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2023年7月17日

子育て期間中、したいことがなかったわけではありませんが、「それを犠牲にして」なんて気持ちは毛頭なかった。わたしは子育てする事によって自分自身が育てられたと言った方が適切。(笑)過言ではないです。
       
子供達の学校生活を通じて経験したことですが、日本という異文化には周囲のみなさん多少の興味を示します。
                                    
ところがです、その母親のわたしときたら、日本にいた若い時代は目を外へ向けるばかり。少し反骨精神を持ってましたから、それを振り回して、いわゆる日本社会の常識ごときものは、伝統文化から習慣までうっちゃってしまい、「ヘッ!そんなもん」くらいに思っていたのです。
                                           
これがです、こちらでの生活が長くなっていくに連れて、このままではどうもいけないぞと感じるようなことが多々出てきたのです。
                                          
例えば、こんな具合のリクエストが舞い込みます。

「日本の伝統文化を紹介してもらえないか」  
↑しょ、紹介できるもんは折り紙の鶴くらいしかおまへん^;紙風船もだまし船も本を見ないとできない・・・^^;お茶?お花?とんでもない!木彫家で我が親友のMichikoが両方とも教える免状を持って現在もお弟子さんを取っているので話を聞いていますが、人様の前で紹介できる所まで行くには何年10年以上もの修業と多額なお金がかかるざますよ。都会での女一人暮らしの身でお月謝支払いができるわけがございませんでした。

「着物を着て結婚式に来てくれないか」         
↑来たあぁぁ!せめて母に着付けを教えてもらって着物を受け取るんだった。着物があるにはあるが、一人で着たことがないでぇ。はい、誰も知らぬをいいことに、勝手気ままに着ていきました。後日そのときの写真を母に送りましたら、「なんという着方をしとるの!」と母に叱られました。
                                   
「その理由も含めて、日本はどういう新年の迎え方をするのか」
↑これ、その当時はパソコンなど持っていませんでしたから、手持ちの日本文化の大雑把な説明が書いてある英語の本まで読み漁って勉強する羽目になりましたぞ。逆だっちゅうのよ^^;
                                               
「日本人はこういうときに、なぜこのような行動をとるのか」
↑これは、背景となる日本文化の知識がないと説明するに歯がたちません。一般論で説明しますが、「~だからだとわたしは思います」で結びます。逃げ道を一応つけるなんて、ずるい(笑)
                                        
リクエストでぬぬ?と思ったのには「国歌を歌って録音して欲しい。紹介したいから」というもの(笑)
伴奏なしで大きな声で歌って録音しましたです、はいw(←これはどこぞの学校の要望でした)

つまり、日本人である個人のわたしを通じて、日本、日本人を知りたい、となるのです。いい加減なわたしも、これらにはびびって考えさせられました。海外で生活すると言うのは、非常に個人的なことなのですが、外国の人たちは個個の日本人としてよりも、その人を日本人全体の姿として見るような気がします。

ポルトガルに住むことがなかったら、わたしは相変わらず自分の国の文化に大して興味ももたず、調べもしないでいたかも知れません。日本では普段の生活でその必要性を感じる機会が少ないですから。
                              
また、こういう経験も度々ありました。
自分の国のあれも悪い、これも悪いと欠点を揚げ連らねていたのが、いざ、他国の人達が一緒になって、「そうだそうだ」と攻撃し始めると、自分が言っていたのを棚に上げて、「あんたに言われたくないわ!」と俄然腹が立ってくるのですね(笑)
       
母国の外にいてつくづく感じるのは、良い所も悪い所も「オラが国」。

近年自分の国を公の場であしざまに言う著名人が多くいるのを毎日のようにインターネットを通じて目にし、君ら、本当にそれでいいのか!と、思うところがあります。

ま、わたしごときが何を言おうとどうと言うことはないのでしょうが、発言の権利自由があるからとて、故意に言葉尻をとらえては忌まわしい言葉で言いがかりをつける近頃の学歴ある人たちに品位も感じられず。

もしも万が一、夫が先に逝ってひとり取り残された場合には、やはり日本へ帰国すると考えていた自分の気持ちを変えたくなるほど今の母国の政治、社会に深い失望感をもっているわたしであります。

あぁ、なんまんだぁ。
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2022年12月9日

築300年と言われる黒茶屋での食事は10月末日。四季によってメニューが変わるそうだ。わたしがお願いしたのは「あじさいコース」で品書きは下の通り。

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食べるのと話すのに夢中で品書き通りに運ばれた献立の全ての写真を撮りそこなったのが残念でもある。先付として最初に出された、カシューナッツがのった「勾玉豆腐」
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これは美味しくて、お土産に持って帰った。

次の前菜かごの上には季節がら黄色い楓が添えられて来た。
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ふたをとると、9種類の前菜が小さな器に乗せられていた。うわぁっと思わず感嘆の声を発してしまった(笑)
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次から次と運ばれてくる料理をほぉばり、妹夫婦との楽しい会話は弘前での子供時代や津軽弁の話に及び、義弟も弘前出身なので大いに盛り上がったのであった。わたしと妹は竹器にそそがれて日本酒を、義弟は車の運転があるので、ノンアルコールビールである。

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黒茶屋のすぐ側を流れる秋川でとれたと言うヤマメと国産牛肉の炭焼きの美味しかったこと!
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ここで既にわたしたちのお腹はかなり膨らんでいたが、まだコースの半分を少しこえたところ。その後、揚げ物、止肴(とめざかな=酢の物、和え物)、そして食事と続く。写真撮り忘れ。ははは。この辺に来ると、もう食べられん~となるのだが、さすが黒茶屋、客の満腹を見通して(笑)の栗さつま芋ご飯は、大きな器にホンの少しだけ!よかった!

最後のデザートは、サッパリしたイチゴ、梨、栗甘露煮、レモン煮、小豆餡の「秋の実れもんゼリー寄せ」
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このメニューをまとめるとだいたい下のような写真になる。画像は黒茶屋のサイトより拝借。
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10月末日のひと時を大好きな懐石料理を楽しんで、この後、秋川渓谷の黒茶屋の敷地内自然歩道を散歩したのであった。それは後日にまた。

実は今回の帰国は最後になろうかと、してみたいことを思いきりしようと計画していたのである。子どもたちにも内心ホクホクするような思いっきりの小遣いをあげてみたいと、それも計画していた。

日本滞在期間中に75才を迎えたしコロナ感染でも体力的にきつかったし、もう長旅の帰国はしんどいかもだ、と悲観的に考えていたのだが、今回、黒茶屋に足を運んでみた結果、「米寿の祝いに、ここに我が家族、妹家族、娘家族、婿殿のご両親の一族で、ここに来たいねぇ」「車を運転する人は飲めないので、それぞれタクシーでここに乗り付け帰宅するってことにしようよ」などの話に妹たちと及んだのであった。

その時はもちろん、長年日本へ足を運んでいない夫も同伴でなければならない。米寿と言わずに、よし!喜寿はどないな?と、既に再び帰国モードになりつつあるわたしなのである。そのためにも、さ、仕事に熱を入れてがんばりましょか!

妹夫婦との楽しい食事。コロナ感染で今回はいつもに増して世話になったのでした。
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2022年12月7日

今回の帰国で2か月近くも滞在したが、故郷の弘前や親友みちこのいる関西、都内の見知らぬ場所など行こうと思っていた所には殆ど行けかった。これもそれもコロナに感染したせいである。

が、一か所、ここは何とかして行ってみたいとポルトにいた時から目星をつけていたのが、東京都あきる野市にある山里懐石料理の「黒茶屋」である。平日の人が多くないであろう日を選んで、妹夫婦を招待して行って来た。と言っても足は義弟の運転する車であった。てへへ。

帰国するたびに投宿させてもらい、一室を占領しては食費を入れるものの食事もお任せで世話になってきた。コロナ禍でこの3年間外食も避けてきたという二人だ。都会から離れたあきる野市ならば行ってくれるであろうというのと、何しろ帰国するなりコロナ感染して彼らにも迷惑をかけてしまったが、すぐ再感染てことはまさかあるまいとの安心感もあった(笑) 変な安心なの(笑)
写真を中心に、黒茶屋とその界隈を紹介したい。今日は庄屋屋敷までの道を。

初めての場所ゆえ所沢から車で40分ほどかかりました。12時からの昼食メニューの予約を入れて。
あまり広くない駐車場に車を止め黒茶屋への入り口へ↓

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小さな橋の手前では大きな水車が回っている。

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食事処の庄屋屋敷までの道。まるで昔の山里に迷い込んだような。
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庄屋屋敷の一部を横に、
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更に進むと目の前に現れた庄屋屋敷の黒茶屋。石段を上る。
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黒茶屋玄関。靴を脱いであがる。
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通された畳の部屋。
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この敷地に一歩足を踏み入れるや、まるで時代を遡った、そしてどこか懐かしい気持ちにさせられる。

次は山里の懐石料理の案内です。

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2022年12月2日 

夫はベンフィキスタ(リスボンのフットボールチームBenficaファンのこと)ゆえ、TVで試合をよく見ます。だいたいが晩御飯の時間にかかるので、興味のあるなしに関わらずおのずとわたしも一緒に見ることになります。

スポーツ音痴のわたしがにわかファンと自ら称して見るのが国対抗のサッカー世界選手権大会、ワールドカップです。自分の国って応援したくなりますよね。特に国外にいてはわたしの国「日本」という文字が頭の中で大きく大きく膨らみます。

夕べは晩御飯を作りながらテレビを置いてあるリビングと台所を何度も行き来して、日本対スペインの試合をのぞき見しました。夫はソファに座りじっくり観戦です。

なんてったって相手は強豪スペイン、こちらもまた強豪のはずだったドイツ、体格だって比較にならないのを相手取って、あらま、勝っちゃったじゃないの、てなもんで番狂わせでしたから、ひょっとするとひょっとするかも?と思ってましたら、日本チーム、勝利したではありませんか!

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今回の監督森保一氏は、選手をコロコロ替える、戦術がないなどと言われていたようですが(日本滞在中に妹夫婦との会話の聞きかじり。笑)、これでは相手チームも解析不可ではないか、案外それが既に戦術だったりして、などと笑い話をしていたのですが、いやぁ、森安監督、そして日本チーム、凄い! これで益々目が離せないワールドカップになりましたね。

この記事を書いている間に、友人のI氏から日本チームの昨日の勝利で大喜びのメールまで入ってますわ

ところで、わたしの第2の国ポルトガルもガーナ、ウルグアイと勝ち進んで、37才のクリスチアーノ・ロナウドをトップに今日は午後3時から韓国との試合に臨みます。

ロナウドは今季所属していたマンチェスター・ユナイテッドのテグ・ハン監督による「イジメ?」か、出番が激減しベンチを温めることが多くなり、英国テレビ局のインタビューに応じ猛烈な監督、クラブ批判を展開し、ついに移籍市場が開いていない異例の契約解除をしたばかり。言わば所属クラブのない失業状態でのワールドカップです。

数々の世界初のメダルを獲得しているロナウド、失業状態でワールドカップに出場する選手も彼が世界初だとのジョークも飛んでいます。ロナウドよ、ポルトガルよ、がんばれ!
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2022年11月30日
 
11月末日、朝4時5時に起きだして、今週末から始まる日本語授業の準備をしている。こんな早朝の起床は何もそのためばかりではなくて、実は時差ボケでもある。

帰国準備も入れて9週間もの間、中級クラスを除いては全てのグループ、個人授業を同僚のOちゃんにお願いしていたので、引継ぎにえ~っと、と苦労しているのが実情だ。

帰宅して3年ぶりに行って来た日本の思い出に浸ってる間もないのでありまする。おまけに掃除台所仕事は待ったなしだしね、仕事を持つ主婦はツライよ(笑)

が、日本にいる間に満75才になったわたしは、「80才までは教えるぞ!」と決心したのである。もちろん、時差ボケではなく本ボケにならなければ、の話だが。しばらくポルトガル語から離れていたので舌が以前のように滑るかな?とそこが心配ではあるが、日ごろからそそっかしいこの先生の事、皆さん笑って堪忍してくれるだろう。

さて、ビジネスクラスの食事紹介です。なにしろ初めてのPriority席ゆえ、喜々と報告するのをお許しくだされ。

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飲み物は梅酒オンザロックをお願いしました。心に体に染みわたるような久しぶりの梅酒でした。早朝6時の便でポルトを発ち、乗り継ぎ時間2時間ほどで、「さぁ、今から13時間ほどで羽田だ」と、やっと気持ちが落ち着いて腰を据えたところ。外から差す明るい光を反映した梅酒の色が美しい。お酒はこれ一杯だけいただきました。

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前菜。もう一膳あったのだが、撮影し忘れ(笑) 下は和食朝食。

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間食は何度かCAさんに勧められましたがしませんでした。

行くときの待遇はとてもよかったと思います。持って入ったコートを別場所に預かってくれ、そそっかしくて忘れ物をしがちなわたしは、うっかり「降りるときに忘れないかしら?」と独り言を言うと、「大丈夫です。その時にお持ちいたしますから」と(笑)

また、CAさんに「〇〇さま、~」と、名前を呼ばれて色々話しかけられ、ちょっと驚きました。ひょっとしてわたしが最高年齢の乗客だったかも(爆) それで気配りしていただいたのでしょうかね。あるいは初めてのビジネスクラス利用で、知らないうちにコチコチになっていたのかな^^;

ポルトの自宅を朝4時半に発ち羽田到着昼頃でほぼ24時間の旅程でしたが、羽田空港は人も少なく混乱もなし。リムジンバスで池袋へ、そして、そこから西武線で小手指へ向かったのですが、意外と疲れが少なく、駅で待ち構えていてくれた妹と3年ぶりに会ったのが10月5日のこと。

この2、3日後にまさかのオミクロン感染者になるとはつゆ知らずでありました。この後の事は10月12日の過去日記にて書いてあります。ポルト空港から小手指に至る間はずっとサージカルマスクを付け、何度か付け替えたりしたにも拘わらず、でござんしたねぇ。

罹った時よりも後遺症がきつかった。いざポルトに帰らんと言う時になって、後遺症で体調不良で飛行機には乗れないとなったらいかんと言うので、逆帰国2週間前からできるだけ妹宅にスッコンで、体調を整えるようにしていました。 ったくもう、残念な7週間ではありました。

で、今体調はと言うと、なんとまぁ、鼻づまりなし、あれほど苦しんでいた咳も大分収まりました。 後遺症もちょうど消える時期なのか、我が家に帰ってホッとしてのことなのか、東京とポルトの空気の違いなのか、はたまた、その全部が関連しているのか、後は時差ボケが抜けるのを待つのみです。

それではみなさま、また明日。
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