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2020年10月30日 

ポルトガルのコロナ情報を始めに。

昨日、29日には一日の感染者数が4000を超しました。昨春には比べられないほど急増しており、看過できない数字です。死亡者数も昨日は40人とのこと。

フランスは一日の新規感染者5万にものぼり12月1日まで既に2度目のロックダウンに突入し、スペインも非常事態を宣言し、夜間の外出禁止です。フランス、スペインに比べると、ポルトガルは数字上随分低いのですが、人口比でみると、2国に大差ありません。これはちょっと怖いです。

バーや店舗の営業時間も午後8時までに制限され、今日から5日間、居住区域を出るのが禁じられていますが、それでも、勤務先からの証明書があれば移動はできるわけです。我が夫も5日間の移動禁止とは言え、医療関係の職業柄土日を除いては、いつものように出勤です。

また、教師生徒の通学、学校への親の子供の送迎や外国人ツーリストのホテル等までの移動はOKとは緩すぎでしょ。

この5日間と言うのは、週末ハロウィンパーティーの集まりと11月1日の万聖節休暇の家族集合に待ったをかける政府の思惑でしょうが、これくらいの規制で治まるような武漢ウイルスではないと思われ。 

コスタ首相は2度目のロックダウンをするつもりはないと言ったものの、この数字がどんどん上がって、1日の感染者数が5000、6000になったら、さすが、その言を翻さざるを得なくかるかと思います。この先、感染者数が増加していくのが見えるのは、気持ちを暗くしますがな。

武漢コロナの影響で、日本語教室をオンライン授業に切り替えたのが4月半ば。対面授業の時は9人いた中級クラスでしたが参加できない生徒、また、オンラインは好きではないという生徒が出て、残ったのは5人です。

新たに開講する初級コースのクラスもあったので、土曜日はそのクラスを入れるとpcの前に4時間半座ることになるので体力的に辛い。 

そこで、中級クラスをそろそろ卒業させようかと思い、基礎文法は一通り教えたしJLPTも漢字検定試験も、なんとか合格してきたので、もう自分で勉強できるはずです。このクラスを解散しましょうかと提案したら、反対され、結局日曜日の夕方6時から1時間との話が、ついつい毎回90分に及んで、今に至っています。

そんなわけで、9月以降のわたしのスケジュールは週末の休みなし。月曜日と火曜日が休みになりました。と言っても火曜日の5時からと水曜日の午前午後と個人レッスンが入るので、なんだか、1週間ずっと休みなしで授業の準備と宿題添削、次回授業の教材をさっさと作り、早めに生徒にメールで送る、という時間に追いかけられているような毎日です。

しかし、思うように外出できない今の状態では、多分、この方がいいのかも知れません。そう考えて、今まで以上に教材作りに精を出していますが、精を出し過ぎて、生徒が悲鳴を上げないように配慮する必要もでてきますんで、手加減を心得なければいけないんですね。単位があげられる大学のコースではないわけですから。笑

ちょっと疲れたかもな、と先日午後はぼけ~っとし、普段は夜のニュースまでひねらないテレビのチャンネルをいじってましたら、お!懐かしや、「Saturday Night Fever」ではないか!ひゃ~、トラボルタの若いこと!と、自分も歳いったのを忘れ、見入っていたのでした。

saturdaynightfever.jpg

暗い気持ちを切り替えよっと!と言うので、以下、この映画にまつわる思い出話をあげます。
1970年代終わりのアメリカ留学時代のエピソードです。以下。


「アリゾナの空は青かった:ずっこけ3人組」」より。

「グリーンが来るよ。」
砂漠の町アリゾナはツーソンに到着して三週間ころ経ったある日、シェアハウスの友、ロブが言った。ブルース・グリーンは20歳を少しだけ過ぎた、とても若い友人で、彼は前年まで日本で交換留学生としてホームステイしており、たまたまわたしが通勤に利用していた京阪沿線に住んでいたのである。

ブルースとわたしの出会いは誠に偶然なものであった。当時わたしは留学資金を貯めんがため、梅新のビアハウスで歌姫のバイトをしていたのだが、ビアハウスを9時半で終わり帰宅につくと、よく同じ車両に乗り合わせる外国人がいるである。

午後10時ともなるとさすが電車の乗客は少なく、乗り合わせ客同士は、お互い観察できた。若くて背の高い、色が真っ白の典型的なアメリカ青年がいた。気をつけなくたって目立つと言うものだ。後で知った話だが、あちらもしょっちゅう乗り合わせるわたしの顔だけは知っていたようだ。

それが、ある日偶然アサヒビアハウスへ、ひょこっと本人のバイト先、語学学校の上司マーチンさん、そしてイギリス人の同僚、ロブたちとで現れたのだ。その時のわたしたちのジェスチャーは、アリゾナ大学でわたしが同じ会社の同僚だったザワちゃんを見つけた時と同じようにお互いを指差しあって「ウォー!」(笑)

martinsan.jpg
ブルースが働く語学学校のグループ。右手前が校長のマーチンさん

アサヒビアハウス
かつての梅新アサヒビアハウス名物(現在は「アサヒ・スーパードライ梅田」と改名)、5リットルジョッキー廻しのみに挑戦するBruce君。横で歌っているのは当時のわたし。

そんな経緯もあってか初対面からロブとグリーンとわたしはすっかり意気投合、以後週末が来る度に3人でつるんでは、
「タコスとシャングリラが美味しいパブがある」と神戸へ、
「京都にビートルズって名前のビートルズ曲だけ聴ける店がある。すわ!」
「相国寺では観光客に座禅体験させてくれる。行こうよ!」という具合であった。ロブとグリーンのこの二人、背丈の差がありすぎてまるでサイモンとガーファンクルみたいで、それがとても面白かった。そのグリーンがミズーリーから車で数日かけて、ツーソンにやって来ると言うのだ。

そして、来ました来ました(笑) ミズーリーの片田舎の農家の子です、後ろが荷台になっている大きな車を数日運転してはるばるやってきたのであります。

久しぶりに顔を会わせたずっこけ3人組、早速砂漠へでかけて、前座席に3人腰掛け、アメリカはなんつったって車が運転できなきゃいけない、とわたしの運転練習(笑) 今はどうか知らないが「車を前進させられれば免許がおりる」と言われたくらい、当時のアメリカでは、自動車学校などに行かなくても運転免許がとれたのである。

アリゾナ
ソノラ砂漠で。グリーンとロブ。これだけ広かったら、さすがの運転音痴のわたしも何とか運転できそうだと思ったのがまちがいだった。

「ここだと車がほとんど走らないし、突っ込んでもサボテンだから、Yuko、心配するな」って、おいおい、みくびっちゃぁいけないよ(笑)。 とは思ったものの、情けないことにその通りで、何度もサボテンに突っ込みそうになり、横に座るブルースが慌ててわたしのハンドルを奪い取って切るのであった。

終いには、「運転能力まったくなし!」と二人に太鼓判を押されたのでした。今はこのポルトガルで、わたしが奇跡的にもイッチョ前に車を走らせているとは、二人とも夢知るまい。笑

アリゾナ
サイモンとガーファンクル、おっと違った、RobとBruceでした。 

アリゾナ
ソノラ砂漠の巨大なサボテンの前でグリーンと。これに突っ込んだら・・・^^;そしてこの背丈の差。ロブだけでなく、自分も同じくらいチビなのを忘れていたのであった(笑)              

夜ともなると、3人してわたしがこれまでに見たこともない巨大なアメリカンピザをたいらげ、当時上映中の人気抜群の映画「Saturday Night Feaver」を大学構内の映画館に見に行った。

わたしはツーソン大学で大学入学準備のESL(English as a Second Language)コースを半年取ったのだが、学内ではこの映画の人気に伴ってダンスクラブができ、映画のBGMであるBee Geesの音楽に合わせてカップルで踊っているのを何度も見かけたものだ。

グリーンはわたしたちシェアハウスのリビングのソファので寝、三日後に再びミズーリーのいつもの生活の場へと帰って行った。

三島由紀夫が「午後の曳航」の中で、ミズーリーのトピーカ出身の船乗りのことを書いてるのを教えてくれたのは、このグリーンである。それが彼のご自慢なのであったのだ。

「ずっこけ3人組」はあれから一度も再会していない


【追記】2012年1月に、ズッコケ3人組の一人、ロブと25年ぶりにフェイスブックを通じて連絡があり、わたしたちはネット上での再会を喜んだのでした。なんと当時は、オマーンの大学で英語教授をしていたのだが、現在はアメリカ人の奥方とともに米国籍を取得し、アメリカ在住だ。


Youtubeより。
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2020年10月28日

ポルトガルは本日から外でもマスクの装着が義務付けられました。ソーシャル距離が取れない場合と条件がついていますが、そんな・・・

人通りのない真夜中とか超早朝なら別だろうが、いつどこでBom diaとかBoa tardeとか声をかけられないとも限らない、要は一歩外へ出るなりすぐマスクと考えた方がいい。

これまでは、脚の運動と称して午前中の早歩きにマスクを付けないでいたのですが、この間から、試しにマスク装着で歩いてみていますが、ふと気づいたのがマスク費用です。

マスク装着時間は最高約3時間、マスクが湿るまでの時間がそうだと聞いています。でも、一度装着したものをまた付けるのは、どうも気持ちが悪いものです。いったん付けると、鼻口で呼吸するわけですから、マスクは多少なりとも湿りますわいな。

週に5日、朝歩くとして、その他、週2の食糧買い出し、それに土日の昼食は外食なので、少なくとも9枚から10枚のマスクを使うことになります。安いのも見かけるのですが、一枚1ユーロ、それもできればサージカルマスクが適切だと思っているのですが、これだと、私一人のマスク代が月40ユーロ(4800円)になります。

背に腹は替えられないし払えるからいいのだけれど、最低賃金が600ユーロくらいのポルトガルです、そんな中からマスク代40ユーロはきついだろな、と思う。

この武漢ウイルス、腹立つゆえ、改めて最新研究発表による性質を検索してみると、ツルツルした表面の物にこのウイルスが付着した場合、気温40°で24時間、30°で7日間、20°では、28日間も生存するのだそうだ。きわめてしぶとヤツです。

インフルエンザウイルスの生存期間は2時間だというのに比べ、コロナウイルスは手に付着した場合9時間残ると言う。インフルエンザの約4倍にあたります。また、締め切った室内ではコロナウイルスが12分間残るとも言われています。

こんなのを読むと、昨3月の時に武漢ウイルスに抱いた大きな不安がまたもや蘇ってくるのですが、英ウェールズ・カーディフ大学風邪研究所の元所長、ロン・エクルス教授はこれらの研究発表に対して「不必要に一般の人々の不安」を引き起こす内容だと批判していることも挙げておきたい。

教授によると、「ウイルスは咳やくしゃみ、汚れた指についた粘液が物体の表面に付着して広がるが、この研究では新型ウイルス媒介手段として人間の新鮮な粘液を使わなかった。新鮮な粘液はウイルスにとって不利な環境で。ウイルスを破壊する酵素を生成する白血球が多く含まれるほか、ウイルスを中和する抗体なども含まれるので」とのこと。

教授の見解では、「感染力のあるウイルスが物の表面で生き延びるのはせいぜい数時間だろう」だそうです。

いずれにせよ、用心するに越したことはなし。このところ、緩み始めていた武漢ウイルスに関する警戒でしたが、冬に備えて気を引き締めなければいかんなと思っています。

路上でもマスク装着となったせいか、今日の我がフラットの表通りには、午後2時だと言うのに人影が見えない。我々は3月までは普通の生活に戻れないと、ある専門家が言っていたと思いますが、3月までの我慢で終わったら、御の字(おんのじ)ではあるまいか。

モイケル娘の部屋のベランダでは、孫、青空ちゃんの記念樹、ブーゲンビリアの名残り花が鮮やかだ。2020oct28.jpg
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2020年10月26日 

毎日、武漢コロナのニュースに一喜一憂しているようではいかん、と言うので、今日は猫にまつわる古い話をば。

我が家に5匹猫がいた頃の話。一番若いゴロー君が、右上の牙が抜けそうで抜けないのをある日発見した。

牙はかなり下にさがっていて、下の牙と噛み合わず口を閉じることができないらしく、えさを食べようとすると触れるのが痛いのだろう、食べなくなった。

ごんたくるるごろ1
写真はクリニックに行く前日。痛みをこらえて寝るっきゃないのだ。というので、川の字で寝るゴロー君。左は年長齢11、2歳のゴン太。右目は全盲、左目もかなり見えなくなってきてます。まん丸なのはクルル。太りすぎだよ、君。(ゴン太もクルルも今は彼岸のむこうなり)

それで気が付いたのだが、口を閉じることができないと飲み込みもできないらしいのだ。結局ミルクも水も飲めなくなったので、先週の日曜日には、動物総合病院の救急へ夫が連れていってみた。人間並みである。

病院へ行った夫から診断の結果が電話で入った。

「抜歯して穴を開けたままはよくない。手術して義歯を構築しそれを入れる」

さ、差し歯じゃん!人間並みジャン!加えて手術費用は500ユーロ(=56000円)だという。ガビ~~ン!ということは、薬代だのその後の通院だので7、8万はかかりそう・・・

「どうする?」と電話で夫。

どうするったって、今、昼食作り中のわたしに即断せよと言われてもなぁ。飯が焦げるよ~。

ということで日曜日はいったんうちへ引き返してもらった。7、8万はちょっとかけすぎじゃない? だってペトやクルルもしばらく前に抜けたけど、そのままです。

結局、猫たちの主治医である近くのクリニックで予約を取り、昨日麻酔をかけて抜歯のみしたのだが、これとて、食事抜きで朝、連れて行き丸一日クリニック・ステイである。

そのことを猫好きのモイケル娘とスカイプで話したのだが、

spacesis:家猫で、えもの、とるわけじゃないからいいんだけど、
      外へ出たら、外猫たちに笑われるのだ、きっとw
      なんだ、おまえ、牙がないのか、ってw

モイケル:  失格なネコになってしまうねw
     (註:これは兄貴の間違い日本語をそのまま使ってみたようだ。
       「妹失格だ、お前は」と言うべきところを、兄貴、
       「お前は失格な妹だぁ」とやったようだ。爆。まぁ、文法的には、
      日本語の形容詞としての使い方が間違いではないのだがw)

spacesis: あははは、失格な猫って(笑)
モイケル: あ、でも意外と貫禄がついていいかもよw
spacesis: 牙がない貫禄なんてあるかいな。
モイケル: そ、そか。。 片目に斜め傷が入ってるようなカッコよさには
       ならんかw
spacesis: おお!旗本退屈男のことだね。
       いやぁ、そんな突っ込みができるなんて、モイちゃんもすっかり
       日本人じゃん^^ 

とまぁ、こんなくだらない親子話をばらしているのですが、かかった費用はいくらか?麻酔をかけて抜歯し、薬をいただいて60ユーロ=7000円弱ほどでした。これでよかったかどうかは知りませんが、仮に差し歯をしたとして、それとても人間と同じで合う合わないがあると思われ・・・すると、差し歯で一件落着とはいきません。抜いてしまったら後くされがなくなり、とりあえず
落着ですものね^^;

そんなわけで、写真は抜歯後の答辞のゴロー君の顔(笑)

ゴロー

ボクは嬉しくないのだ。。。。と、申しております^^;
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2020年10月24日 
 
先日も書きましたが、10月に入るやヨーロッパの武漢コロナ感染者数はどんどん増加しています。昨日はポルトガルで24時間内の感染者数が3000人を超えました。

ポルトを中心とする北部が今回は3分の2を占めましたが、これは工場数もさることながら、大学数が多いことが関係しているのではないかと思っています。

この数は、3月のとは比べ物になりません。身近でも、どこどこの家族に疑似感染者が出たというような話を耳にするようになりました。

夏場は大きな数字にならなかったのが、学校が始まり、一部テレワークを継続しているところもありますが、多くは職場に戻り、全国的に自粛モードが緩んで人々の気持ちも3月のロックダウンの頃の緊迫感が薄くなったことに所以してるからでしょう。

ポルトガル政府は、感染拡大防止のため、屋外でもソーシャルディスタンス(2mの間隔距離)が保てない場合は、10歳以上にマスク着用を義務付けました。違反した場合は100~500€(12000~62000円)の罰金を科されます。これは向こう70日間続けられます。同じ世帯に属さない5人以上の集まり、イベントも禁じられることになりました。

また、政府は今週末30日金曜日の24時から11月3日の5日間、全国的に市の境界線を超えた移動禁止を決定しました。つまり、居住区域から出ることはできません。

わたしなどは、この5日間、いつも買い出しに行っているスーパーが近くにあるけれど、別の地域区間になるので、行けないということになります。

これは、11月1日が万聖節(すべての成人と殉教者を記念する日)で休日(今年は日曜日にあたるが)、休暇を取って一族が会合に集まったり、31日のハロウィンで、老若男女、パーティーに出かけるのが多いので、事前に禁じたと思われます。

わたしもこの間からマスクをつけて散歩するようにしています。周囲を見てみると、通りで大声で立ち話をしている子供や大人が多くみられ、あ~ぁ、あれじゃなぁ・・・と思いながら見ているのです。

思うに、マスクさえしていれ、感染しないと勘違いしてるのではないか?マスクは感染率を少なくするが、問題は人と人が多く接触することにあるのです。

この調子で冬につっこむと、どういう状態になるのか、ちょっと想像できないな・・・

今年の帰国はついにならず。大阪出身の友人とメッセージでやり取りして気晴らし。
友:うな丼食べたい!
私:食べたない(ウナギは苦手)懐石料理食べたい!

色気のない話ではあります

武漢コロナは家族同士、人と人とのつながりを破壊するウイルスとも言えますが、これに負けずに頑張って、物足りないとは言われるものの、それこそ、文明の利器なるパソコンを使って、遠く離れている家族や友人たちと繋がりを続けて行きたいものです。

娘とは毎日のように、息子とは週1で。

そして、弘前南校の同窓生たち、みんな元気?
ところで、相さん、どないしてますん?



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2020年10月22日 新しい船を動かすのは新しい人たち

退職してもう10年になる補習校講師の仕事だが、親御さんからは、「肝心の教科書内容よりも、先生の面白話をよく覚えて帰ってきます」とは、父母面談でよくいただいた言葉ではありました^^;でもね、ちゃんと教科書の内容に沿っての話を聞かせるんです。

わたしが子供時代に梅の木に登りターザンの真似をして落っこち、腕の骨を折った話だとか、子供時代のトイレはボットントイレだったとか、水道というものがなくて、ポンプで水を押し上げるのだとか、それゆえ家族の留守中、水と間違って日本酒を飲んで急性アルコール中毒で死にそうになったのだとか。

テレビのない時代、夕方のNHK連続ラジオ放送に、少年探偵団とか「ああ、無常(今風は、レ・ミゼラブルです)」を聞いたのだとか、裏の小川の辺りでトンボとりや蛍とりをしたのだとか、そういう類の話であります。

大家族主義から核家族社会になり、もうそういう古い話を祖父、祖母から聞かされなくなった今の時代、子供たちも歴史というかこれまでの時代の流れと言うか、そういう実体感がなくなったのでしょうね。

わたしの話は子供たちからすれば、彼らのおばあちゃんの昔話のようなものです。それでもそういう話を聞くときの彼らは、教科書を勉強する時よりも目の輝きが違いました。

子供のわたしや妹、いとこたちを炉の周りに集め(一つ屋根の下に14、5人同居していた)、我が祖母は炉の灰の中にニンニクを埋めて焼いてくれたものだ。

灰の熱でホクホクに焼きあがったのをほおばりながら、
「むが~す、あったど(=津軽弁。昔、ありました、の昔話の始まり言葉)」と、祖母に聞かされた話は、継子いじめの怖い話が多くて、ウソついたり悪いことをしたりすればこうなるんだよ、「とっつばれ」で終了。子供心に、あんな風になるのはいやだいやだ、と思ったものです。

「子の目」と言う題で、我がモイケル娘の短歌にこんなのがありました。
「土曜日の 補習校までの道のりは 母の説教九年間」

ドキッと致しました。してみると、小1から中3まで朝の車での登校時間は毎回のように、運転しながら説教垂れてた母でありました。

しかし、説教も子を時に叱ることも人間形成には必要だと信じている母親です。勉強さえしてくれればいい、日本の伝統文化も結構でございます、それより、ひとつでも漢字を多く覚えてもらわないと、と言う親が増えたように思います。
なんでも手っ取り早く物事を運ぶことが善のように思われる今の時代、どこぞの大学で某映画監督が、「自動販売機の購入ボタンでも押すように答えが出てくる、教えてもらえると思うな」と学生たちを叱っておられたとか。

家庭教育や学校教育の結果は20年30年後になって出てくるものですからね。

我が子供時代から時移り、まぁ、今の世の中の無慈悲なこと。
親殺し子殺し、高齢者の自宅ミイラと、義務を忘れて権利自己主張、欲ばかり。お釈迦様もびっくなさって、極楽から蜘蛛の糸を垂らし脱地獄の慈悲のやり場に躊躇なさるような酷い事件が多過ぎます。人間、生活が便利になればなるほど、無感覚化するのでしょうか。
ま、諸行無常の人間界、歳いったわたしがああだこうだと言うのもなんですが、他に言わなきゃ誰が言う。せめて我が子たちにはある程度のことは言ってきたつもりであります。あれやこれやの教科書の知識も大切ですけど、それだけでは何かが不足なんだと思うんであります。新しい船を動かすのは新しい人たち。その船が輝く未来に舵をとっていることを、望むほかはありますまい。

さて、子育て間もなく4カ月目の我がモイケル娘、青空ちゃんにしっかり向き合って悪戦苦闘しております。ちょっと真面目過ぎるかなぁ、なんて思ったりする時があるのですが、なぁに、大丈夫さ、今の状態がいつまでも続くわけでなし。子は日に日に成長する故、今を楽しむ方向に持っていけたらよろし。

船の舵をとるのは、モイケルよ、お前さんたちです。

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珍しく女の子らしいベビー服の青空ちゃん
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2020年10月19日 

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朝の散歩を始めて2か月半になるが、2週間ほど前から歩く時間を10時半からに変えた。

3月から武漢ウイルス禍で閉鎖していた近く学校が,ようやく始まり、散歩の往路がちょうど学校の始まる時間にあたり、多くの子供やその親たちとすれ違うことと、通勤時間帯でもあり、車の往来が多いことが理由だ。
今朝も一通り台所をかたずけ、ベランダの植物に水やりをして30分ほどいつもの道を歩いてきた。歩く時間は物事を考える時間でもある。天気は曇り。

突然一陣の風が吹き、枯れ葉が舞い落ち舞い上がった。立ち止まり秋だなぁと、しばし落ち葉のロンドを眺めて来た。
さて、この一週間は、オンライン授業の準備のためpc前で教材作りに奮闘し、目がショボショボになりました。オンライン授業は楽だろうからもっと安くしろ、との声を聞いたりしますが、どんでもござらん(笑)

そう思っていたら、国立大学の准教授である相棒Oちゃんのご主人も同じことを言っていたと言う。もちろん、大学の准教授とわたし如きとを比べるのは僭越ではあるのですが^^;

対面授業と違い、実は少しの息抜きもできないのがオンラインのしんどいところかな?とはわたしの思うところです。時にジョークを言ったりして、生徒たちもわたしもわずかの間、息抜きらしきものができるのが対面授業です。

しかし、既に対面授業で数年教えてきているグループは別として、初心者コースの場合、pc画面に映る数人の生徒に向かっていては、ジョークの一つもなかなか言えないところがあります。もうしばらく、わたしも含め生徒同士がお互い顔見知りになってから、その機会を探ろうと思っています。

オンライン授業の利点は、遠距離からも参加できることですね。今回の新クラスには、マデイラ島からの高校生がいます。

日本語に興味を持ち、島内で教えてくれるところを探したのだがなくて、大使館まで連絡をとったとのこと。最初のオンライン面談で話したら、自分でひらがなカードを作成して独学を始めていました。個人レッスンでもいいと言ったのですが、グループで学んだ方が安いし、それにライバル意識も持てるし、楽しくもあると思い、グループに引き込みました。

ochiba2.jpg


この数日、日に2000人以上の武漢ウイルス感染者を出しているポルトガル、フランスは24時間で感染者3万人、スペイン、1万5000人と、冬に向かって再び感染者数が増加しています。アメリカの大統領選挙が終了したら、このウイルスも収束するとの見方もあるようですが、本当にそうなって欲しいものです。

来春はダメでも、来秋にはきっと帰国できると信じ、コロナの時代をオンライン授業に没頭して乗り切りたい。もう昨春のように、恐れてばかりいて何もする術を持たないというのはごめん被りたい。みなさまも、しっかと!
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2020年10月18日 
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ポルト、初秋の公園


辞書で「マキアヴェッリズム」と引くと、

①どんな手段でも、また、たとえ非道徳的行為であっても、結果として国家の利益を増進させるなら許されるとする考え方。イタリアの政治思想家マキャベリの思想から。
②目的のためには手段を選ばないやり方。権謀術数主義。

と、出てくるのだが、それなら、現在のC国がマキアヴェッリズムを地で行っているとわたしは思う。 が、マキアヴェッリズムに対するわたしの解釈は少し違う。マキアヴェッリの真の思想は、目的のためには手段を選らばない、だけではないと思うのである。
彼は合理性以外にも、安定した国家には「法律」や「徳」、「力」が必要だと考えた、とどこかで読んだことがあるが、わたしはそこがマキアヴェッリの思想の大切の部分だと思っている。

数年前に読んだ本に塩野七生氏の「我が友、マキアヴェッリ」がある。
その中から抜粋した言葉を今一度挙げてみたい。赤字はわたしの突っ込みです。

・自分たちの国の運命を他国の軍事力に頼ってはならない。
まるきり人の軍事力に頼ってる日本ではある

・全ての都市、すべての国家にとっては、領国を侵略できると思うものが敵で
あると同時に(うん、いるいる。それも大小3隣国だ!)それを防衛できると
思わない者も敵なのである。 (いかにも!国内にも敵はあり
君主国であろうと共和国であろうと、どこの国が今までに、防衛を他国に任
せたままで自国の安全が保たれると思ったであろうか。

政治上の無能は経済上の浪費につながる。(ほんとにその通り!IMFやらODA(やっと終わった?)やら果ては国連、外国人生活保護費やら、震災復興予算費流用やらの浪費をあげつらったらきりがない)

政治上の無能はしばしば節約を強いる部門の選択を誤ることにつながる。
ズバリ、民主党政権時代ののレンホーの仕分け作業

都市(国家)は、軍事力なしには存続不可能だ。それどころか最後を迎え
ざるを得ない。最後とは、破壊であるか隷属(近年、怖いほどに感じる)である。

普通、人間は隣人の危機を見て賢くなるものである。(チベット、かつての東トルキスタンこと、ウイグルを見よ!)それなのにあなたがたは自ら直面している危機からも学ばず、あなた方自身に対する信ももたず、失った、または現に失いつつある時間さえも認識しようとはしない。運は、制度を変える勇気をもたないものには、その裁定を変えようとはしないし、天も自ら破壊したいと思うものは、助けようとはしない。助けられるものでもない。

個人の間では、法律や契約書や協定が、信義を守るのに役立つ。しかし権力者の間で信義が守られるのは、力によってのみである(口先と金のバラマキだけではダメ)。

都市(国家)は全て、いかなる時代であっても、自らを守るためには、力と思慮の双方を必要としてきた。なぜなら、思慮だけでは十分でなく、力だけでも十分ではないからである。思慮だけならば、考えを実行に移すことはできず、力だけならば、実行に移したことも継続することはできない。

したがってこの二つが、いかなる政体であろうと関係なく、政治の根本になるのである。この現実は、過去においてもそうであったし、また将来においてもそうであることに変わりはないであろう。(力のない正義は無力だということだ

竜に一人一人順に食われていくのがいやならば、竜を皆で殺すしかない。
現在の竜はC国そのものであろう

上記、まさに現在の我が国に向けたメッセージそのものに捉えられる。

16世紀のイタリア、ルネッサンス期のフィレンツェ共和国に使えたニコロ・マキアヴェッリはさほど裕福でない中流家庭に生まれ、高等教育、今で言う大学を受けていないノンキャリア官僚だったとのことで、このあたりから引き込まれて読んだところが、んまぁ、あたかも我が国の政治家たちに言って聞かせているような、上記のマキアヴェッリの言葉であります。権謀術数のマキアヴェッリと言われるものの、至極まっとうな言葉ではありませんか。

この当時のフィレンツェ共和国は、四方を海に囲まれた島国の日本とは地理的条件は違っているものの、現在の日本同様、繁栄力の反面、軍事力を持たず、いざというときには傭兵に頼っていたのです。政府の優柔不断ぶりを、若きチェーザレ・ボルジアをして「あなた方の政府は嫌いだ。信用ができない。変える必要がある」とまで言わしています。このあたりも今の日本政府にそっくりそのまま聞かしたい部分です。

ノンキャリアであるがため第二書記局書記官の職以上は望めず、それでも祖国の独立を守ろうとするマキアヴェッリの東奔西走にも拘わらず、フィレンツェ共和国はやがて滅亡するのでが、読み進めながら、フィレンツェ共和国の姿が我が祖国と重なり、暗澹とした気持ちに襲われます。

賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶとはドイツ初代宰相ビスマルクが言った言葉ですが、今の日本の政治家は、自国の歴史は愚か、世界の歴史に学ぶなど及びもしないのでしょうか。手がけるべきことも何一つ進められず、「近いうちに」と無責任は留まるところを知らない。ほとほと嫌気がさしています。

我が祖国日本が、今、過去の歴史にもないような、異様な状態に見えて、わたしは怖いのですが、菅新政権が変わった今、日本がどのような展開をしていくのか。わたしの危惧がまったく外れることを願わずにはいられない昨今です。

本日の愚痴記事、御免あそばせ。実は8年前に書いているのだが、今、この感はますます深くなり、再掲してみました。

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2020年10月12日

午後7時半ごろ、通りに面したベランダから顔を出し、「いるの?」と下に向けて声をかけると、いつもの通りフラットの軒下で、ソーシャル距離でも取っているかのように間隔を置いて並んでいた黒猫3匹が、声の聞こえた上を見上げる。

こうして、皿代わりにしている一匹ずつのアルミホイルに入れたエサを4匹分持って行く。もう一匹のアタマォンは向こう通りのジョアキンおじさんの畑近くで待っている。

いつもと変わらぬように土曜日の夕方もわたしはそうしてエサを運んだ。最後のアタマォンにエサあげ、フラットに戻りしな、二匹の猫がわたしの後をついてきて、まだ食べたそうにしていたので、家に帰り大急ぎでおかわりを用意し、再び玄関ドアを開けたところが、突然、その二匹がいがみ合い、わたしが制止する間もなく取っ組み合んだと思ったら、二匹ともそのままフラットの前の歩道から道路に。

あっ、と思う間もなく、突然物凄いスピードで車が走って来、ドン!という音が聞こえた。見るまでもなく、一瞬にして何が起こったかわたしには分かった。道路には黒猫一匹が横たわっている。

駆け寄ると、目を大きく開いて頭から血をながしており、もう助けようがないのだと知った。体を撫でながら「いいんだよ、がんばらなくて」 わたしは心中、そうつぶやいていた。静かに目を閉じてやる。

近所のおばさんたちが集まって来て、「Coitadinho=コイタディーニュ=可哀そうに」としきりに言っている。 このままにして置くわけには行かない。

わたしは、大急ぎで家に帰り黒猫を包むための新聞紙と箱を持ってくると、若い女性がオンオン大声を出して泣いている。猫には布がかけられてあった。「あなたの猫だったの?」と問うと、違うのだという。わたしのように動物好きな娘なのだろう。

布ごと黒猫を両手で持ち上げ箱に入れた。気が付くと、無意識にわたしは手袋をしていたのである。夫もいつの間にかその場に来ていた。「うちの車庫に入れて置いていい?」と夫に同意を求め、運んだ時の猫の重かったこと。

猫を轢いた車が止まるどころか、スピードも落とさず走り去ったことに、後で腹が立った。こういうことがあるからこそ、わたしは自分のフラットサイドでエサをあげ、アタマォンに関しては、通りを渡ってわたしに近づこうとするときは、来るな!と叱るのだ。

3匹の黒猫はよく似ており、果たしてどの子が箱に入っているのか、わたしはよく分からないのだった。名前もない。黒猫ノーネームだ。黒猫ノーネームは一晩うちの車庫で眠った。

日曜日は動物クリニックは休みなので、ポルトのサント・アントニオ病院付けの大きな動物病院へ電話連絡し、緊急として持って行った。プライベートな動物クリニックで対処できないときには、この大きな大学病院を紹介される。人間といっしょやね。ここには2,3年前に瀕死の状態でゴローが一週間入院し、つい先ごろも老齢のぺトが2度ほど検査と点滴を受けるのに2、3日入院している。嬉しいことではないのだが、 言うなれば、常連だ。

santoantonio1.jpg

ここで火葬してもらうのだ。 こういうことは見て見ぬふりすることができないわたしは、これまでに道端で亡くなっている猫を3度ほど拾って夫と近くのクリニックに持って行ったが、その時は40ユーロほど払っている。この病院では費用は猫の体重で決まるのだそうだ。人前で涙が見せられない性分のわたしは、これを書きながら泣けてくる。

黒猫ノーネームの葬儀代4ユーロなり。
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2020年10月8日 

武漢ウイルス禍で、私同様、我が東京息子も大学の講義は全てオンラインの毎日のようだ。体がなまるからと、もっぱらジム通いと自転車を乗り回して、なんとかうっぷんを晴らしているらしい。

妹のモイケルといるときは、絶え間なくからかいちょっかいを出して暇つぶしをしていて、モイケル、よくもまぁ、耐えられるなぁと感心したものだが、その妹ももう一児の母親で、同居していない。

息子の口が閉まっているのは寝てるときだ。「お前、ポルトの仲間と一緒のときもそうなの?」と、聞いてみた。「僕が静かだと、いったいどうしたのだ?とみんなが心配するんだそうで、果たしてダレに似たのだろうかと、ある時話がでた。

人をからかって喜ぶところは、我が父の血ではあるまいか?父は食事中に「ひろいち、ひろいち」とよく母をからかって喜んでいたものだ。「ひろいち」とは、「弘前(ひろさき)で一番」という意味で、何が一番なのか、ついに分からずじまいだったが、母は父のからかいにいつもプンプンしていたのを覚えている。

次から次へと弾丸の如くぽんぽん言葉が飛び出してくるところは、我が日本人の血筋ではない。さりとて、夫側にもその心当たりはないという。すると息子いわく、「ボクの性格はBad combination(よくない結合)なんだよ。パパのStubborness(頑固さ)とママのRestlessness(絶えず、休まず動くこと)の。はははは」

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エレキギターからアコースティックに。勉強よりギター練習の時間が長かった息子

えー!と一瞬、固まった母のわたしである。思わず我が身に問うてみた。わたしってRestlessなの?

して見ると夫に「また増やすのか」「まだやるのか」と幾度か言われたことがある。近頃それを耳にしないのは夫が諦めたのであろう。あれやこれや仕事を増やして途中でアゴをだしそうになることも多々あるのだが、結局ひとつ終わってはまた別のことに手を出してしまう性分だ。

そうかいそうかいと心中思いながら、息子にRestlessと言われてちょっとギャフンだった。息子の性格はさしづめ日本とポルトガルがもたらした文化の合体とでも言えるだろうか。

そう思いながら、過去にモイケル娘が言った印象深い言葉を思い出した。日本へ渡り久しぶりにポルトに帰省した時のことだ。

「おっかさんと親父、性格の違いじゃなくて、文化の違いもあるんだねぇ。 一緒に住んでいた時は気づかなかったけれど、久しぶりに来て見て分かった。」

うほほほほ。あんた、ちょっとは大人になったじゃないの、と観察力に感心した。

惚れたはれたの間は見えないのだけれど、これが一緒に暮らすとなると、国籍の違う者同士、どうしても文化の衝突はある。

わたしたち、大きなやりあいはしないけれども、個人的な些細なことがきっかけで終いには、
「日本のこんなところは、よく目にしたよ。そういうところは、ああだらこおだら」と夫。
「なによ、ポルトガルだってこういうところがあるじゃない!」
と、最近ではめっきりなくなったが、日本対ポルトガルの国同士のいさかいに高じるなることは、時々あった。これは文化の衝突といえまいか。

個人の趣向の違いももちろん出てくる。例えば、音楽を聴くとき。わたしはボリュームを大きくして、音楽を満喫したい方。片や、夫は、かなり低いボリュームを好む。わたしから言わせると、「そんなんじゃ、音楽のよさが分からんじゃん!」です。

息子や娘があきれる「バター戦争」もそうだ。夫は固いバターを頑張ってナイフで薄~くのばしてパンにつける。片やわたしは、「それなら、冷蔵庫の外に出しておけば固くならない。固いバターは、バターそのものを食ってるみたいでいや!」(もちろん、夏は別だ)

それで、外に出して置くと、「バターを冷蔵庫に入れておくべし」と夫が抗議する。毎日食べるバターだ、冷蔵庫外に置いたとて、いたんでしまうところまで行く以前に食べてしまうでしょ(←わたしの言い分)

要は、彼は固バタ党、わたしはソフトバタ党。んじゃ、今日からバターはふたつにすれば?こっちの箱にはyuko、そっちの箱にはCarlos。これでどうよ!とまぁ、こんな具合だ(笑)

子供たちはそういう親のヘンチクリンなのを見てきて、もしかしたら、「なんでこうなるのか?」と思っていたのだろうか。それが、モイケルをして、性格の違いも文化の違いもあるんだねぇ
と言わせたのだろう。

モイケル娘がそういうところに目が届くようになったのは、やはり、日本の生活を通して自分も少なからず経験するところがあったからに違いあるまい。当時20歳の娘の口からその言葉を耳にした時は、娘もちっとは大人になったなぁと思ったのであった。

そして、彼女の兄貴にあたる息子の性格を一番よく見抜いているのは、実は親のわたしたちよりも彼女かもしれないと、思うことが近頃は度々ある。


結婚した今は、久しぶりに両親の生活ぶりを目の当たりにして、ドライな観察をしていたかも知れない。二人の人間がひとつ屋根の下で生活するとなれば、多かれ少なかれ大げさな文化の違いだけでなくとも、育った環境というバックグラウンドの違いがあるわけだが、それを越えて、ある程度譲り合わないとうまくできない。

最近、母子でそれぞれの夫の生活癖を時にブツクサ言い合ったりするのだが、男どもには悪いが結構楽しい時間ではある。

我が妹も言っていたが、思いのほか、自分を抑えて人に譲るところがあるモイケル娘だ。彼女も育った生活背景による衝突もどきがあるだろうが、自己主張と譲ることをうまく使い分けて、いい生活を築いて欲しいと思っている。

わたしと夫はと言えば、まぁ、今更変わるわけもなし。このまんま、そのまんまで参りますかね。
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2020年10月6日

気が付けば、3月からずっと日本人に会っていない。

一度、同郷の御仁から、「ちょっとお茶でも飲みませんか?ご自宅の前まで行きますし」とお茶に誘われたが、万が一、感染させるのもするのも怖くて断ってしまった。

武漢コロナが続いている今、日本語教室だって全部オンラインだし、1、2か月に一度の割で日曜日に開いていた四人仲間との昼食会も、これが落ち着くまでお預けの状態だ。

考え様では、日本人が皆無だった40数年前を思えばいいのだろうが、人間、日本語でうっぷんを晴らせる生活が一度始まると、後戻りするのは難しいものだ。

子供たちも家にいなくなり、武漢コロナで買い物以外はおいそれと外出しなくなった今、時になにとはなしに家の中をウロウロしている自分がいたりする。

近い未来の計画が立てられないというこの索漠感をせめて埋めているのが、オンライン日本語授業である。

日本語教室は、わたしの場合、教えだした頃がポルトガルの不景気時代で、若い失業者が多く、時間はあるけれどお金があまりない、という人たちを対象にして、授業料を安く設定して始めた。

収入が夫と併合されるので、その中から教室代と高い所得税を払うといかほどになるのか、実は計算するのが怖くて夫に任せてある。しかし、今、わたしの索漠感を埋めてくれているのは確かだ。教材作りも楽しんでいるところがあるし。

子育てを終えて、では、のんびりと好きなように生きてみよう、と言うことができない人間にわたしは入るのだと思う。働いて、生きている実感を得ようとする人間の種類だ。これも、好きなように生きることであろう。

武漢コロナは人と人とのコミュニケーションを破壊するウイルスだ。Zoomやスカイプ、ハングアウトなどのオンライン会議システムを利用して会話をしたり映像をみたりすることはできるが、直接触れることは不可能だ。

遠く離れた息子、娘、孫、妹に会いたい思いは、写真や映像ではまかないきれないものがある。1年に一度の帰国がこの不足部分を補ってくれていたのだ。

武漢コロナ禍を通して、触れることができる、実見する喜びというのを改めて知らされた気がする。

オンライン授業、在宅でオンライン勤務、オンライン旅行と、わたしたちは、今、武漢コロナ禍で人と人との接触を避けるため、言ってみればヴァーチャル(ほぼ現実だが、現実ではない)な世界に住み始めたのではないか、との思いが頭をかすめる。

ヴァーチャルな人生などわたしはごめん被りたい。人、その字の如く触れあい、支えあい、抱擁しあって生きてこそ人であり、人生であると思う。

コロナ禍の時代を生き抜いて、再び人間らしく子供たちと、孫と、家族と、友人と抱擁しあう日をきっと迎えたいと、武漢ウイルスの第2波に襲われつつあるヨーロッパ、ポルトガルで思う。

秋の始めを見た。
aki

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2020年10月5日 

gato-tanpopo-kit.jpg
今は亡きゴンタ君。とても賢いボス猫でした。


かれこれ7、8年も前になるのだが、今は老人ホームに送られてしまった近所のジョアキンおじさんが、まだ少し元気で畑仕事をしていて、わたしがせっせと畑に住む野良猫たちにエサを運んでいたころのこと。

特に、夏の初めにはあれよあれよと言う間に子猫の数が大猫を上回り、その時は数えてみると子猫だけでなんと11匹!ンもう、バンバカ産むんだから!と毒づいて見るもののネコにしてみたら家ネコじゃあるまいし、誰に遠慮がいるものか、です。

さすが数の多さに、うっ、これはちょっと大変化もと、この時はさすが不安が頭を横切りました。
「畑のネコのエサ代、うちの5匹ネコのを上回ってるんではないか?」と、以前夫に問われ、「そんなもん、とっくの昔のことであります」と返答を適当にしておいたのですが、いやいや、これだけの数になるとなんともはや。

毎夜10時頃のエサ運びには事情があります。こちらの食事が終わってからの夜のエサ運びはかったるい。では明るいうちにと、夕方にしたのですが、わたしの呼び声を覚えたのがネコだけにあらず。

joaquinojisan2.jpg

これがなんとまぁ、ジョアキンおじさんが畑で飼育している雄鶏雌鳥までもが「クワ~ックワックワックワ!」とだだっ広い畑の方々から駆け寄って来るようになったのであります。

でもって、コケコッコー!と雄鶏が更に雌鳥たちを呼ぶのであります。おい!コケコッコーは朝じゃないのか!と文句言ったところで始まらない。

畑の地面に落っこってるボウッキレを拾い上げて、追い払おうとすると、ぬぬ!雄鶏め、首をまっすぐ伸ばして赤いトサカをこれ見よがし見せびらかし、戦闘モードに入るではないか。

あのくちばしで突っつかれると思うと怖い。現に2度ほど、脚をやられ、軽い痛みが翌日まで残ったものです。

いくら人がいいわたしだからって、ジョアキンおじさんとこの食卓に乗るニワトリのエサやりまではしたくない。鳥目と言ってニワトリは薄暗くなると見えないもので小屋に入りますから、結局、明るいうちのエサ運びは諦め、再び夜の運びと相成ったのであります。

ところがここで思いもかけぬ客がある夜出現。
我が呼び声を聞きつけてゾロゾロ姿を現してきた猫たちに混じって、おろ?な、なんだ?畑の隅からモコモコとやってきたのが、うわ!どでかい真っ黒ネズミ!背中がこんもり盛り上がっていて大分の肥満。

ネコ達は一向に気にしない様子で同じ皿から共にエサを食べるではないか。どうなってんだ、ジョアキンおじさんとこの畑の生き物たち?

そのネズミ、20センチくらいもあるのです。いやだなぁ、と思いながら2度目に見かけた時のこと。モコモコやってきたそやつとわたし、目が合った!まん丸で真っ黒い目だ。思わず、「あんたは後でよ!残ったらなの!」と言うと、あらま、クルリと向きを変えもと来た道をスゴスゴ引き返したのには驚いた。

で、その時思ったのが、あれはネズミではないんじゃないか?早速ネットで検索したのがまず、野鼠、そしてモグラ。いや、これじゃない、違う。ひょっとしてハリネズミ?と言うので、次回の
顔合わせ時、そやつに顔を近づけてじっと見るとまず尻尾がねずみのそれではない。

毛も針ばっているみたいだ。そ~っと右手をのばして触ってみる。 痛い!これはこれは、ハリネズミさん。モグラもハリネズミも実物をこの目でみたことはありません。いやはや、初めまして。

その太り具合と言うか毛針具合と言うか、それが一瞬わたしの愛読書の一冊Sharlotte´s Web(シャーロットの贈り物)に登場する、見た目がこ憎ったらしい食いしん坊のネズミのテンプレトンを思い出させるので、名づけて「テンプレトン」。

そんなわけで、あの頃は、ネコたちとハリネズミのテンプレトンへのエサ運びをし、少し時間を置いて後片付けに行くのが日課でした。「よくやるよ」と夫に褒められたものです(汗)

冒頭で書いたように、ジョアキンおじさんは老人ホームに、そして畑の猫たちは全員いなくなり(これについてはいつか綴ってみたい)、今はわたしが「頭ぉん(アタマォン)」と呼んでる頭でっかちの老猫だけが、ジョアキン畑の出身で、畑の向かいの家の庭を寝床にしています。

でも、アタマォンにエサを毎晩運ぶのは、わたし。アタマォンに加え、どこかで噂でも聞いてやって来たのか、3匹の黒猫が加わり、計4匹が毎晩決まった時間に、相変わらずわたしを、いや、餌を待ち構えているのであります。
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2020年10月4日

今日は思い出話です。

ある朝のこと、掃除に我が家にやってきたベルミーラおばさん、ドアを入るなり、「オ・ドナ・ユーコ(オは人の名前を呼ぶときに前につけます)、えらいこってすよ」と、まだパジャマ姿でいるわたしの手をひっぱり、表通りのベランダへと導く。

「ほれ、あそこにある車、やられましたです。」と、我が家の隣のフラット前に止めてあるAudiの車を指差す。ド近眼のわたしは、部屋まで取りに行ったメガネをかけ、ベランダ越しに身を乗り出し改めて下を覗いてみると、あらま~~・・・

横の窓ガラスを割られ見事にやられております・・・
ガラスの破片がたくさん地面に散らばっているのが見えました。

まだ自分の車が泥棒にあったとは夢知らず眠っているか、はたまた出勤しようと今まさに階段をおりてきているか、持ち主にはただただお気の毒・・・

ベルミーラおばさんは今その車の側を通ってきて気が付いたのだそうで、車中はカーステレオはもちろんのこと、ハンドルなく、座席シートまでひっぱがされていたそうです。

まったく持って、悪いことをするのがいるものだ。座席をひっぱがして、なにか隠してないかと・・・誰が、今時そんなとこに物を隠したりするもんかい!と、わたしは思うのですが、そういう御仁やはりいるのでしょうか。

わたしたちは車を夫用わたし用と2台もっているのですが、車庫は1台分のスペースしかなく、わたしのはやもえずフラットのすぐ前に並んで駐車しているたくさんの車の1台の仲間入り。(ポルトガルではまだ車庫所有の義務付けがない)

自分の車が夜寝てる間に盗難事故にあったらと思うと、他人事ながら気持ちがズド~~ンと沈みました。

一度などは、隣人の車、朝起きてみると、車輪が4個なくなっていた!古い車で、カーラジオも盗んでいくだけの価値がなかったのでしょう、それは残っていたのですが、腹いせにこれも使い古した車輪を全部盗んでいくなんて!おかしいやら腹がたつやら。

それにしてもアラームはどうしたのよ?ガラスを割る音で誰も目覚めなかったのか、フラット一階の人たちよ^^;

そんなプリプリした思いでいましたら、今度はこの辺りの有名人、土地成金のジョアキンおじさん、市に売った畑をまだ使わせてもらい、そこは何十匹と言う猫ちゃんたちの住処。そして豚小屋があるのですが、そこで飼っていた「コブタが盗まれた~」!!!近年は日本でもこの種の泥棒がいるんだとか。

かつてなら、こそドロの季節は夏が相場(^^;)だったのに、泥棒の世界もせちがらくなったのか季節かまわずでんがな。

思い出したことがあります。
上述のジョアキンおじさんの畑を後ろに見渡せた我が家がかつてオンボロ借家であった頃。息子が中学生の夏休み。2、3人の友達が遊びにきて彼らはゲームに夢中。わたしはのんびり部屋で昼寝中。

やがてゲームを終えた息子、
「あれ?・・・部屋に置いたボクの腕時計がない・・・」と言う。
「何言ってるの。あんたのこと、ベッドの下とか後ろにでも落ちてるんじゃないの。」と、わたし。
素直にもまた、息子はベッドの下、枕元など探しましたが見つからない。

そのうち、「ボクの財布もないよ・・・・」
「まぁた、もう!どこに置いてるのよ」
「ゲームする前に、ここに置いたもの」と部屋の整理ダンスの上を指差す。

まったくもう、しようがない息子だ、と思いながら、何気なしにホールのピアノの上に目が行った。

そこには、その日の朝、掃除に来てお手伝いさんが忘れていった腕時計を、わたしは置いたはずなのだ。その置いたはずのものが・・・・・見当たらない・・・ない!

その時になって初めて、わたしたちは鳥肌がたったのであります。それで行くと、まっ昼間、開け放してある台所のドアから、抜き足差し足、わずかの合間に正に「こそドロ」がお訪ねくださったわけでして^^;

そういうことも知らずにゲームに呆けてた息子たち、のほほんと昼寝をしていたわたし、それにもう一匹!こそ泥が忍び込んだのも気づかず、グースカわたしと共に昼寝をしていた飼い犬のポピーー!!

情けないったらありゃしない。自分の油断を棚にあげ、「お前はいつから猫になったのだ!」とポピーだけはこってりわたしに絞られたのでした。

こんな話をしますと、一体どんな地域に住んでるのだ?と、いささか疑問に思われるでしょう。なに、ごくごく普通の郊外の住宅街だとわたしは長年思い込んでいるのですが、も、もしかして、違うのかな?えぇぇ・・・・??

お粗末さまでございます。
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2020年10月1日 

porto_zona_se.jpg
ポルト百景:ドン・ルイス一世橋の下の家

来週から開講する日本語クラスを入れると、3クラスのグループ授業をオンラインですることになる。

ところが、これまで利用してきたGoogle ハングアウトがいずれ終了すると聞き、ぎょえ、のわたしである。

せっかく慣れて、生徒たちも容易に入室でき、授業も、「先生、画面が共通ファイルのままで、今、話している黒板が見えません」とか、「今、どこやってる?(の~んびりしている生徒)」もなくなり、スムースに進むようになったと言うのに、終了ってなんでんねん!

pcのアップデートほど、超高齢者のわたしにとって紛らわしいものはない。なにしろ、パソコンの基礎など知らずして、めくら滅法でやってきたのだから、大したもんではないか、わたし(笑)

こういう時、わたしにはモイケル娘という強い味方がいる。我が東京息子も全ての授業は現在オンラインでしているし、元が大学でITコースを修了したのだから、教えを請えないことはないのだが、アヤツは自分が頭がきれ、呑み込みが早いので、わたしのようなドンくさい年寄りの相手にはふさわしくない。

その点、モイケル娘は実に辛抱強く教えてくれる。つくづく、教えることに向いているとわたしは思うのだが、本人は、「ときどき丁寧過ぎて、準備なんかで自分が疲れちゃったりするんだよね」なんて言ってる。

わたしのpc歴は、自分のホームページ作成から始まったのだが、それもこれも、モイケル娘が日本に大学受験に行く少し前に、おっかさん、わたしがいなくなったら寂しくなるだろうと、手をとり足をとり辛抱強くホームページ作成の手順を教えてくれたからに他ならない。

さて、無料ズームは制限時間が40分だと言う。一クラス80分授業だと、行ったん出ては再度入室することになる。これを2クラス続けると・・・いっそがしいなぁ(泣)

いったい、どんな感じになるのか、移動する前に実体験してみたいと思い、子育てでむっちゃ忙しいモイケル娘に、手の空いたときでいいから、と頼んでみたのが昨日のこと。

すると、今朝「ズームはしたことないからよく分からないけど、空ちゃん、寝そうだから、今から付き合える」と。早速、ズーム会議開始と相成ったのだが、途中、空ちゃんのおむつ替え、授乳と、赤ちゃんはこちらの思うようには行かないもんです。

しかし、要は40分で切れた後、どのようになるのかを知りたかったわけだから、その間、途中でお互い何をしててもいいわけで(笑)

さて、二人で時に話したり、時に席を外したりしてズーム会話をしていたのだが、あれ?ひょっとしてもう40分過ぎてない?いや、もうちょっと時間があるかな?などと言っている間に、小一時間は過ぎてしまっていた。

母:「もいちゃん、おかしいね。情報によると、開始後40分近くになると、なんかアナウンス
  みたいなのが出るって聞いてるんだけど、ウンもスンもない。おかしいなぁ。」

モイケル:うん。おかしいね。ひょとして、入室者が二人ってことに関係してない?

母:ん?・・・あ、そうだった!二人だけの場合は時間制限ないんだったぁ~。

何のことはない、自分がコロッとそれを失念していたのであった。
あ~あ、こんな具合では、ズーム習得の道のりは遠いのぉ・・・
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