、立ち直る力、レジリエンス(resilience)を象徴し、黄色は輝き、希望を表すとのこと。

lello_2021_1_1.jpg
Wikipediaより

ふむ。確かにこのコロナ禍のトンネルから一日も早く抜け出して、かつての普通の生活を取り戻したいと誰しもが願っていることでしょう。

それにしてもこの違和感がぬぐい切れない。そう思い、ニュースをさらに読み進めていくと、よかった!また元の赤い階段に戻るそうですよ。

下がわたしがここに通っていたころのレロ書店の階段です。
lello-2021-1.jpg

レロ書店については、下記で取り上げていますのでよろしかったらどぞ。

spacesis in ポルトガル ハリポタのモデルにもなったレロ書店↓
https://spacesis.blog.fc2.com/blog-entry-1572.html
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ spacesis in ポルトガル - にほんブログ村
2021年3月16日 

ポルトガルは3月末日まで非常事態宣言が延長されましたが、5月初旬まで約2か月をかけて段階的に制限緩和をしていくことになりました。

ステイホームの義務はもちろんありますが、第一段階の緩和として、今日から幼稚園、保育園、小学1年生から4年生が開校です。上級学年開校は4月まで待たなければなりません。また、美容院/理容院、マニキュア店などの同類業も開業。書店、図書館もオープンです。

カフェは店内に入るのはダメですが、入り口前でコーヒーを注文、自宅に持って行って飲むことはできるようです。考えてみたら、コーヒー、いわゆるエスプレッソですが、どんだけ長い間飲んでないんだろうか。最後に飲んだのがいつだったか覚えていないほどだったわ・・・

昨日からの緩和で、助かった~とわたしが感謝したのは、化粧品専門店がオープンしたことなんです。もちろん、店内へは入れず、店先で店員さんが一人一人の客を応対するわけですが、夫が午前中に仕事がないと言うので、頼んで基礎化粧品を買いに行ってきました。

わたしが使うSENSAIはあちこちで売っておらず、ダウンタウン、サンタカタリナ通りにある化粧品専門店でないと手に入らないのが問題なのです。

しまったなぁと思っているのですが、このメーカーのが自分の肌に一番合っているのを発見したんですね。以来、ずっとSENSAIを使用してきましたが、3週間ほど前、あれもこれもと切れ始めました。

メーキャップはほとんどしないのですが、1年の半分は日差しがきついぽるとがるです、手入れはときどき七面倒になるものの、なんとか頑張ってるわけです。

行ったところが、こんな具合でした。
santacatarina2.jpg

間隔をおいて列を作っています。雨が降ってなくてよかった!いつもはたくさんいる接客係ですが、今日の店内には二人だけです。

20分ほども待ったでしょうか、自分の番が来ると、奥から「ドナ・ユーコ!」と声をかけてきたマスク姿の店員さんはいつもわたしを応対してくれるアンドレアさんでした。後に人が控えているので「開業のメッセージ、ありがとう。助かりました」と礼を述べるにとどめ。

それにしても見てください、この閑散としたホコ天、サンタカタリナ通り。いつもは多くの人出でにぎわっているのに。わたしがポルトに来た当時の40年前ですら、こんな風景のサンタカタリナ通りは見たことがありません。

santacatarina1.jpg

下は化粧品専門店の数軒横の、老舗カフェ・マジェスティックです。
majesticcafe2_1.jpg

通常は通路にまでテーブル、イスが出され、中に入るために人が列を作っていて、まともに写真が撮れなかったカフェ・マジェスティックは随分前に閉店です。

昔、探検がてら朝の内からダウンタウンをよく歩いたのですが、9時半が開店の老舗ですから、人も映らないこんな写真が撮れたのは何十年ぶりでしょうか。

オーバーツーリズムで市内にホテル、ペンション、レストランがバンバン出現し始め、大丈夫なのかこれ?ブームが引いたらどうなるのだ?と素人目にも気がかりになっていたのですが、徐々に引くブームとは別の、コロナという突然の禍にどっと襲われ、先のめどが立たず喘いでいる町の悲鳴が聞こえて来そうです。

1年以上もこんな状態なのだというのを目の当たりにすると、コロナ禍からの経済復興は気が遠くなりそうな道のりです。
今回の政府の緩和計画が成功することを祈ってやみません。

にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ spacesis in ポルトガル - にほんブログ村
2021年3月15日 

「人間が発明した、破壊力を持ったありとあらゆる武器のなかで、もっとも恐ろしいのは、そしてもっとも卑怯なのは、言葉である。刃や火器は傷跡を残す。爆薬は建物や道路を破壊する。毒薬は後に検出される。言葉は、いっさいの痕跡を残さずに破壊することができる。」

ブラジルの作家、パウロ・コエーリュがその著書「Maktub(アラブ語で書かれてある、手紙の意味)」で書いています。

「ダサい、ウザイ、ムカつく」など嫌悪を表す若者言葉を始め、国会で飛び交う言葉とても教養ある議員が口にする言葉ではないんじゃないの?と思われる場面が増えて、暗澹とした気持ちになることがしばしばです。

イギリスの国会でのやりとりを見ていて思うのは、近頃の日本のようにグサグサと人の気持ちをえぐるような言葉はあまり使われてていないということです。相手を攻めるに至っては、時にユーモアが入り、議会場にドッと笑いが渦巻く場面が度々見られます。笑いは緊張した会場の重苦しい雰囲気を一気に変える潤滑油的役割をしてくれます。

醜い言葉でひたすら相手をののしり、いかにして言葉で相手をやりこめようかとする人間を目の前にするのは、気持ちのいいものではありません。見ていてホンマ、大の大人がこの状態じゃぁねと、国会でのやりとりにはうんざりしているのです。言葉遣いはその人の人格、教養が出てくるようにわたしは思うのです。

わたしはポルトガルの若い人達を中心に日本語を教えていますが、人を見下すようないわゆる汚い言葉も、折に触れて生徒には教えます。彼らに使って欲しくはないと断りを入れて、しかし、これらの言葉を投げつけられたら怒る権利があります、と教えるのです。

「他人の振り見て我が振り直せ」、言葉遣いには重々気をつけなきゃ、と思っていたところでした。先日、日本語授業の予習にと読んでいた「ねずさんの日本の心で読み解く百人一首」で、日本の中世社会を快活でノビノビと生きた清少納言という女性に触れ、更に彼女の作品「枕草子」に少し触れていました。

高校時代に暗記しました「春はあけぼの、やうやう白くなりゆく山ぎは、少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる」の出だしで始まる随筆集です。

ふむふむ、知ってるぞ、覚えてるぞ、と思っていますと、この枕草子の第28段「憎きもの」の部分を現役の女子高生に訳してもらったという下記の引用文がありました。

――引用始め

お部屋にこっそり忍んで来る恋人を、犬が見つけて吠えるのって、すっごい憎ったらしくない

あとね、ようやく密かに忍んで来てくれたのはうれしいんだけど、みんなが寝静まってお屋敷がシーンと静まり返っているのに、大いびきをかきながら寝ちゃうヤツ。 てか、絶対、まわりにバレバレじゃん><

それから、きっとバシッと決めようと思っるんだろうけど、大袈裟な長い烏帽子(えぼし)をかぶって忍んできてさ、慌ててんのか、烏帽子が何かに突き当たって大きな音を立てるヤツ。
なにそれ〜って思っちゃう(汗)。

それと、簾(すだれ)をくぐるときに、不注意で頭をぶつけて、「イテテテ!」って、大声をあげるような男って、サイテー。

あとさぁ、夜、忍んでくるとき、戸を開けるなら、少し持ち上げれば音とかしないのにさ、ヘタすれば軽い障子でさえガタガタ鳴らす男もいて、そーいうのって、なんかめっちゃムカつくよね。

――引用終わり

実に軽妙なノリで、もう脱帽的現代語訳です。上、文中の赤字部分は普段のわたしなら、「すっごい憎ったらしくない?」なんて、文法的に「すっごく憎ったらしくない?」でしょ!とか、「てか」ってなんでんねん、「てか」って。とか、最後の「めっちゃムカつく」などは、あきまへんで、と、ゼッタイ一言言ってたと思われる部分です。

いやもう、なるほどなるほどとひたすら感心する現代若者言葉訳でしたw さすれば、小見出しとも言える第28段「憎きもの」などは、現代語の「憎い」という意味合いからは離れているわけで、女子高生風に訳せば「ウザいもの」「ウザきもの」とでもなるのでしょうね。 ひゃ~、わたしとしたことが、使っちゃったよ、こんな言葉(笑)

いえね、自分は人との会話でこの手の若者言葉を遣うことはないでしょうが、それを使った訳が妙にピッタリ来るもので、枕草子が遥か昔の平安時代に書かれたものだとは思えないほど、いと、をかしく感じられたのでした。

若者言葉に対して少し認識を改めないといけないかしらん?

因みに、みなさま、ご存知かとは思いますが、平安時代は通い婚、つまり男女は同居せずに男性が女性を訪れる結婚の形が普通であったということを書き添えておきます。また、下記に枕草子第28段「憎きもの」の原文を掲載します。

忍びて来る人見知りてほゆる犬。あながちなる所に隠し臥せたる人の、いびきしたる。また、忍び来る所に長烏帽子して、さすがに人に見えじとまどひ入るほどに、ものにつきさはりて、そよろといはせたる。伊予簾などかけたるに、うちかづきてさらさらと鳴らしたるもいとにくし。帽額の簾は、ましてこはじのうち置かるる音いとしるし。それも、やをら引き上げて入るはさらに鳴かず。遣戸をあらくたて開くるもいとあやし。少しもたぐるやうにして開くるは、鳴りやはする。あしう開くれば、障子などもごほめかしうほとめくこそしるけれ。

本日もお付き合いくださり、ありがとうございます。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ spacesis in ポルトガル - にほんブログ村
2021年3月11日 

2011年東日本大震災の3月11日、息子は娘は?と、ニュースを知ってすぐ何度も試みた電話が通じず不安は募るばかりでした。

恐らくメールもダメであろうと諦め半分で開いたメールボックスの件名、「かあちゃん、地震起きました」が、目に飛び込んできたときは涙が出んばかりでした。我がモイケル娘が携帯から短いメールを送ってきたのでした。

その年の春は、日本旅行を予定していたこちらの人達が、放射能を心配して皆キャンセルする中、わたしは子供たちが心配で矢も盾もたまらず帰国しました。

子どもたちも地震からしばらくの間は、大事なものや水、非常食などを入れた避難リュックを枕元に置いて寝ていましたが、喉もと過ぎれば熱さを忘るで、きっとそのリュックもどこかになおざりにしていることでしょう。子供たちにはもう一度思い起こしてもらわなければならないと思っています。

今日は地震から一年ほどたった頃に書いた日記に再アップします。以下。

先ごろ、こんな記事を読んだ。

「三陸鉄道支援・釜石から復興未来ゆき切符11日発売」 

kiboukippu.jpg

「釜石から復興未来ゆき」の切符が大震災から1年となる11日、岩手県釜石市の釜石駅前で発売される。被災して大半の区間が不通となった三陸鉄道を支援しようと地元有志が企画した。有効期限は「諦めない限り」と書かれている。

切符が売られるイベント「かまいし復興の祈り」では、2500個のキャンドルをともし「復興の鐘」を鳴らして震災犠牲者の鎮魂と被災地の未来への希望を願う。2014年4月に全線開通を目指す三陸鉄道の釜石駅前が会場で、収益金で地域の足を応援する。

「諦めない限り有効」という言葉に未来志向があり、なんだか少し胸に響きます。瓦礫処理が震災復興に立ちはだかるという大きな問題もあり、復興にはまだまだ時間がかかると思われますが、今こそ政府、専門家、民間が知恵を絞ってこの問題に取り組んでいく必要があります。

放射線量の有害性についてはわたしは分かりません。調べれば調べるほど頭が混乱して来、もう検索するのをやめました。日本に住む限り、どこにいてもこの問題と向き合って生きていかなければなりません。それこそ諦めず復興未来に向けて一歩一歩踏み出していくことがおそらく解決策につながるのではないでしょうか。

復興切符を見ながら、こんなことを思いました。

わたしたちは生まれ落ちたとき誰しもが未来という切符を手にしているのだ。希望未来ゆきの切符だ。諦めない限り有効。釜石の「復興未来ゆき切符」と違うのは料金が書かれていないことだ。

月日が経つにつれ、希望は薄れ失われ、多くの場合、わたしたちはその切符の存在を忘れてしまう。わたしが言う希望とは、わたしたちを苦境から這いあがらせようとする何かだ。夢だ。もしそれが実現したら、と考えると自分をワクワクさせるような夢だ。若い人にはこの切符の存在を思い起こしてもらいたい。好きなことを一生懸命すればいい。諦めないかぎり有効なのだ。

わたしは?と考えてみる。今年は74歳になるけれど、何度も途中下車してヨレヨレになっているだろうその切符をまだ手にしていると思う。

わが子たちは?彼らもまた好きなことを諦めないで歩き続けていると思うしそうであって欲しい。希望はいいものだ、なによりもいいものだ、と、スティーブン・キングが「ショーシャンクの空の下」で言っている。

わが子たちも含めて若い人達には、自分が心から生きていると感じられることを今のうちにするがいい。一生懸命するがいい。「復興未来ゆき」切符には「下車前途無効」とあったが、若者の「希望未来ゆき」切符は、「途中下車有効」なのだ。何度しても有効なのだ。そして、使い方によっては、生涯有効な切符なのだ。

10年経れば、当時10歳だった被災地の子供ももう青年である。被災地の人々の苦労は並大抵ではなかったろうし、これからも続くであろう。釜石からの「復興未来ゆき」切符のその後はどうなったのか、分からないが、どうぞ、「希望未来ゆき」切符を常に手にしていることを思い出して、頑張って欲しいと心から願うものだ。


にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ spacesis in ポルトガル - にほんブログ村
2020年3月10日
 
雨が多くて外を少し歩くのを控えた冬場でしたが、数日前から朝一番の散歩を再開しました。近くの学校が閉鎖されているので、登校時間にかかるもののほとんど人に出会うことがありません。

学校の校庭に植えられた桃の花が、校庭の塀を超えて道路に枝を広げています。
sampo1.jpg

コロナ禍の中にあれども、春な忘れそ、であります。

前方から、夏によくすれ違ったプートルワンちゃんのマリリンと若い飼い主の女性が歩いてきました。一冬越して、マリリンも一回り大きくなっています。どういうわけか、わたしは犬にも
好かれるようなのです。散歩中の犬と出会うと、必ず寄ってきます。

マリリンは一瞬立ち止まって、あれ?とでも思ったでしょうか、わたしだと分かると飛び跳ねてきました。 わたしのいでたちは、夏場のサングラスだけと違い、今はマスクも加わって、顔全体が覆われた感じですからね。笑

散歩道からは丘にあるチャペルが見えるのですが、1時間ごとに鐘で時を告げます。歩きながら無意識にその鐘の音を数えてる自分です。 あれ?ひとつ足りないんでは?とこの間から思っていたのですが、もしかすると冬時間に設定しないで、夏時間そのままになっているのかもしれません。コロナ禍のせいで。

そんなことを思いながら、我がフラット近くまでくると、おやまぁ、長年のわたしの外猫、アタマォン(頭が大きな猫なので、アタマは日本語から、ォンはポルトガル語を拝借)が反対側から歩いて来るではありませんか。

わたしを見るなり、ニャニャニャォンですと。笑 
エサは日に一度、夕方にすぐ側にある亡きジョアキンおじさんの畑の側まで持って行くのですが、今朝は我がフラットの前でばったりでくわしたというわけでして。

お前、朝帰りかい?じゃ、ちょっとお待ちよ、朝飯を持ってくるし。と我が家の二匹猫の朝ごはんを後回しにして、この通り↓
atamao.jpg

ついでにこちらはうちのスネ猫、ゴロー君。なに、すねてんの?
goro.jpg

ではみなさま、本日はこれにて。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ spacesis in ポルトガル - にほんブログ村
2021年3月7日 

いい天気だが、週末は自粛ゆえ海岸へ車でひとっ走りというわけにも行かず。近辺を少し散歩するくらいにとどめなければなりません。つまんないけど、雨降りよりよしとする。

学校、レストラン、カフェ(パンだけ買えるがコーヒーは飲めない)など、食品店を除いたあらゆる店は全て閉店です。いったいこれがいつまで続くのか。70過ぎての1年の時間の喪失は大きいです。

やっと観光国として日の目を浴び経済的に活発に動き出したと言うのに、ポルトガルはこのコロナ禍による経済的打撃から立ち直れるのだろうかと不安になりますが、わたしが心配してもしかたなかね。前を見て歩くのみです。

さて、この季節になると思い出す息子と娘の青春の旅出発。
モイケル娘の大学卒業と同時に、息子も日本で英語を教える仕事をこちらで得て合流し、兄妹二人が関東で暮らすことになったのは2009年の春、ちょうど今頃でした。


衣服は二の次で、分解したpc接続音楽機器のパーツの箱二つを大事にバックパックに詰め込んで背負い、ノートパソコンを持って。

大きな旅行カバンは、関空に着くや、新しい住まいとなる千葉の新住所に宅急便で送ることになるので、パジャマくらいは機内手荷物に入れろというのに、音楽機器で重量目一杯、パジャマなしでも寝られると言って聞かない。

出発前々日まで、友人のアーティスト、ジェスパー君の引越し先となるアパートのペンキ塗りを手伝いに行き、夜な夜な出かけては午前様。出発の前夜、翌朝は4時起きだと言うに、まだ出かけようとするので、さすがにのんきなおっかさんも、「バカ息子!いい加減にせぇ~!」と爆弾落とし。

リスボンの住まいを引き上げて来た二週間、ひと時もじっとしていることのない息子ではありました。

出発前、「お前、千葉に宅急便で送るはいいけど、漢字は大丈夫?」と聞くと、
「うげ!ローマ字じゃダメかな。いいや、漢字書かなきゃダメだったら、書いてもらうから、プリントしてよ。」 っとっとっとっと、マジかい、息子^^; こりゃ先が思いやられそうだ。

9年間、毎週土曜日の日本語補習校に通い、通信教育も同じく9年間修めたとは言え、中3を卒業して以来渡日までの13年間、わたしと話す以外は日本語からずっと遠ざかって来た彼、無理からぬことではあります。

さて、3月3日、朝6時の便でフランクフルト→関西空港→福岡→下関へと26時間の長旅です。(当時モイケル娘は下関から九州の大学に通っていた)

息子が下関の娘のアパートに着くなりモイケル娘、
「兄貴、関空でたこ焼きと納豆巻きを食べて、今、コンビニで肉まんとカルピス買ってきて食べてる・・・」

カルピスは、1年に一度、クリスマスとお正月用にと、マドリッドから取り寄せる貴重な飲み物で、息子の好物なのであります。肉まんも然り。この手の日本食はこちらではとても高いもので、そうそう買えるわけではないのでした。

息子よ、分かる分かる^^

で、更にモイケル娘が続けるには、
「アパートに靴履いたまま、あがったんだよ~」
これには苦笑い。

昔、わたしたち親子が帰国して所沢の妹宅に滞在する度に、「ジュアン君!また靴履いたまま家にあがってる~」と彼女をしょっちゅう泣かせていたのでありました。あぁ、成長のないヤツめ、あの頃そのまんまではないか。

昨日まで息子の気配があった彼の部屋は、もぬけのカラ。息子の数本のエレキギターが、おっかさんとおとっつぁんの気持ちを反映するように、生気を失い寄り集まって立てかかっています。

その日は下関で一眠りし、翌朝はいよいよ、二人は、いえ、「二人+3匹の猫+それぞれのパソコン+それぞれのバックパック」らは、一路新幹線で関東へ移動です。その格好を想像するにつけ、なにとはなしに笑いがこみあげてくるおっかさんでありました。

小さい頃
幼い頃の兄妹

141_1.jpg
東京で独立し始めたころの兄妹

当初、「お金を貯めて、3年したらポルトガルに帰ってくる」と言っていた息子でしたが、早や十数年経ってしまいました。
十数年経つということは、5匹いた我が家の猫たちも2匹になってしまうというような年月の経過、普遍的な真理でもあります。
再び子供たちに会えるのを楽しみにしているこの頃です。

本日もお付き合いいただきありがとうございました。
ではまた。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ spacesis in ポルトガル - にほんブログ村
2021年3月3日 

我がモイケル娘が中学生のころだから、かれこれ20年前にもなろうか。
日本語口語上達ツールのひとつとして、当時ブームになっていたチャットルームなるものへの出入りを許していた。(この件については、既に書いているので後記にて案内する)

許したのだが、チャットボディガードと称して娘の横にぴったんこくっついて、チャットのなりゆきは全て読んでわかっていたのであった。笑 果ては、最初のころ、「こんな人にはこう言ってやりな、ぎゃははは」と見ていただけでなく、横から口も出していた母ではあった。

そうして、母子二人お世話になり、時にはわたしがホストの代理を務めたりした「不夜城チャットルーム」も有料化される段階で解散したのだが、メンバーにそそのかされ、結局、わたしがホストとなり、「カフェ・バグダッド」なるチャットルームをYahooで開いたのだった。もちろん無料である。

部屋の名前は、大好きな映画「バグダッド・カフェ」をポルトガル式にした「カフェ。バグダッド」。
bagdadcafe1.jpg

モイケルは既に大学受験をめざして日本に渡っていた。
今日は、その頃のチャットルーム、カフェ・バグダッドでの思い出話である。以下。


某月某日 カスタネットの音

ポルトガル時間の午後3時、日本では零時になりますが、まちゃ(メンバーのひとり)の要請があり、昨日は久しぶりにYahooにてカフェ・バグダッドを開店して見ました。
この頃のチャットルームでは、文字チャットのみです。それで、メンバーのゴッチが流してくれるBGMを聞きながらの、仲間内のチャットでした。

その日は音楽係のゴッチが出勤して来なさそうなので恐る恐る「話しっぱなし」ツールを使って音楽を流してみました。このツールを入れるとわたしのpcは決まってフリーズするんですよね。

しかし調子よく進み、「これを流すとすぐフリーズだ!」と言われている「アンチェインド・メロディー」を珍しく最後まで何事も起こらず行きましたよ!

うひょひょひょ、とぬか喜びしておりましたところが、会話の途中から、まちゃが、どうも噛み合わないことを言い出しました。
「カスタネットの音が・・・ママ、踊ってるの?」
(ママとはメンバー最高年齢のわたしへの尊称。テヘへへ)
「誰がやのよ。」と言いながら、フラメンゴだのフラメンコだのと交わしていたのですが、しかし、話が噛み合わない・・・

そのうち、メンバーの一人が「笑い声が聞こえる」「鼻歌が聞こえる」と言い出した。げ・・・わたしはチャットしながら声たててよく笑うし、BGMにあわせてよく歌うのだが、聞こえてるはずがない。しかし、なぜなのだよ?ということになりまして。じゃ、こっちのマイクがつつ抜けなのか!いやだなぁ。

すると、まちゃが言っていたカスタネットの音?と言うのは、わたしのキーボードをたたきまくってる音・・・^^;笑い声も鼻歌もわたしの・・・・?

ウソやん!
あわててマイクを引き抜こうとしましたが、パソコン台のうしろは蛸足状態!どれがどれやらわかりまへ~ん。

仕方がない、緊急策でマイクに白い布をかぶせて見ました。
「まだ、聞こえるよ。カタカタカタカタとキーボードの音が」とみんな言う。笑
マイクを更に布でグルグル巻きにし、大きな飾り皿の後ろに隠してみた。
まだ聞こえる言うのです、全てがはっきりと^^;

なんでやのよ!この安物マイク、そんなに性能がいいはずないのだ。こうなったらなんとしてでもマイク接続線を引っこ抜くしか方はありまへんで。

「お~~い、ダンナ」
夫を呼びまして、ああだのこうだのと言いながらやってましたら、ことの全てはカフェの皆さんに筒抜けw

わんちゃん「あ、ママ、だんなさんと英語で話してるんだ」
「うはははは、臨場感ありまくり~~」と・・・・(大汗)
夫、やっと見つけて引っコ抜きました、マイク!
ふぅ。

pcの前に座って、どれ、と思ったら、やすくん、
「ふふふふ。ママの鼻息が聞こえた」
ええ!なんで?マイク、もう接続してませんよ!
するとみんなも、「カタカタカタカタ」と囃したて^^;
ど、どないなってんのよ。

おかしいぞ、こりゃ。
するとですね、実はマイク付きWebカメラを接続させたままですがな。
んで、これなの?と思いそれを引っこ抜いてみましたら・・・・Saveしていた音楽全部逝きましたです、はい。わたくしの頭は気抜け状態に・・・・

マイク付きWebカメラにつながってるということは、こういうものなの?

「またこれして遊ぼうよ」って・・・って、カフェのみんな、もう堪忍してよ^^;

音楽係のゴッチがこないせいだ・・・ボソッ(と、人のせいにしてみる)
あわ、なす茶、ジナ、かかし、はぬ、みんなどうしてるかな?
今も変わらずつながっているのは、音楽係だったゴッチ、それになみちゃんです。
わたしよりずっと若かったのに、メンバーのまちゃは2015年に鬼籍に入りました。
こちらで綴っています。

別れを告げる 別れを告げる (fc2.com)
バイリンガル物語:チャット・ボディガード (fc2.com)
バイリンガル物語:口語習得ツール「チャットルーム不夜城2」 (fc2.com)
バイリンガル物語:口語習得ツール(3)不夜城 (fc2.com)

本日もお付き合いいただき、ありがとうございます。
お時間あらば、ポチっと応援クリックをしていただけると嬉しいです。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ spacesis in ポルトガル - にほんブログ村
2021年3月2日 

孫ちんの青空ちゃんが今日で丸8カ月です。
早朝に目覚めて、最初はぼ~っとなにか考え事、やがてすぐこんな感じだそうです。

march_1_2_1.jpg
寝返りをうって飛行機腹ばい。

march_1_3_1.jpg

ぷくぷくぷんぷん、元気いっぱいです。これを見て我がモイケル娘曰く、「元気でござる。今日も忙しくなりそうだな」笑
髪も伸びて来て、ばぶばぶば~とおしゃべりもさかん。
そう言えば初節句なのでありました。

側にいてお祝いをしてあげられないので、数日前に、ミニ人形を飾ってみました。
hina1.jpg

こちらはわたしが造った和紙の内裏雛、三人官女、五人囃子。
hina2.jpg

そして、こちらは昨日午後をかけて仕上げたセーターです。
sorachan2_1.jpg

今回は少し女の子らしくと、ピンクを入れてみました。まだまだ編み目が揃いませんが、それが手作りのいいところかもね、と自己満足。仕上げの裏の糸始末もあり、すっかり方が凝りましたぞ。

ついでに次の冬用にと前に作ったカーディガンに、花の刺繍の数を増やして、これも一緒にプレゼントとして贈るのです。
sorachan1.jpg

仕上げてホッとしたところが、どうも手持ち無沙汰の自分。笑 次の作品はどんなのにしようかと、頭をめぐらしています。もはや編み物中毒ですね。

ではみなさま、また明日。
にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ spacesis in ポルトガル - にほんブログ村
2021年3月1日 

今は子育てで多忙な我がモイケル娘、昨年の彼女のエッセイを紹介したい。今日は親バカです。笑 
以下

子どもは環境に順応する天才だというのを聞いたことがあるが、本当にそうだと思う。自分の身の回りから聞こえてくるのが2言語だろうが3言語だろうが、何の疑問も持たず「人によって話す言語を変えるのはごく自然なこと」と受け入れる。切り替えるスピードも早い。

それに比べて大人は大変である。大人とはうちの親のことである。第2言語(英語)どころか第3言語(父の場合は日本語、母の場合はポルトガル語)まで生活に雪崩れ込んできてたまったもんじゃないだろう。そう、私の両親は日々混乱していた。

例えば父。家族4人で外に食べに行った時のことである。レストランの駐車場に到着して車を降りると、携帯の電源を入れておもむろに暗証番号を入力していく。その時に発したことばが今でも忘れられない。フォー、キュー、ワン、スィンク。
4(four) 英語、9(きゅう) 日本語、1(one) 英語、5(cinco) ポルトガル語。

逆によく数字ごとに器用に切り替えられるなと思った。今でも我が家では伝説である。

母もまた、日々の生活がポルトガル語と英語中心に一変して、相当苦労したと思う。「ねーねーお母さん、猫の先祖って何かな~?」と好奇心旺盛の娘に対して、少し考えてから「さぁ…トウかヒョラじゃない?」と言う。ぽか~んな娘。それに気づいてぽか~んな母。ヒョウかトラと言いたかったようである。日本語の中でぐちゃぐちゃになっているという、父とはまた違った現象だった。

そんな両親や、身の回りの「変なことば」たちを私と兄はいつもおもしろがっていた。特にお気に入りだったのが中華レストランのメニューだ。グーグル翻訳がない時代である。拙い英語とポルトガル語で書かれたメニューはスペルミスや誤訳の宝庫で、それをめざとく見つけるのが兄妹の楽しみだった。

Beef with water (牛肉水浸し?)
たぶん牛肉とわかめの炒めもののこと。おそらくポルトガル語のalga(海藻)がágua(水)になり、そのまま英語になってしまったのだろう。

Muhrooms
sが抜けているだけで子どもは大喜びである。「マールームだって、マールーム、ぎゃはは」

Ants climbing trees
蟻の木登り。なんのこっちゃか分からんと、兄妹に大うけ。今回、記事にするにあたって初めて調べてみたが、本当にある四川料理「螞蟻上樹(マーイーシャンシュー)」らしい。いわゆる麻婆春雨のことだそうですよ。

今考えてみると実にいやな客だった。クスクス、ゲラゲラ笑う子どもたちを見て親も冷や冷やしたに違いない。
この「間違い探し」の癖は今でも抜けず、変なことばを見つけては家族に報告している。


オンラインショップ「東のポルト屋」の店主でもあるモイケルですが、子育て多忙でしばらく放置中。でも、興味のある方は覗いてみてください。

東のポルト屋:https://higashinoportoya.stores.jp/

にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ spacesis in ポルトガル - にほんブログ村
2020年2月28日 

雲一つない真っ青な空にいざなわれ、今日は昼食準備前にひと歩きししました。
spring3.jpg

畑の壁の向こうから菜の花が顔を出してる^^
spring2.jpg

spring1.jpg
野原一面春の色

昨日、病院関係者の夫はワクチン接種を済ませました。

アレルギーと軽い喘息体質のわたしは、実を言うとワクチン接種による副作用が気になります。で、しょっちゅう夫に「どう?問題ない?」と聞くもので、うっとおしがられていますわ。

とは言うものの、ワクチンがなかなか入ってこない今、一般人のわたしまで接種が回ってくるのは、いつのことやら。

気が乗らず、料理の手抜きが多かったこの頃でしたが、今日はちょっと気合をいれてみました。

suzuki1.jpg

スズキが手に入ったので、オーブンで焼きました。
出来上がり。ちょっと焼き過ぎたかな。笑
suzuki2_1.jpg

たっぷりのオリーブオイルと、それに白ワインが切れていたのでお酒を加えて1時間ほど焼きました。

ワクチンの副作用は女性の方が男性の2倍の率なのだとか。このまま夫になんの副作用もでないことを願っているのです。

では、みなさま、また明日。

にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ spacesis in ポルトガル - にほんブログ村
Click for Porto, Portugal Forecast 
ポルトガル ポルトの口コミ
ポルトガル ポルトの口コミ