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某年某月某日

わたしは元来が粗忽もの、それを脳内では日本語、英語、ポルトガル語の三カ国語が飛び交っておるわけで、この年齢ともなると日本語からポルトガル語や英語に切り替える言語の瞬間スイッチが効かなくなってきております。

ある年のこと、雨が降ったりやんだりのリスボンの街を夫とモイケル娘の3人で、カルモ教会目指して歩いたのですが、方向音痴の夫を先頭にして参った我ら、行けども行けども目的地にたどり着かず、とうとう口から出たブツクサ。

母「ゆっくり時間があってリスボンをZaraZara歩くのならまだしも、短い時間だと言うのに・・・」
モイケル娘「ほぇ?ZaraZaraっておっかさん?」

し、しまった!脳内スイッチの入力が遅かった!ブツクサ言った丁度その時我が視野に入ったのが目の前の店名「Zara」・・・とほほほ、「リスボンをブラブラ」と言いたかったところがZaraZaraになってしまったのでした。さすがおっかさんとモイケルが大笑い、情けない。これが表題の「リスボンZaraZara」の謂われであります。

旅行出発に先立ち、準備としてネットでざっと検索するのが常なのですが、今回ばかりは影絵の準備に追われその時間もなく、夫に任せたのが間違いであった。ロシオ広場からあんなに大きく見上げることができるカルモ教会です、そ
んなに遠いはずがない。坂道を上って行くうちに、これはオカシイと気がついた。

しかし、いつものごとく自信ありげに先を行く夫に迂闊にそれを言うと不機嫌のが目に見えている。さっきまでカルモ教会がやっとこさ見られると嬉々として歩いていた我が表情もいつのまにやら顔はくもり目はきつく、口元も「への字」に結ばれてじっと我慢の子。
さすがの夫もこの辺まで来て「まちがったかな?」とソワソワしだした。
「あったりきよ、だんさん、こんなに遠いわけないって。地図、見せてみぃ~」と内心では思うものの、ゆめ、口に出してはなら
んぞ(笑)

だが、ものは考えようで、グルグル迷ったおかげで思わぬ写真が撮れた。

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路面電車です。雨に赤が映えて素敵です。

リスボン路面電車
こちらも車体に鮮やかなデザインが施され、
 
方向を変えたところでカメラを向けると、あらま、ただ乗りのヤングマンがポーズをとって。
リスボン路面電車

ポルトにも2台の路電がありますがこんな風にカラフルにするのもいいなぁと思ったり。

こちらは、歩いて歩いていつの間にか辿り着いたサン・ペドロ・アルカンタラ展望台。目的地のカルモ教会からはずいぶん離れていたのですが、この展望台のすぐ横で、もう一台の路電を。
 
リスボン路面電車
石段から先は進めずここは終着点。

運転手もサービスでカメラにポーズを取り写真におさまって。
リスボン路面電車

道に迷ったおかげで市内を走る路電を見ることができたというわけです。

さて、丘の上にサン・ジョルジュ城を、そしてリスボンの街並が見渡せるこの展望台まで来て、さすが道を間違ったと認めた夫ではありました。
リスボン路面電車

本日もお付き合いいただきありがとうございます。
ではまた。
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2022年1月17日 

ポルトの目抜き通りサンタカ・タリナのホコ天にあるカフェ・マジェスティックは拙ブログで何度か取り上げているお気に入りの老舗カフェだ。

今でこそあまり行かなくなったが、ポルトがオーバーツーリズムになり、店に入るのに観光客が列を作る前は、ポルト散策後一人で入ったものだ。メニューはエスプレッソにスコーンと決まっていた。わたしが入っていた頃は、いつも午前中であったので、客と言えば数えるほどでカフェをすすりながら新聞に目を落としている人が多かった。午後に入ったりするとピアノ演奏が聴けたりした。

ポルトの老舗のカフェと言えば、1903年に開店、一番古かったCafé A Brasileira(カフェ・ア・ブラズィレイラ)があった。そのうち入ろう入ろうと思いつつ前を通るごとにカメラにおさめていたのだが、ある日閉店になってしまい、ひどく残念に思ったものだ。

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昨12月に夫に引っ張られてリスボンに3日ほど滞在した際、同じく目の前にあるのに通り過ぎてきたCafé A Brasileiraに入ってきた。実はリスボンのA Brasileiraはポルトより2年あとに開店している。そのためか、リスボンの方はかなり小さいカフェになっている。オープンした当初はシンプルなカフェだったようだが、1922年に今観られるような緑色の入り口を持つアールデコ調に改装された。

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カフェの前はA Brasileiraの番地120から122のモザイクタイルほどこされている。
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店内
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ポルトのマジェスティック同様、イスは細工の入った革張りだ。
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しかし、内装の華麗さではマジェスティックに比べられない。A Brasileiraを有名にしたのは、ポルトガルの詩人、フェルナンド・ぺソア(Fernando Pessoa)であろうか。ポルトガルの書店、みやげ物店などポルトガルのあちこちで似顔絵がよく見られるほどに、フェルナンド・ペソアは国内で人気がある詩人である。

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Wikiより

1888年にリスボンで生まれたが、少年期を英国領だった南アのダーバンで過ごし、英語で教育を受けている。これは後に英語ポルトガル語の翻訳家の道へもつながる。

17才で南アからリスボンへ帰国後、リスボン大学で学ぶが中退し、やがて文壇の世界に入る。ペソアがよく通ったカフェ「A Brasileira」の店先では、彼のお気に入りの場所だったところにぺソアの像が椅子に座っている。

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生前のペソアは詩人としては一般にあまり名が知られていなかったが、O・ヘンリーやエドガー・アラン・ポーなどの作品、ナサニエル・ホーソンの「緋文字(高校時代にわたしが読んで衝撃を受けた本)」など多くのポルトガル語翻訳を手かげている。

ペソアはまた、神秘主義思想やヘルメス主義の熱狂的な支持者でもあったようで、占星術や錬金術にも強い興味を持っていたようだ。宗教はNeo Paganism(異端教)、 Gnosticism(グノーシス主義)とある。サラザールの時代(1933年ー1974年)、1935年には、ファシズムへの批判を書きフリーメーソンを擁護したかどで、ペソアの作品は全て出版禁止の憂き目にあい、同年肝硬変で47歳で亡くなっている。

生前出版されたのは英語で書かれた4冊の本とたった一冊のポルトガル語詩集「Mensagem(メッセージ)」のみ。
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手元にあるフェルナンド・ペソアの詩集Mensagem。

詩集は3部に分かれた44篇の短い詩からなっており、第一部は「Brasão(紋章)」、第二部は「Mar Português(ポルトガルの海)」、第三部が「O Encoberto(隠されたもの?)」

詩人としてフェルナンド・ペソアが世に名を馳せるのは、死後50年が経った1980年代半ば、サラザールの時代が終わった後で、彼が残した木製のトランクに入った25000ページ以上に渡る遺稿が発見されてからだ。

ペソアの詩については、詩の解釈は人それぞれにあるでしょうし、まして原語となると、ポルトガル語を専門に学んだことがないわたしにはとんでもないことゆえ、言及しないでおく。興味のある方は、ネットで是非検索してみてください。

ペソアがグノーシス主義だという点は、大いにわたしの興味を惹くところである。

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2021年12月13日 

宮殿よりも写真で見た庭園のアズレージュに興味を惹かれ、一度行ってみたいと思いながらも長年できなかったリスボンのモンサント森林公園の端Largo São Domingos de BenficaにあるPalacio dos Marquezes do Fronteira庭園。

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先月末のリスボン三日間旅行で訪れて見ました。
宮殿そのものは、1671~1672年にかけて初代フロンテイラ侯爵により、狩猟や夏の別宅として建てられました。1755年11月のリスボン大地震で侯爵の主要住居も崩壊したため、この宮殿を改築増築して住居としました。

現在も子孫の12代目が住んでいるので、宮殿内はガイド付きで一部しか見学できないというのと撮影禁止とのことで、わたしたちはスキップ、宮殿正面の左側入り口から入り庭園のみを見てきました。
リスボン滞在の三日間は天気が悪かったため、画像が悪いのが残念なのですが、何回かに分けてご案内します。

今回はCasa de Fresco(フレスコの家)
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家と書かれてあるものの庭園の一角にある洞窟のようなスポット。Casa de Frescoは、内外部の壁に貝がらやガラス、石、陶器の欠片がぎっしり埋め込まれています。

これは、ドン・ペドロ王の時代、王が一度使ったものは全て、誰も使用してはならないという迷信があり、宮殿完成時の披露宴会で初代フロンテ色侯爵がドン・ペドロ王を主賓として招き盛大なバンケットを催しました。バンケット後、それに使用された食器類、コップ類等を全て割り、それらを散りばめたと言われています。
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この欠片は、今回わたしたちが見ることができなかった礼拝堂も同じだそうです。

下はCasa de Fresco内部。モンクの叫びにも似たような像がなんとも異様な気がします。なんだかぞくっときますがな。

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frescoとはポルトガル語では「涼しい」と言う意味がありますから、わたしたち日本人が夏に涼を求めてお化け屋敷に入るように、ここもそんな意味合いでこんな像を置いたのかしらん?なにしろ、この宮殿はもとは夏の避暑地として使用していたと言われますからね(笑)

フロンテイラ宮殿にはまだまだミスティックなものに出会いました。

本日はこれで。

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2021年12月3日 

冬の旅行は好きではない。が、夫に行くぞと言われ、既にホテルの予約も取ったというので、致し方なくリスボンへ3日間行って来た。

リスボンは昔、息子が10年ほど住んでいたので何度も往復しているのだが、実は観光らしきものをしていなかったのである。息子に会うのが目的で、会って食事を共にし、アパートをちょっと立ち寄っては帰って来る毎度であった。

じゃ、雑誌記事の取材も兼ねて、夫に付き合うかと出かけて来たのだが、思いの外疲れてしまった。帰ってきたその日から、オミクロン騒動でポルトガルは再びコロナ禍規制が厳しくなり、セーフだった。

リスボン市内を車で移動するのは、混雑が大変なのと駐車場を探すのに苦労するのとで、今回は車をホテルの車庫に置き、市内の移動はもっぱらタクシーでとなった。何しろ、メトロもバスも路電も、このご時世では遠慮したかったのである。

夕食を取るには時間が早いというので、目の前がテージュ川のComericio広場に面したMuseu da Cerveja(後日、紹介)にて、軽食をとった。

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Praça de comercio 広場のクリスマスツリー

この日は日曜日で、ツリーをみんがための人で広場はにぎわっていたが、広場からバイシャ地区に続くArco da Rua Augusta通りに目を向けると、ぎょえ!身動きができないくらいのもの凄い人出で、通りに入るのは止めた。

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広場から見たArco da Rua Augusta通り。

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この時期の風物詩、焼き栗屋があちこちに見られる。

リスボンのダウンタウンはどこもかしこも人でいっぱいだ。NY、東京、パリの大都市とは比べられないが、やはり都会だ。

リスボンの街に身を置くと、今は東京に住む息子を思わずにはいられない。街を歩きながら、息子はこの街のダウンタウンに10年住んでいたのだと考えると、どこかに息子の影が見えないかと、ふと思った。いるはずはないのだが、なぜかその影を探している自分に気づき、ちょいと切なくなりゃんしたね。

その息子にも、来春は果たして会えるだろうか。立てかけていた来春帰国の計画も、オミクロン変種株で今は止まってしまったのだが。

本日はこれにて。


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2021年7月23日 

リスボン大地震時の崩壊した姿をそのまま留めるカルモ教会の横道を進んで行ったところが、なんと知らなかった迂闊、そこが有名なリスボンのショッピング通りにある「サンタ・ジュスタ・エレベーター」に直結でした。
    
Elevador_of_Santa_Justa_platform.jpg
上の写真のみWikiより。

エレベーターの扉
リスボン

これまで何度か訪れたリスボン。その都度このショッピング通りを歩いては横目で見てきたサンタ・ジュスタ・エレベーター(Elevador de Santa Justa)、別名Elevador de Carmo(カルモ・リフト)とも呼ばれます

ポルトもそうなのですが、リスボンも坂道が多くカルモ教会周辺へ行くには上り坂です。このリフトを利用すると楽に行けるというわけです。リフトの高さは45m。カルモ周辺の丘とダウンタウンとの落差が以下に大きいかがこれで分かります。
リスボン

1898年に着工、完成は1902年、ネオゴチックスタイルのこのリフトはフランス建築アエッフェルの弟子だったと言われるポルト出身のフランス系、ラウル・ポンサルド。道理で鉄骨の構造をむき出した様は、エッフェルの作風をかもし出しているはずです。

Lisbon_sanataJusta1_2021use.jpg

リフトのトップから下をのぞいてみた。
リスボン
高所恐怖症気味のわたしには、こわぁ~、です。

リスボン
向こうに見えるはサン・ジョルジュ城。ポルト同様、段々畑のような家並み。

ポルトガルの地方もいいが、大きな街リスボンにはまだまだ冒険すべきところがあります。ポルトからはさほど遠くないことだし、今後は時々ツーリストとして訪れてみたいと思ってます。

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