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2022年6月12日 ジョニ・デップのNinth GateとシントラのChalet Briester

ここ数年、日本語教室が忙しかったのとコロナ禍とで、好きなポルトガルの歴史探索やシンボル探索を怠っていました。何年か前に日本からやってきた妹夫婦を連れてシントラを訪れたことがありますが、シントラはポルトの次にわたしが愛する町で5回ほどは行っています。

妹も「ユウ(わたしのことである)の案内で、ガイドブックにはない、普通ならば気づかないものをいっぱい見せてもらえた!」と我が案内を大いに面白がってくれました。行く度に新たな発見があり、わたしにとっては実に興味深い町です。わたしが行こうと何度も言うもので、の多少食傷気味な夫ではありますが、それを横目に、秋も深まる頃に来て見たいなぁとねだっています。

1990年代始めに初めてシントラを訪れましたが、宿泊したホテルのロビーから森の中にお城や旧貴族の館の塔がちらりほらり見え、まるでおとぎ話に出てくるような景色に感嘆の声をあげたものです。

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シントラの森の中にはこのような小宮殿や屋敷がたくさん隠されているのです。上の写真左に見える幾つかの尖塔がある屋敷は、今では多くの観光客が訪れるようになった「キンタ・ダ・レガレイラ」です。

この写真を撮ってわたしが最初にキンタ・ダ・レガレイラを訪れた時は、ツーリストが全くいなく、わたしたちだけでした。この屋敷に魅せられ、以後何度も訪れましたが、2014年くらいまでは人が少なく、シンボル探しには絶好の時間でした。一度などは、閉館時間に1時間足らずの時に一人で入ったことがありますが、庭園も屋敷もわたしがたった一人の見学者で、実に嬉しい思いをしたものです。

2016年に我がモイケル娘と婿殿を同伴した時は、団体客も含むあまりの人の多いのに失望して以来、シントラを訪れていません。市にとっては多くの観光客が訪れることで財政が潤うのでしょうが、あれでは新たなシンボル発見をするためにゆっくり見て回ることもできません。

さて、摩訶不思議なシンボルがいっぱいの町でなのですが、昨日は何気に目に飛び込んで来たニュースに、おっ!と思ったのです。なんと、今年2022年の4月から「シャレ・ビエステール」が一般公開されているというではありませんか。わたしたちが行った時は、私邸ゆえ門は閉じられており、外から邸の写真を撮るに終わったのでした。

8年ほど前にも拙ブログで取り上げているシントラの中腹にある「Chalet Biester」の紹介です。

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門外からやっと撮れた屋敷の写真。屋敷は個人住宅で入ること叶わず^^;

ポルトガル語では「シャレ・ビエステール」と読みます。Chaletと言うのは建築様式でアルペンスタイルの家のことだそうです。「Chalet Biester」は19世紀の建築様式イギリスのクィーン・アンスタイルとネオゴチック、ネオロマネスクが混同しています。建築家はJose Luis Monteiroです。

Biester館の存在を知ったのは、ジョニ・デップ主役の「The Ninth Gate(邦題:ナインスゲート)」をテレビで偶然観たときです。Ninth Gateと言うのは「影の王国への九つの扉」の意味。原作は、1993年に書かれたスペインの作家、アルトゥーロ・ペレス=レベルテの「デュマ倶楽部」で映画監督はロマン・ポランスキー。う~む、デュマ、ポランスキーと聞いただけでも摩訶不思議な作品と思えます。

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Wikipediaより

ジョニ・デップが演じるCorsoは稀覯本(きこうぼん)を発掘してはそれを売り込むことを生業にしています。ある日、世界に3冊しか現存しないと言われる祈祷書『影の王国への九つの扉』のうち、どれが本物なのかの調査を依頼されます。
捜査をするうちに不可解な殺人事件が起こり、やがて本物の本を見つける鍵は堕天使ルシファーの署名が入った挿絵の版画にあることを突き止めまる訳ですが、3冊の稀覯本を捜し求めて行く先がパリ、トレド、そしてシントラのこの屋敷です。

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シントラが出てくるのでこの映画を観たのではなく、偶然見ている途中で「あれ?知ってるジャン、この道・・・、シントラだ」と相成ったのでありました。わたしが調べる限り、シントラは太古の昔から「月の山」と呼ばれてきたエソテリックで多くの神秘思想主義者を魅了してきた町ですから、この映画の1シーンに取り上げられたのはさもありなん。

下記にネットで拾った画像をアップして見ます。

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森の中にあるBiester屋敷。

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正面。映画を観たからか、どことなく妖気が漂っているような気がする単純なわたしであります。映画では屋敷の前の噴水の中で、稀覯本の一冊を持った館主の死体が浮かびます。外見もさることながら、内部をもネットで拝見してみました。

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最初の持ち主はドイツ系のコルク大商人、Ernest Biesterだと言われます。

この部屋などはじっくりと観察して探ってみたい思いに駆られます↓
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屋敷内にある礼拝堂。色具合がフランスの「レンヌ・ル・シャトー」に似通っていないか?
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神秘主義には定番のドラゴンが見られる
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ジョニ・デップの映画そのものはシンボル探索好きのわたしには面白いものでしたが、断っておくと、わたし自身は特別にオカルトに興味があるわけではないのです。昔から残されて来たシンボル読解と、それらを未来の人々に伝えんとした人間の心理に興味をもつ者です。

いかにしてキリスト教が欧米社会を支配してきたか、キリスト教から見る悪とはなんだったのかとヨーロッパ圏に住んでみて、これを知らずして欧米の文化は理解できないだろうとの結論に達し、追っかけ始めた謎シリーズではあります。

私たち人間そのものが善と悪を内に持つミクロコスモス、されば、宇宙全体、マクロコスモスも然り。神、悪魔は言葉として知っているものの、それに対する欧米人の考えはキリスト教文化を背景に育っていないわたしにはなかなか理解し難いものがあります。

どこかで目にした、「悪魔には問題があるが 神にも疑問がある」がわたしの正直な気持ちでしょうか。

最後にNinth Gateの中からの言葉を。「Every book has a life of it’s own 」
ということで、シントラのシーズンオフにでも、この屋敷を訪ねてみたいと思っています。

ではまた。
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2019年10月6日

今日はコペンハーゲンを休んで、ポルトガルはシントラにあるキンタ・ダ・レガレイラの話です。

キンタ・ダ・レガレイラ

ユネスコの世界遺産が多く点在する小さな町シントラですが、その中でも際立っているのが、エキセントリックなレガレイラ館、庭園を含む「キンタ・ダ・レガレイラ(Quinta da Regaleira)」です。

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館の一部


19世紀末にポルトガルの大富豪アントニオ・モンテイロがイタリアの建築家ルイジ・マニニとともに10年の年月を費やして造り上げました。ロマネスク、ゴチック、ルネサンス、マヌエル式と建築様式は多岐にわたります。

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妖艶とも映る館もさることながら、森の中のジグラットやマグダラの塔、レダの洞窟などを注意してみると、錬金術やテンプル騎士団、バラ十字団などのシンボルがいたるところに隠されているのが分かります。
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マグダラの塔

これらの秘儀的なシンボルを森の中で探すのは面白そうです。キンタ・ダ・レガレイラは訪れる人を迷路に誘いこむような不思議な魅力があります。


ダンテの「神曲」をテーマにした井戸は必見です。大きな岩戸を押して9階の薄暗いらせん状階段を下りると、地価30メートルの大理石の床にはモンテイロ氏の家紋であり、テンプル騎士団のシンボルでもある「赤い十字」のモザイクがはめこまれています。

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重い岩戸を開けて井戸に入るモイケル娘

キンタ・ダ・レガレイラ


井戸の底からレガレイラの地下全体には、真っ暗な迷路が張り巡らされています。冒険心旺盛な人は、ぜひ、携帯電話のライトを利用して迷路を歩いてみてください。

「キンタ・ダ・レガレイラ」は、シンボルファンならば一度は読んでみたいモンテイロ氏の異端的な哲学を描いた一冊の本のようです。

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2016年12月8日 

去る九月に娘夫婦と訪れたシントラの「コルクの修道院」の紹介です。

シントラ山脈には樹齢幾千年もの樹木が生い茂っており、古くから大地の気が感じられると言われてきました。うっそうとした森の間からは離宮や小宮殿が姿をのぞかせ、王侯貴族や詩人たちを魅了し、今もその幻想的な華麗さで多くの人々を惹きつけています。

シントラの旧市街から8キロほど登った森の中に「コンベント・ドス・カプーシュス」または、「サンタ・クルス修道院(Convento da Santa Cruz」、俗に「コルクの修道院」と呼ばれる無人の修道院があります。

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岩と樹木に囲まれた修道院の入り口

16世紀半ばに、セバスチャン王の顧問、Dom Álvaro de Castroの許可を得て8人のフランシスコ派修道士が住み始め修道院を造りました。フランシスコ派は厳格な清貧主義者として知られ、頭巾(カプーシュ)のついた衣を着ていたことからこの呼び名が広まりました。
 
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今度で3度目の訪問になりますが、近年観光化に力を入れている諸所の歴史建築物と違い、この修道院は元が質素に出来ているので、余計な手を入れると本来の姿が失われそうな気がわたしはします。

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修道院への入り口。全て近辺の森で拾い集めたコルクで造られたと言われます↓
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それでも、例えば内部には、わたしが始めて訪れた2008年にはなかった通路にライトが取り付けられていました。

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通路には大きな岩がそのまま突き出ています。
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訪問したこの夏はところどころ修繕の手が入っていました。
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現在の修道院の中庭↑と↓数世紀前の中庭。十字架が立てられた大きな岩をのぞいてはほとんど変化がみられない。下の図右に見えるのは礼拝堂で現在もそのまま残されています。

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今回は娘夫婦を誘って石の山道を上り最初に来たときに見た岩穴を見に森の中に少し入ってみました。この手の山道は降りる時が怖いのです。
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恐らくここまではツーリストも上ってこないであろう。

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8年前と変わらぬままの岩穴。

もっと森の奥深くまで上ってみたい気があったが、石道を降りるときの危なさと時間の余裕がなかったのとで、諦めて降りたのでした。

かつてはシントラの穴場であったレガレイラの森ですが、現在多くのツーリストが押し寄せていることを考えれば、コルクの修道院は未だ、訪れる人も少なく、願わくはこのまま太古からの大地の息遣いが感じられるような状態を維持してほしいと思いながらもこうしてわたしがするように、訪れた人たちがブログ、写真等で紹介することにより、本来の静寂は破られていくのでしょうか。

秘境が秘境でなくなるわけですが、しからば、これからは、どこと言わず、写真だけ掲載しようかしらん?などと思ったりするのでした。それは、ちとないでしょうね。はははは。

なお、この修道院については2008年にも写真と併せて詳しく書いていますので、興味のある方はどぞ。

 コルクの修道院(1) http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-582.html
 コルクの修道院(2) http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-590.html
 コルクの修道院(3) http://spacesis.blog52.fc2.com/blog-entry-594.html


では、また!
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2016年10月16日 

キンタ・ダ・レガレイラをブログに取り上げてから8年になります。

今では多くの観光客が訪れ、森の中では人声があちこちから聞こえて賑やかゆえ、神秘的どころではなくなってしまいました。2008年夏にわたしが訪れたときは人影もなく、ひっそりとした森の中で我が目に入る全てのものが謎に満ちて不思議な魅力を感じたものです。

以来、まるで魔法にかけられたかのように、この森の追っかけを始めたのですが、キンタ・ダ・レガレイラをブログに取り上げたのは、日本人では恐らくわたしが初めてではないかと思っています。日本から帰省した娘と婿殿と共に訪れた今夏、6回目になります。

Quinta da Regaleira
2016年夏撮影

いつの日にか、この本(↓)を読んでから自分の推測と併せて、キンタ・ダ・レガレイラ集大成の如きブログ記事をあげたいものだと思っており、そのためにこの秋からもディアス先生と週一のポルトガル語の本を読みながらの学習を続けています。

quinta da Regaleira

将来のレガレイラ集大成記事のためのメモ、または過去記事の書き改めとして、今回も案内したいと思います。

まず、キンタ(Quinta)の意味ですが、日本語に訳せず実は困るところなのです。農園とも言えるのですが、むしろ「森」とわたしは考えています。では、レガレイラ(Regaleira)は、と言うと、これもなかなかに難しい言葉で一言で表すには、わたしの語彙力が乏しいことを認めざるを得ません。

が、「金銭に困らない、解き放された自由な精神の、魅惑的な人生」と解することができます。この森の名前は、億万長者アントニオ・モンテイロ氏の、大金持ちだからこそできたであろう、宗教から解放された自由な精神をそのまま表現していると思うわたしであります。

さて、今回行って、あら?と思ったのは入り口が変えられていたことです。少なくとも妹夫婦と訪れた2年前までは、シントラの旧市街から徒歩で5分足らず、この六芒星(ろくぼうせい)が敷かれた狭い歩道を歩いたところにあったのです。

キンタ・ダ・レガレイラ


旧入り口
キンタ・ダ・レガレイラ

それが、道を上り更に数分歩いたところにありました。この門はかつては閉め切ったままでした。

Quinta da Regaleira

8年前に一度入って「十分だ」と、この手のことには興味がない夫、「見るのに少なくとも2時間はかかるわよ」とわたしが言うも、構わないと町中のカフェで待つことにし、わたしは娘と婿殿を連れて、できるだけ2時間以内で全部を案内したいと思ったのですが。

入り口が違ったもので、歩きなれた森の中が今回はあちらへウロ、こちらへウロと、傾斜の多い森の道を何度も上り下りすることになり、いい脚の運動になりました(珍しく汗をかき、実はぜぇぜぇ言ったのでありました^^;)

本日はこれにて、次回は森の中の案内をば。
お付き合いくださりありがとうございます。

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2016年10月11日 

今日はシントラ、モンセラー、続きです。


ロンドンに生まれたフランシス・クックは、若いうちからヨーロッパやアジアを旅行し、やがて父親の後を継ぎ、イギリスで指折りの富豪になります。

19世紀半ばには、シントラのモンセラーを買い取り、インド・ムガル帝国の影響深いネオアラブ・スタイルの宮殿を作り、クック一家は夏にここに滞在しました。

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これが館の正面ですが、多くの人は森の散策を経て、バルコニーがある館の横口から入ることになります。

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7年前の訪問時にはまだ彫りかけだった廊下のアラベスク模様の壁も天井も完成していました。
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アラバスターを利用したムガール調のアラベスク模様を拡大撮影してみました。

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廊下の突き当たりは音響がきく音楽の部屋になっており、壁上部にはギリシャ神話のたくさんの女神像が飾られてある。

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ドームの天井模様は豪華で美しい。

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1949年にポルトガルはモンセラーを買い取り2010年に修繕事業が始められましたが、まだ上階は修繕が完成しておらず、全館の公開には及んでいません。

グラナダのアルハンブラ宮殿を訪れた時に、美しい、豪華だ、ついに見た!との感動と共に思ったのは、こんな豪華で緻密なアラベスク模様の館で毎日生活するのは、恐らく自分は落ち着かないな、でしたが、モンセラーの館にも同様のことを感じながら、後にしたのでした。

散策コースの出口近く、カフェ周辺にあるアルコ・インディア門。クックがインドから運んだと言われる。
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こちらは「Casa de Oedra(石の家)」↓

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散策コース終わりで見かけた大好きなコスモスの花。

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ポルトガルにはめったになく、今回初めて見ました。

本日はこれにて。

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